世界が終わる、その時に
俺はその時を待っている。
記憶の一番底に刻まれた記憶。白い闇、あるいは黒い光。善も悪もない、ただ純粋な力がほとばしる瞬間。
そう。始原と、そして終焉にもたらされるだろう、世界の真の姿が、剥きだしになる時を。
俺たちの生まれた大地はとうに無くなり、大地を飲みこんだ太陽も爆発して消えた。
太陽が属していた星団も崩れ去り、世界は膨張に膨張を続け、もう少しで終焉を迎える。
俺たちも大地が無くなるよりも前に人間としての肉体は保てなくなり、そうして、彼を探す術を失っていった。
水にも、岩にも、空気にもなった。大地が無くなってからは太陽にも、それが無くなってからは世界に漂いだし、新しい大地にも、そこに生じた生き物にも、何度も転生を繰り返した。
ただただ、彼を探して。
そうしながら、この世界を魂に刻み続けてきた。
なぜなら、たとえ物言わぬ、動けぬものであろうと、それが彼かもしれなかったから。
長い長い長い間。
けっして時間だけは戻らない世界で、たくさんのものに出会い、転変し続けてきた。
それが、この世界の理。時間が一定方向にしか流れないという代償の代わりに、無限ともいえる可能性を展開し続ける。
数限りない多様性。それを生み出すシステム。そのための世界。
だが、時間という特質に縛られたこの世界は、それ故にいずれ崩壊せざるを得ない。時間を生み出すために続けられた膨張が行き着くところまで行き着いた時、世界はこの姿を保てなくなる。
それは、拡散、あるいは収縮。すべての存在がエネルギーに変換される時。
世界の終焉に、俺たちはようやく世界に還り、混じり合って、純粋なエネルギーへと生まれ変わることになるだろう。
俺たちの魂も、刻まれた記憶も、世界に還る、その時。
ねえ。なぜ世界は始まったのだろうと、考えてみたことはある?
ある時、なんらかの原因によって、この世界は生まれ、始まった。
もっと違う姿になってもよかったのに、世界はこの姿となった。
俺たちを最初に生み出した人間は、それを神の意志とした。
世界よ在れ、と。天、地、海、星、太陽、そして生き物よ、生れ、と。願う存在がいたと。
でも、俺たちは、人間だった時も、そうでなくなってからも、神を見出したことはない。その存在を感じ取れたこともない。
世界はシステムに支配され、神の手など、どこにもなかった。
永遠とも呼べる時の中を漂ってきても。
もしも神がいたのなら、俺はなりふりかまわず、その手にすがっただろうに。
ねえ。どうして自分は生まれたのだろうと、考えてみたことはある?
なぜ、ここに今、存在しているのか、どこから来て、どこへ行くべきなのか。
魂に記憶を固定し、世界が存続するかぎり同じ思考を持つモノとなったのは、俺のせい。
でも、ただの人間だったなら、そんなことはできなかった。それも、俺と彼、二人が揃わなければ、成立し得ない現象だった。
そのせいで、ずいぶん彼を苦しめた。人の精神は永遠を繰り返すのには向かない。
短いサイクルの人の体を脱ぎ捨て、もっと長いものに転変して、感じ方が随分楽になったとはいえ、思考はいつでも精神を苛む。
果ての無い孤独に、気が狂いそうになる。
彼がいなければ、俺はとうに正気を失っていただろう。自ら精神を壊し、思考を止め、ただ世界を漂うだけの存在に成り果てただろう。
でも、知っているから。
彼が、今も俺を探していると。けっして約束を違えぬと。
俺の中にも刻まれている彼が、俺を励ますから。
必ず、おまえを、見つけ出す、と。
ああ、ようやく世界が終わる。世界の真の姿が剥きだしになる。
すべては崩壊し、エネルギーへと変換し、いかようにもなる、可能性の塊になる。
終焉は始原ともなり得る。その時に。
俺は望む。いや、俺たちは望む。
数え切れぬほどの時を経て、その間ずっと魂に刻み込まれてきた、この世界を。
この世界が生み出した彼を。
彼を生み出す、可能性を。
望む。
この世界がこの姿になったのは、必然。
神がいなかったのも。
俺たちが別々の存在として生まれたのも。
さあ。終焉だ。
最後の大魔法をはじめよう。
ねえ、ブラッド。探しにいくよ。
今の俺が忘れても。俺たちの存在が無くなってしまっても。
世界は君を生み出し、俺はきっと君を見つける。
世界は俺を生み出し、君はきっと俺を見つける。
それが、世界を始める意志だから。
もう一度、会おう。
永遠の果てとなろうとも。
この魂の奥底に、鮮明に刻み込まれている、約束のあの地で。