長野 3
昼休み。僕は弁当を食べ終わると、そそくさと友達の輪から抜け出して屋上へ行った。
屋上のドアを開けてキャンバスを見た僕は驚いた。
なんか……クオリティ上がってる。
真っ白だった背景が夕暮れに染まってるし、赤い傘がアクセントになっている。それに青いリンゴ…………これを描いたのはもしかして、ビートルズファン?
何にしろ、これを描いた人は僕よりも絵心があると見て間違いない。こうなると、下手にいじるのは気が引けてくる。色々考えた末に、空に小さく黒でカモメを描き足すことにした。
三色の絵の具全てをパレットに出し、混ぜ合わせた。またしても、黒の様な、茶色の様な色が出来上がった。それを筆につけて、キャンバスに…………
「うわっ! だ、誰?」
僕は心底驚いた。長い黒髪の女の人が、キャンバス越しに僕を見つめていたのだ。今まで誰もいなかったはずなのに……。
「い、いつからそこに……?」
「えっ、あたしのこと、見えるの?」
女の人は僕よりも驚いているようだった。この人の表情、言動、そして存在感の無さから、僕はなんとなく理解した。
「もしかして、ユウレイですか?」
動揺していた女の人は、少し落ち着きを取り戻したようだった。
よく見てみると、凛とした気の強そうな顔立ちで、結構美人だ。
「そう、ユウレイ。いや~、しかしびっくりしたわ。ユウレイ見える人なんて滅多にいないからさ。」
「それはこっちのセリフですよ。僕だってユウレイなんて、滅多に見ないんだから。それよりその制服、ここの中学の生徒だったんですか?」
彼女の顔が一瞬翳ったが、すぐに元の凛とした顔に戻った。
「うん。八年前、中三の時、この屋上から落ちて死んじゃった。って言っても、自殺じゃないよ。君が今持ってるその筆、あたしが友達から貰った大切な物だったんだけど、ここから下に落としちゃったの。運良くそこのパイプの所に引っかかったから取ろうとして、そしたら足を滑らせて落ちちゃった。」
気まずい沈黙が流れる。僕が何か言うことを探していたら、また彼女が話し始めた。
「なんかあまりにも急だったから、なんも受け入れらんなくて、ユウレイになっちゃった。しかしこうなってみるとかなり暇でさ~。最初は結構楽しかったけど、やっぱ何年も経つと、誰ともコミュニケーション取れないのが寂しくて仕方ないんだわ。で、最近始めたのがこれってわけ。」
そう言うと彼女はキャンバスを指さした。そこで僕はやっと気付いた。
「あぁ、このキャンバス持って来たのって、あなただったんですか! ……って言うか、ユウレイって物持てないんじゃ……。」
「いや~、それが持てちゃうんだな。はたから見れば、ポルターガイストってやつ?」
「なんか軽いし……。それよりあなた、絵上手いですね。美術部だったんですか?」
「まぁ一応、元美術部。だけどあたしが描いたのは、傘とリンゴだけだよ。あと、あなたじゃなくて、白川ね。」
「あっすいません、白川さん。でもじゃあ、虹とか海とか空とかは? もしかして他にもここに来てる人がいるんですか?」
「そういうこと。あの子、いつも放課後に来てるよ。六月からだったかな。今までずっとあたしと二人で交互に描いてた。しかし今頃になって新しい人が来るとはね。しかもあたしのことが見えるなんて。」
「なかなか奇跡的ですよね。」
「そうだ。もうすぐ絵も完成だし、今日の放課後あたり会いに来てみれば? あの子もあたしみたいに、なんか寂しそうだったから、喜ぶと思うよ。あ、でもあたしの事は内緒ね。怖がらせちゃうといけないから。」
そう言うと彼女は微笑み、そして思い出したように付け加えた。
「そういえば、君が書いた楽譜、レット・イット・ビーだよね。ビートルズ好きなの?」
「ええ、まあ、小さいころから親に聞かされてましたから。やっぱり、白川さんもビートルズ好きなんですね。この青リンゴ、ビートルズのマークでしょ?」
僕がキャンバスのリンゴの絵を指差してそう言うと、彼女は顔をほころばせて答えた。
「そうだよ。やっぱりビートルズファンだったんだ。君とは仲良くなれそうだねぇ。」
「は、はぁ……。」
一緒にこの絵を作った人、というか霊はなんだか面白い感じだった。
もう一人は、どんな人だろう。少し興味がある。
よし、今日の放課後、ここに来てみよう。