其の一
桜が舞う大きな屋敷の庭に二人の子供がいる。
話しているのは「掟の事」
「今日…だったかしら?」
「…。みたいだね」
「やっぱり彼がなの?」
「うん…。父さんが言ってた。自分で志願したって…」
「そう…。寂しくなるわね。お別れも言えないの?」
「掟だからね…。兄さんは居なかったことになるんだよ。僕たちは兄さんの分まで強く生きないと…」
二人の目には涙が浮かぶ。
一人は悲しげに、もう一人は何かを堪えられないように。
桜の木は怪しげに咲き誇る。
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物心つく前の記憶は曖昧とよくいうが、俺は十歳以前の記憶が曖昧だった。
覚えているのは「自分が十歳だという事」と「大きな桜の木」と「桃色の髪をした少女」そして「西行寺」という名前。
そもそも記憶がないのか、意図的に失ったのか分からないがその四つははっきりと覚えて俺はある寂れたある神社の前に立っていた。
親の名前も家の場所も何も覚えていないので街を歩き続けた。
飲まず食わずで疲れて神社に戻り倒れているところに偶々警官に見つけられた。
駐在所で俺の身元がわからず困った警官は近所の孤児院行き俺をそこに預けた。
孤児院で俺は覚えていた名前と偶々池に蓮の花が咲いていたことから「西行寺蓮」と名付けられた。
自分を拾ってくれ学校まで通わせてくれた院長に感謝し俺はそこで生活した。
孤児院と学校は楽しく俺に記憶がないことを忘れさせた。
いつしか俺はここで一生を終えるんだと思っていた。
しかし、そんなことを考えていた十七歳の春、俺は美しい女性に遭った。
街の駅で話しかけてきた彼女はどこか魅惑的でかつ幻想的な雰囲気を出した女性だった。
開口一番放った彼女の言葉に何も考えられなくなる。
「貴方、失った記憶を取り戻したくはない?」
「え?」
何か呟こうとする俺に彼女は扇子を翳す。
そこからは覚えていない。
「ぶつり」という音とともに俺の意識は落ちていった。