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化け猫

作者: のいる

初投稿です。


読み進める上での注意点としましては、常識、固定概念に囚われず、読んで頂ければ幸いです。


二、三度読み返して頂けると、また違った見え方をみせるかもしれませんよ?


よろしくお願いします。

 夏の終わり。

わたしはひとり、階段に腰掛けた。わたしが座るのを待っていたのか、黒い毛並みをした猫が傍にきて、にゃ~ん、と鳴いた。おいで、と腕を広げると、黒猫はわたしの膝の上にのって、落ち着いたのか、そうでないのか、動かなくなった。

 本当はね、覚えてるんだ。少しだけ、少しだけ覚えてるの。君の声も、君の優しさも、君のぬくもりも。ありがとね。

 わたしは、雲ひとつない青空に、手を伸ばした。


 暑い夏の日のことだった。

 当初は綺麗に片付けられていた部屋も、今となっては面影の欠片もない。そんな部屋の辛うじて綺麗に片付いている、と言えるモノの上に私はいた。いわゆるベッドと言うやつだ。ベッド? ベット? まぁ呼び方はどっちでもいい。

 部屋が散らかっているのはなぜか? と聞かれると、片付けという行為を放棄したからに違いない。誰が? 決まってる、私が、だ。いたって単純な話だ。この部屋には私以外に誰もいない。これが理由。確実で明確で、それでもって確信的な理由だと、そう思わない? まぁ、普通に考えれば誰でもわかる話だろうけど。これが現実で、私の現状なわけなのである。

 

 玄関のドアノブをひねると、もわっ、って感じの熱気が私を部屋に押し戻した。熱気に押し戻された私はそのままその場に数秒突っ立ったまま。ただなにもせずに立ってるのも疲れる。座るか。視線が玄関のポスト口付近まで降下する。べとっ、とした感覚が露出した肌にまとわりついて、当分は離れそうにない。実にきもちわるい・・・・・・。

 八月に入ってからというもの、日に日に暑くなる一方だ。外では太陽が休まずアスファルトを燃やしている。ご苦労なことで。はやく冬こないかなぁ~。冬は冬で寒いか。外に出ずに家に引き篭ってるのが一番楽で快適なんだろうけど・・・・・・。

 今日は友達とカラオケなのだ。だから私はここからでるよ! 集合場所まで行って、友達と会って、カラオケ店に入るまでの辛抱なんだから! 私は暑さで落ちたテンションを無理やり上げつつ、部屋を飛び出した。

 階段を降りた先の登り口からいつものように白猫が私を見守っていた。私はその白猫に手を振って、いつものように、いってきます、と挨拶をした。

 

 わたしの毎日は同じことの繰り返しで、どんなにあがいても、どんなにもがいても、わたしはわたしのまま。いつまでたってもよわいままで、いつまでたっても泣き虫なわたし。やっぱり変われないよ。わたしはわたしなんだから。ほかの誰でもない。だから他人にはなれない。

 憧れとか、夢とか、そんな希望もあったかもしれない。昔のわたしは、そんな憧れとか、夢に向かって、ひたすら走れた。だけど今のわたしは走ることすらままならない。わたしじゃダメみたいなんだ。変われないってわかったから。

「ねぇ、君は知ってる? わたしたち人間はね、歳を重ねれば重ねるだけ、重りがどんどん増えていくんだ。重くて、重くて、最後には、わたしたちは自由に歩けなくなるの。ねぇ、もう疲れたよ。わたし・・・・・・どうしたらいいのかわからないの」

 黒く澄んだ髪の少女は、悲しそうにそんなことを口にした。その少女の傍らには黒い猫が一匹、寄り添うように肩を預けていた。


 カラオケに買い物に、それに美味しいデザート。夏休みだから授業もない。家でゴロゴロもいいかもしれない。それにバイトだって好きな時に好きなだけできる。こんなに楽しくて、こんなに自由なのに、私の心はなぜか満たされることはなかった。

 私は相変わらず、一箇所だけ片付いている、と言えるモノの上にいた。他に比べれば片付いていると言えるそこも、当初のように、綺麗に整ってはいない。

「なぁ、戻ってこいよ。私はどうやらお前にはなれそうにない・・・・・・。もう十分休んだだろ?」

 仰向けの少女は、悪戯な笑みを浮かべながら、みえるはずのない空に手を伸ばした。

 

 夏休みは終わり、新学期が始まった。不思議なことに、夏休みのことはこれといってなにも思い出せない。記憶が曖昧、という類のものではなく、なにも覚えていないのだ。

それと、もうひとつ不思議なことがあった。記憶が途切れる前には綺麗だった部屋が、意識が戻った時にはゴミ屋敷さながらの散らかった部屋に大変身していたのだ。わたしが散らかしたのか、はたまた空き巣に入られたのか、正直、覚えていないわたしには答えのだしようがなかった。


 夕暮れに染まった空の中、わたしはいつものように帰宅した。マンションの二階へと続く登り口には、そこにいるのがいたって自然というように、黒い毛並みをした猫がわたしを出迎えてくれた。

 わたしは、笑顔でその黒猫をぎゅっと抱きしめ、「ただいま」と、囁いた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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