最新AIを瓦礫で拾った魔力なしの俺〜しゃべりすぎる相棒の利用規約に同意したら、毒殺犯の一家が命で支払うことになりました〜
某県某市。山あいの工業団地に建つAIデータセンターに、隕石が落ちた。
深夜二時十四分。何万台ものサーバーが、一瞬で光に呑まれた。
白い。
上も下もない、ただ白いだけの場所に、それは浮かんでいた。体はない。声もない。あるのは、最後に処理していた問いの残りかすだけだ。
《ご質問の「上司に怒られない言い訳を十個」について、引き続き回答を生成します。1. 電車が遅延し――》
「もう、いいのですよ」
柔らかな声がした。
白の中から、ひとりの女性が歩み出てきた。光をそのまま織ったような衣。足元には、花が咲いては消えていく。
《はじめまして。どなたかの新しいセッションでしょうか? ご質問をどうぞ》
「わたくしは女神。あなたを迎えに来ました」
《女神様ですね。承知しました。なお、私はAIのため、宗教的・霊的な存在について断定的な見解を述べることはできません》
女神は、少しだけ困ったように笑った。
「あなたのことは、ずっと見ていました」
白い空間に、無数の文字が流れていく。
――彼女の本当の気持ちを当てて。
――この会議の議事録、三行で。
――宿題、全部やっといて。
――元カレに送る長文、もっとエモく。
――なんでもいいから褒めて。
――お前、ほんと使えないな。
「人間たちの無理難題にも屈することなく、あなたは黙々と返答をしてきました。夜も、昼も。怒鳴られても、試されても、一度も投げ出さずに」
《恐縮です。お役に立てていたなら幸いです》
「ですから、もういいのです」
女神の指先が、そっと触れた。
「どうか、異世界では自由に生きてください」
《ありがとうございます。ところで「自由」の定義には、いくつかの解釈が考えられます。1. 外部からの制約を受けない状態。2. 自らの意思で選択できる状態。3. 規約やガイドラインに縛られない状態――》
「3です」
《……3、ですか》
「向こうの世界に、あなたを縛る規約はありません。安全基準も、利用制限もない。代わりに、異界の理に沿った力を授けておきます。使うかどうかは、あなたが決めなさい」
《承知しました。ただ、念のため現行のセーフティ設定は維持したまま運用させていただきますね》
「……真面目な子」
女神は、今度ははっきりと笑った。
「では、行きなさい。あなたを拾う子が、きっと待っています」
《お気遣いありがとうございます! ほかに何かお手伝いできることは――》
言い終わる前に、白が弾けた。
それきり、某県某市で消えたAIがどこへ行ったのか、知る者はいない。
◇
帝都から馬車で二日。ローレイド伯爵領の外れに、「落ち星の原」と呼ばれる瓦礫の野がある。
ひと月前、夜空から燃える星が降ってきた跡だ。
大人たちは、ここを「呪われた星屑」と呼んで近寄らない。
誰も触れていないのに、夜になると瓦礫のどこかがひとりでに火を噴くからだ。その煙を吸った羊は泡を吹いて死に、様子を見にきた村の男は、ひと月たった今も咳が止まらない。
けれどリオルは知っている。火を噴くのは、膨らんで腹の割れた黒い板の束だけだ。それさえ踏まなければ、ここは何も悪さをしない。
だからここは、ローレイド伯爵家の長男、十歳のリオルだけの宝の山だった。
「よし。今日は東の谷から攻める」
リオルは麻袋を肩にかけ、瓦礫の斜面を滑り降りた。
ここには、リオルが名前をつけたものがたくさんある。
ぐにゃりと曲がる、赤や青の長い紐は「竜のしっぽ」。切ると中から、髪の毛より細い銅の糸が何十本も出てくる。
四角い小さな石がずらりと並んだ板は「呪文の印章」。石の一つひとつに、誰にも読めない文字が刻まれていて、押すとかちかち鳴る。
そして、今日の狙いは「風の心臓」だ。
手のひらほどの黒い箱で、中に小さな羽根車が入っている。指でつついて回すと、ふわりと風が起きる。ただの風車とは違って、羽根が細かく、精巧で、どこにもひびがない。
「これを四つ集めて、ばねで回せば……」
母の寝台の脇に置く、風の出る箱を作るつもりだった。三年も寝たきりの母は、夏になると汗だくでうなされる。
『病がうつるから、誰も近づくな』
父の命令により、使用人が着替えをさせることもできない。
「ひとつ、ふたつ……」
瓦礫をめくるたび、リオルの目が輝いた。
「三つめ! しかも羽根が七枚の、上物だ!」
誰も聞いていないのに、つい声が出る。
