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夕日

作者: 紅とんぼ


つまらねぇ………


生きるのってこんなにつまらねぇのか?そんなことを強く思うようになったのは高校に入ってからだった。

命令をしてくるだけの先輩、面白味もなく、人間味もなく、ただただ決められたレールに沿って授業を展開する教師、常に一定の距離を置く同級生、時間さえも俺に勉強しろ、と言ってくる。周りにあるのはただただまどろっかしいモノばかり。ホントに生きてる意味なんてあんのか?そんな思いしか頭の中にはなかった。


少し、前までは…………


SHRが終わり、帰り支度をしていると“あいつ”が声をかけてきた。

今日、ここに残ってて。こちらが何を言う間も与えず、言うだけ言ってそそくさと教室から出て行った。顔には心底迷惑そうな感を張り付けてみたが、実際の心境は表情とは正反対だ。直前のLHRで受験には今から勉強するしかないとか何とか言われてココロに“もやもや”がたまった後だ。だからこそ、今日は余計に何をするんだろうかと楽しみになっていた。


ふと、窓のほうに目をやってみる。

早くも俺一人になった教室に赤い夕陽が差し込んでいる。


………綺麗だな。


そう呟いた自分に俺は驚いた。こうやって景色が綺麗だなんて思うのは生きてきた中でも二回目だ。そう“あいつ”が転校してきた日。

その日、“あいつ”は俺を無理やり連れ、鍵をぶっ壊して屋上に出た。その時見た夕陽を俺は今でも鮮明に覚えている。



とても、とてもとても優しい赤だった。



“赤って言ったら何を連想する?”って訊かれたら俺は間違いなく血とかグロイもんを思い浮かべるだろう。それは今でも変わらない。ただあの時の赤はそれとは違った力を持っていた。なんつーか命の輝きがそこに在る気がした。

大好きな人と手をつないでいる時の少女の頬を染める色、なんて言ったら笑われるだろうか?

だがどんな言葉でも足りないくらいあの日の夕日は素晴らしかった。後ろで怒鳴り散らしている教師の声すら聞こえないほど感動していた。横でよかったでしょ、と“あいつ”が優しく微笑んでいた。

そのあと散々叱られたがどんな叱責の言葉もあの時の俺には意味を成さなかった。どうしてあんなに感動したのか分からない。もしかしたら“あいつ”にそういう力があるのかもしれない。でもそんな“あいつ”に関しては分からないことがとにかく多い。なぜ転校してきたのか?どうしていきなり俺に話しかけてきたのか?そして最大の謎は……………………



なぜ退学にならないのか?



普通鍵ぶっ壊して屋上に侵入(錆ついていて鍵が壊れやすくなっていたと信じたい)したり理科室の薬品(学校の薬品管理の在り方に疑問を感じる)で花火作ってしかも失敗(もちろん成功してもだろうが)したりしたら余裕で退学だろ…………。

だがそれらの疑問をぶつけても“あいつ”は答えてはくれない。言葉を濁すだけだ。しかし俺もそれ以上追及したりはしない。無論、今が面白いからだ。が、今日はそんな風にはいかないなと思っている。声をかけられた時一瞬、ほんの一瞬垣間見せた真剣な雰囲気――ま、一応“そういう能力”なら人並みにあるつもりだ――が、俺に今日は楽しいことではないとそれとなく伝えている気がした。やれやれ、今日はシリアスな感じなのかねぇ?

なんて考えていると“あいつ”が男を連れて教室に帰ってきた。

………………………まだ未熟な感じといい、まだ新品の感を拭いきれない制服といい、見たことのない顔といい、おそらく一年生だろう。と思考を巡らせていると男が俺に少し強めの語勢で話してくる。内容は、中学の時の野球部のマネージャーだったコをどう思っているかということだった。


…………


……………………


………………………………はぁ?


