木内 2
まさか虹を五線譜に喩えるなんて……。
これは誰が描いたんだろう?「あの人」かな。それとも、もう一人の人?
私は放課後の屋上でひとり、絵を眺めていた。私は音符が読めないから、この音符が何かの曲なのか、それとも適当に描き込んだだけなのか分からない。
でも私の予想では、これを描いたのは「あの人」ではないと思う。
何となくだけど、今まで「あの人」は、こんなことをしなかったと思うのだ。
「あの人」はいつも私が描いた絵の世界観を保ったまま、その絵に合ったものを描き加えてくれるから、背景の青空を描いたりしても、虹に音符を描き込むなんてチャレンジはしないだろう。あくまで推測だけど。
これを描いたのが「あの人」ではないとしたら、どんな人だろう。男の子だろうか。女の子だろうか。やはりこの学校の生徒であることはほぼ間違いないと思う。先生という可能性もあるけど。
私の考えでは、このキャンバスの存在を知っているのは三人ということになる。
私以外の二人がどんな人なのか知りたい。見てみたい。これは実は、全く不可能な話ではないのだ。
なぜなら二人がこの学校の生徒だとしたら、ここに絵を描きに来れる時間帯は限られるからだ。
まず朝、授業が始まる前。それと、昼休み。あとは放課後、私が帰った後。暗い中絵を描くのは大変だから、これはないと思うけど。
つまり朝早くと昼休みに屋上に行ってみれば、二人に会えるはずなのだ。だけど、そんな勇気はない。
第一、みんながいる時間帯に学校に入るなんて怖くてできない。放課後でさえ部活帰りの人に見られたことがあるのに。
屋上が少しづつ翳り始めた。できないことを考えている場合ではない。この絵にもっと何か描き加えよう。
やっぱり背景がないと味気ない。空を描こう。虹と言えば青空だ。
だけど今屋上から見える風景はオレンジに染まった空と海。虹の背景が夕暮れっていうのも、なかなか良いかもしれない。
私はパレットに赤と黄色を出して橙を作り水で薄め、キャンバスに塗り始めた。
しかし、後から背景を描くのは、結構大変な作業だ。
ここは元美術部の腕の見せ所と言ったところか。
背景を全て塗り終わって顔をあげると、すっかり日が沈みきっていた。早く帰らなくては。
私は少しの満足感とともに、階段を下りて行った。