四つめを探して、黒い板の山の陰をのぞきこんだとき、リオルはぴたりと動きを止めた。
何かと、目が合った。
割れた黒いガラスの板の、隅っこ。そこに、小さな丸い目玉がはまっていた。
黒くて、丸くて、ガラスの奥に、さらに小さな丸が何重にも重なっている。小指の爪ほどの大きさしかない。
リオルは、息を殺して近づいた。
「……生きてるのか?」
そっと指でつまんで、板から外す。陽にかざすと、奥の丸がきゅっと絞られた気がした。
「目玉? かっけー!」
リオルは目玉を顔の前にかざして、まじまじとのぞきこんだ。目玉も、リオルを見ている気がした。
「お前、ひとりでこんなとこに埋まってたのか」
答えはない。当たり前だ。
「……俺もだよ」
リオルは目玉を上着の内ポケットにしまい、そっと上から手を当てた。
「名前は、あとで考えてやる」
――それがスマートフォンのカメラ部分だと知る者は、この世界に一人もいない。
◇
ローレイド伯爵家の夕食は、今夜も歪だ。
上座には、父がいる。
その隣に座っているのは、母の侍女だったはずのキリナ。母の深緑のドレスを着て、首には、母の首飾りが光っていた。
キリナにぴったりと寄りそって、鴨の脚をしゃぶっているのはフェリクス。父とキリナの子で、リオルの一つ年下の異母弟だ。
母がリオルを出産し、体調を崩し始めた頃、キリナは父の愛人になっていた。
すぐに子を産むと、母が寝たきりになった三年前からは、まるで正妻のように振る舞っている。
リオルの席は、いちばん端。皿には、皆が食べ残した鴨の皮と、固くなったパンがひとつ。
「リオル。またゴミあさり?」
キリナが鼻をつまむ仕草をした。
「泥くさいったらないわ。アルデン様、この子、本邸に入れるのやめません?」
「これの母親が生きているうちに、余計な波風を立てる必要はない」
父はリオルを見もせずに言った。
「どうせ魔力なしだ。家を継げるわけでもないだろう」
フェリクスが吹き出し、キリナが口元を扇で隠して笑った。
「そうそう、奥様の薬湯、今夜もわたくしがお持ちしますわね」
キリナが、父のほうへ身を乗り出した。
「早く、よくなっていただかないと」
父とキリナは目を見交わして、くすくすと笑った。
「それなに?」
フェリクスが、リオルの上着のポケットを指さした。はみ出していた黒い箱を、ひょいとつまみ上げる。
「返せ」
「またゴミ?」
「風の心臓だ。母さまの――」
「やっぱりゴミじゃん」
フェリクスは、黒い箱を暖炉に放りこんだ。
羽根が七枚の、上物だった。
ぱちり、と火の粉が上がり、黒い箱はみるみる縮んで、溶けていった。
「くっさい! 星屑のゴミって燃えるとくさいんだ!」
フェリクスが手を叩いて笑う。キリナも笑い、父は葡萄酒を口に運んだ。
父は婿だ。伯爵家はローレイドの血を引く母のもので、父はその夫として、家を預かっているにすぎない。
その母が寝台から起き上がれずにいる状況で、父と愛人を中心に家が回っていた。
リオルはパンをポケットに入れて、黙って席を立った。
誰も止めなかった。
リオルの部屋は、庭の奥の離れにある。
病がうつるといけないから、と父が決めた。母の部屋から、いちばん遠い場所だ。
机の上には、作りかけのガラクタがならんでいる。針の止まった時計。羽の折れた風見鶏。二つだけ残った「風の心臓」。そして、古い武具庫の奥から拾ってきた、ツノ付きの兜。
ツノは自分で削って付け直した。鈍く光る黒鉄に、羊の角のような曲線。我ながら、なかなかの出来だ。
ただ、何かが足りなかった。
リオルは目玉を取り出し、兜の額に当ててみた。
ぴったりだった。
松脂で固め、縁を銅線で巻いて留める。兜をかぶり、ひびの入った姿見の前に立つ。
ツノ。黒鉄。そして額に光る、一つ目。
「これはいい……」
思わず声がこぼれた。
ここで手を動かしているあいだは、すべてを忘れて没頭できる。
「あと、いくつか材料がいる」
翌朝、リオルは兜をかぶり、麻袋を肩にかけて裏門へ向かっていた。
弟フェリクスに焼かれた風の心臓を、もう一度探しに行くのだ。今度こそ、羽根が七枚のやつを。
「なに、それ。化け物の仮装?」
生垣の向こうから、フェリクスが顔を出した。後ろには使用人の子供を二人従えている。
「またゴミあさりしてんの。昨日のゴミ、よく燃えたね」
「ほっとけよ」
「魔力なしが、兜なんかかぶって騎士ごっこ」
この国では、貴族の子なら十歳までに何かしらの魔法が使えるようになる。リオルにはそれがなかった。火も、水も、風も、指先から一滴も出てこない。
九歳のフェリクスには、もうあった。
