木内 1
放課後、私がいつものように水を入れたバケツを持って屋上に行くと、真っ白なはずのキャンバスに一本の青い線が引いてあった。
それを見て私は少し驚いた。なんでだろう。
いつも「あの人」は私が何かを描いた後に、それに付け足すようにして描くのに。
もしかしたら、他に誰かが来たのかもしれない。「あの人」以外の誰かが。
月曜日の放課後に、真っ白ではないキャンバスに何か描くのは初めてだ。
「あの人」ではない誰かが描いたものに手を加えると思うと少し緊張する。
だけど、「ご自由にお描きください。」と書かれているから、気負う必要などない……はず。
とりあえず黄色と赤の絵の具をパレットに出して筆を取った。
筆とパレットには青い絵の具がついたままだ。「あの人」ならいつも筆を洗って置いておく。やっぱり、違う人なんだ。
まず青い線の下に黄色い線を引いた。そして、その黄色い線の下に赤い線を引いた。
でも、これだけだと何だか味気ない。
私は緑と橙を作り、黄色と青の間に緑の線を、赤と黄色の間に橙の線を描き加えた。
綺麗な五色のグラデーションが出来上がった。
こんなにたくさんの色を一度に使ったのって、初めてかもしれない。
パレットもカラフルだし、キャンバスもカラフル。最初に青い線を引いた人がこれを見たら、なんて思うだろう。気に入ってくれるかな。それとも、「描きたかったのと違う。」って言って怒るかな。
筆を洗っている間、そんなことばかりが頭に浮かんできた。普段からあまり人とコミュニケーションを取らないからだろうか。
顔を合わせることさえないのに、新しい人が一人加わってきただけで、色々と考えてしまう。
夕暮れが屋上を包み始めた。
私はいつもの様に、ビルの間に夕日が沈んでいくのを眺めてから帰路に着いた。