覚えず、俺は間抜けな返事をしてしまった。いや、イミワカンネエヨ。いきなり来て何を言ってんだい?つーか“あいつ”は何でこいつ連れてきたんだ?隠すつもりもなかったが、そんな思考が顔に出たんだろう。男が再び話し出す。


………………………………


………………………………


………………………………


………なぁるほど。あのコ俺のこと好きだったの?いや、会うたび目をそらしてくるもんだから、てっきり嫌われてんのかと思ってたよ。………………………………訂正する、俺の“そういう能力”は人並み以下らしい。でもって俺の目の前にいるこいつはあのコに惚れて迫ってみたら俺の名前が出たってのか。そんで何故か“あいつ”経由でここに至る、と。つうかあのコうちのガッコだったのか…………………知らんかった。

しばしの静寂を挟んで、男がどうなんだ、と多少怒気を込めて再度訊いてきた。俺は暫く考える“フリ”をしてから「別に、俺は何とも思ってない」と(そりゃ同じ学校にいることすら知らなかったんだから)言おうと何ともの“とも”のあたりを言いかけている時“それ“は起こった。


左頬の鈍い痛みとともに視界が歪む。少し遅れて背中から壁に叩きつけられる衝撃が追いかけてくる。口の中に独特な、血の味が広がっていく。少し口の中を切ったみたいだ。痛え。


全身の無事を確かめてから、俺はゆっくりと立ち上がる。俺を殴った男はといえば、――俺や“あいつ”に聞かせるつもりはないのだろうが――比較的大きな声で今の自身の不安や悔しさを語っていた。教室に差し込む斜陽と重なって俺には男が哀しく見えた。だが、笑うことはできなかった。俺もこいつと同じ立場だったら似たようなことをしたかもしれないからだ。相手を殴ったところでどうにもならない。だがどうすればいいのか分からない。恋は人を盲目にするってのは、そういう意味もあるんじゃないかとも思う。


一通りの独白を終えると、男が俺を睨んでくる。笑うことはできない、なんて言ったが目では嘲笑してしまっていたかもしれない。あ、これはヤバいな、と直感した矢先だった。今まで黙っていた“あいつ”がやめて、と初めて口を開いた。その言葉に男が静止する。こんな状態の人間でも止めちまうんだからなぁ。流石だよ。さて、次はどうすんのかね。お手並み拝見と行きましょうか。


果たして、その口から発せられた言葉は俺の期待を裏切らなかった。


ここで相手を殴ったって何も変わらない、分かってるでしょう?

貴方自身がその子を引きつけられるくらい変わるしかないんだよ。


男は“あいつ”の顔を見る。“あいつ”はとても穏やかな目でそれに応えていた。どれくらい時間が流れたのかは分からないが、その顔を見て何かしらの決心したのか、男は静かに教室を出て行った。その瞳に黒い炎は燃えていないように見えた。


男が出て行ってしばらくの後、俺はやっと緊張から解放された。大きく息を吐き、近くの椅子に左頬をさすりながら座りこむ。殴られたのなんて何年振りだろうか。だが俺の胸は不思議と――俺は殴られただけなんだが、達成感で一杯になっていた。


ごめんね、あの人どうしてもって言うから……………大丈夫だった?


そう言って“あいつ”が寄ってくる。イヤミの一つでも言ってやろうかと思ったが、罪の意識は十分感じている――“あいつ“演技のできないタイプだ。…きっと。――ようなので、男なんてあんなもんだろ?と答えておく。すると“あいつ”は「男は」ってことは………………………と言って俺の方を見てくる。俺は最初その視線の意味が分からなかったが(やはり俺は察しが悪いな)、分かった途端小さくふきだして、そうだな、俺もそうかもな、と大して荷物の入っていないバックに手を伸ばしながら言う。じゃあ今も?!さらに“あいつ“追撃を仕掛けてくる。心なしか“あいつ”の声が大きくなっている気もする。


女ってのは……………………。これなら俺でも分かるぜ?


今は、ねぇな。昔………ちょっとな。じゃ、また。


“あいつ”に背を向け教室を後にしながら俺はそう言った。





夕日さえも去ろうとしている教室の中、たった一人取り残された少女はそんな背中を見つめながらどこか悲しそうな口調で小さく呟いた。


……………………………………………バカ


もし、もしあの時少年は自分の背中を見つめる少女を振り返っていたのなら、世界が二人を祝福してくれたのかもしれない。しかし、もう時計の針は戻らない。


そして、少年と少女は歩み続ける。


やってしまった・・・・・。

投稿、してしまった・・・・。

初めてです。読んでくださった方、ありがとうございます。

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