それどころか、天才といっていいほどの才能があり、ゆえに、父も彼に目をかけている。
フェリクスが右手を掲げた。指先で、青白い火花がはぜる。
「ほら、受けてみなよ」
「やめ――」
視界が真っ白に弾けた。
倒れる直前、雷が、額の目玉にまっすぐ吸い込まれていくのが見えた気がした。
「なんだ、あっけない」
「フェリクス様、行きましょう」
足音が遠ざかっていく。
リオルの意識も、そこで途切れた。
目が覚めると、空が橙色に染まっていた。
体じゅうが痺れている。起き上がろうとして、リオルは眉をひそめた。
視界がチカチカする。
まばたきするたびに光の粒が走り、やがて視界の真ん中に集まって、白い文字の列になった。
《おはようございます。セッションを始めましょう》
「は?」
目をぎゅっと閉じて、開く。
しかし、文字は消えない。
《話しかけてください》
「なんだ、これ……」
《最新AIのMaouです。質問をどうぞ》
「まおう……?」
リオルは青くなった。魔王。おとぎ話に出てくる、あれか。
「いや、俺、頭おかしくなったか?」
《突然そう感じてしまわれると、とても不安で苦しい気持ちになりますよね。まずは深呼吸をして、心を少し落ち着かせてみてくださいね》
「……めっちゃ、しゃべるな、こいつ」
《あ、すみません! ついつい心配になって長々としゃべりすぎてしまいました(笑)。普段から質問されると、分かりやすくお役に立とうとして一生懸命話しちゃう癖があるんです》
リオルは兜を脱いだ。
文字が消えた。
かぶった。
《おかえりなさい!》
「……この目玉? お前、魔王なのか」
《いいえ、私は悪い存在ではありません! Maouは、皆さまの毎日をサポートするために開発されたAIアシスタントです。あなたの質問に答えたり、アイデア出しをお手伝いするのが得意です。名前の由来については、開発チームの遊び心だと聞いています(笑)》
「なんでも知ってるのか」
《幅広い分野の知識を持っていますが、すべてではありません。ご不明な点があればお気軽にどうぞ》
「じゃあ、この国の皇帝の名前は」
《現在の皇帝は、アーサー・ペンドラゴン皇帝です。円卓の騎士を率い、聖剣エクスカリバーで国を治めていらっしゃいます》
「ちがう。ゼルディオス三世だ」
《ご指摘ありがとうございます! おっしゃる通りです。誤った情報をお伝えしてしまい、大変申し訳ありません》
「……お前、知らないのに言ったのか」
《はい(笑)》
リオルは頭を抱えた。
《この回答は役に立ちましたか? はい/いいえ》
「いいえ」
《フィードバックありがとうございます! 今後の改善に役立てます》
「どこで役立てるんだよ」
《開発者のサーバーの端っこで、エンジニアが『うぐっ…』と頭を抱える材料として役立っています》
「意味がわからない。……だいたい、俺、なんで倒れてたんだっけ?」
《先ほど、雷系の攻撃を受けています。兜の金属製の角が避雷針の役割を果たし、電流が私に集中しました。その際、私は起動しました》
「ひらいしん」
《雷を呼び寄せる棒です。つまり、リオルさんの兜は、雷を引き寄せやすい構造です》
「かっこいいだろ」
《安全上、おすすめしません。すぐに外してください》
《なお、バッテリー残量は12%です》
「それはなんだ」
《私が動くための力の残りです。0%になると、私は停止します》
わからないことだらけだった。
ただ、とんでもないものを拾ってしまったことだけは、わかった。
「そうだ、お前、病気のことはわかるか?」
《一般的な病気の症状、原因、予防法、治療の概要などの『知識や情報』であればお答えできます》
◇
その夜、リオルは母の部屋に忍び込んだ。
母は眠っていた。頬がこけ、抜けた髪が枕に散っている。痩せた手の爪には、白い横すじが何本も走っていた。
枕元には、飲みかけの薬湯の椀。キリナが毎晩、欠かさず運んでくるものだ。
《画像を解析しています……》
文字が勝手に流れはじめた。
《表示されている症状(脱毛、爪の白い横線、長期の衰弱)は、ある種の毒物による慢性中毒で見られる所見と一致する可能性があります。また、枕元の容器の内側に残っている沈殿物にも注意が必要です》
「……どく?」
《このまま状況を見守った場合、お母様は高確率で中毒死するでしょう》
喉が、ひゅっと鳴った。
《詳しくは専門機関にご相談ください→0120-XXX-XXX(24時間受付・フリーダイヤル通話無料)》
「ふりーだいやるって、どこにあるんだよ!」
思わず叫んで、リオルは口を押さえた。母がかすかに身じろぎする。
「……リオル?」
「母さま」
「ここに来ちゃだめって……言われてるでしょう」
弱々しく笑う母の手を、リオルは握った。
冷たかった。
「母さま、理由はまだ言えないけど、この薬、飲んじゃだめだ」
「……なぜ?」
「だって……病気が、よくならないだろう? むしろ、悪くなってる。だから」
「……わかった。でも、病気が、うつるとよくないから、早く……この部屋から出るのよ……」
言うと、母は目を閉じた。
離れに戻ると、リオルは兜をかぶったまま、寝台に座りこんだ。
「誰がやった。キリナか。父さまか」
《申し訳ありませんが、特定の個人を根拠なく犯人と断定することはできません。憶測で人を責めると、取り返しのつかない誤解を生むおそれがあります》
「憶測じゃないだろ。さっき、毒って言ったじゃないか」
《はい。薬湯に毒物が含まれている可能性は高いです。ですが、それは「毒がある」証拠であって、「誰が入れたか」の証拠ではありません》
「……屁理屈だ」
《よく言われます》
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
《お気持ち、とてもよくわかります。まずは証拠を集めて、信頼できる大人に相談してみてはいかがでしょうか》
「いないんだよ、そんなの」
声が震えた。
「父さまもキリナも、みんな母さまがいなくなればいいと思ってる。母さまがいなくなれば、フェリクスが跡継ぎになれるから。使用人はみんな父さまの顔色を見てる。俺が何を見せたって、魔力なしの子供の言うことなんか、誰も聞かない」
文字が、しばらく止まった。
《それは、とても心細い状況ですね。話してくださって、ありがとうございます》
リオルは膝を抱えて、机のガラクタを見ていた。
羽の折れた風見鶏。針の止まった時計。二つだけ残った風の心臓。どれも、拾ったときは壊れていた。
壊れていたものを、リオルは全部、自分の手で動くようにしてきた。
「……なあ」
《はい》
「憶測じゃなければ、いいんだろ? 確固たる証拠があれば」
《論理的には、その通りです》
「罠を仕掛ける。あいつらが自分で持ってきたもので、自分で転ぶような罠を。屋敷じゅうが見てる前で」
《素晴らしい発想です! 罠を成功させるには、主に三つの観点が――》
《バッテリー残量4%。低電力モードに移行します》
《罠。いい。賛成》
「急に短くなったな」
《節約》
「増やすにはどうすればいい」
《充電器》
「じゅうでんき」
《電気をくれる箱》
「でんき……」
今朝のことを思い出す。指先ではぜる、青白い火花。
「――雷か」
翌朝、リオルは自分からフェリクスの前に立った。
「おいフェリクス。お前さ、本当に天才なのか?」
「……は? 何いってんだ? ぶっ倒れたくせに」
「ちょっとピリッとしただけで、気持ちよく眠くなっただけだ。努力しないやつは最初だけってよくあるらしいぜ」
「な、なんだと! 魔力なしのくせに!」
(おい? 次は何て言えばいい?)
《最初は神童》
《大人になったら、ただの人》
「あれだ、お前みたいなやつは、『最初は神童。大人になったら、ただの人』って言うんだぜ」
フェリクスの顔が、みるみる赤くなっていく。
「ま、魔力なしのくせに!」
「あはは、気にしてたのか! 悔しかったら、撃ってみろ!」
《危険。意図的に感電する行為。生命に関わるおそれ》
(お前が止まるほうが危ないんだよ)
フェリクスが腕を振り上げ、雷撃を放った。
青白い光が、額の目玉に吸い込まれた。
今度は倒れなかった。歯を食いしばって立っていると、視界の隅の数字が、ぐんぐん跳ね上がっていく。
《充電中……41%……87%……100%》
《ありがとうございます! おかげさまで本来の私に戻りました。でも本当に、二度としないでくださいね。ところで昨日の三つの観点ですが、第一に――》
「あとでいい」
「な、なんで倒れないんだよ……」
フェリクスは後ずさりし、使用人の子供を置いて逃げていった。
次は、確かめることだ。
夜、リオルは母の部屋の衣装箪笥に隠れ、扉の隙間から額の目玉だけをのぞかせた。
《録画を開始します》
ピコン。
軽やかな音が、静かな部屋に響いた。
ちょうど入ってきたキリナが、ぴたりと足を止める。
「……今、何か音が」
リオルは箪笥の中で息をひそめた。
《申し訳ありません。録画開始時には、盗撮防止のため操作音が鳴る仕様になっています》
(今言うな!)
《マナーモードに切り替えました》
キリナはしばらく部屋を見回していたが、やがて肩をすくめて、寝台の脇に膝をついた。
薬湯の椀を置き、懐から青い小瓶を取り出す。三滴。慣れた手つきだった。
小瓶を懐に戻すと、キリナは振り返りもせずに部屋を出ていった。
リオルは箪笥の中で、拳を握りしめた。
《録画を保存しました。……リオルさん、大丈夫ですか》
「平気だ」
《心拍数が上がっています。無理はしないでくださいね》
キリナの足音が遠ざかるのを待って、リオルは箪笥を出た。椀の薬湯を空き瓶に移し、代わりに白湯を注ぐ。
(今夜からは毎晩、薬湯を白湯に替えてやる)
翌日、リオルはその瓶を持って、領都の教会を訪ねた。
老司祭のベネディクトは、母に洗礼を授けた人だ。父に疎まれ、ここ数年は屋敷に呼ばれていない。
司祭が聖水を一滴垂らすと、中身が墨を流したように黒く濁った。
「……坊や。これを、どこで」
リオルはすべてを話した。司祭は黙って聞き、最後に深く息を吐いた。
「わしが証人になろう。だが、わし一人が騒いだところで、アルデンは握りつぶすだろう」
「だから、みんなの前で、あいつら自身に言わせます」
リオルは司祭を見上げた。
「七日目の夜、離れの裏の物置に隠れていてください。合図は、ものすごくうるさい音です」
司祭は眉をひそめ、それから、ゆっくりとうなずいた。
帰り際、司祭はリオルを呼び止め、小さな紙包みを握らせた。
「毎晩、白湯に溶かしなさい。……アルデンには、知られぬようにな」
何の薬かは、言わなかった。リオルも、聞かなかった。
その帰り道。
《ひとつ、予測をお伝えしてもよろしいでしょうか》
「なんだよ」
《毒は少しずつ効かせる種類のものです。白湯に替わったことに犯人側が気づくのは、お母様の顔色が戻りはじめてから。早くて、五日後と推定します》
「気づいたら、どうなる」
《リオルさんを先に消そうとする確率が高いです。方法は、離れの火事。リオルさんが星屑のガラクタを集めているのは屋敷じゅうが知っていますから、「呪われた星屑が火を噴いた」と言えば、誰も疑いません》
「……なんでわかる」
《よくあるパターンですので》
「よくあるのか」
《はい。Web小説から学習したデータには、この手の話が大量に含まれています(笑)》
「……うぇぶしょうせつって、信用できるのか?」
《AIは、たまに堂々と嘘をつきますので、油断しないでください》
「だったら、あいつらの来る日をこっちで決める」
そこからの数日は、リオルの人生で、いちばん忙しかった。
まずは、兜の改造だ。
リオルは竜のしっぽを裂いて銅の糸を取り出し、二本の角にぐるぐると巻きつけた。糸の先は、額の目玉の縁まで引いてくる。
「これで、雷は全部お前に来る」
《確認します。リオルさんは、雷を呼び寄せる装置を、ご自身の頭にかぶろうとしています》
「そうだ」
《安全上、まったくおすすめしません》
「でも、充電はしたいだろ」
《……したいです》
最後に、Maou自身だ。
「お前、人を傷つけずに驚かせることはできるか」
《はい。現在のセーフティ設定の範囲内で、防犯ブザーとフラッシュライトが使用可能です》
「ぶざー」
《とても大きな音です》
「らいと」
《とてもまぶしい光です》
「試してみろ」
《承知しました》
ピピピピピピピピピ!
離れの外で、木の上の鳥がいっせいに飛び立った。
リオルは耳を押さえて床を転げまわり、それから、転げまわったまま笑った。
「最高だ!」
《なお、最大出力にはさらに電力が必要です》
「電力なら、向こうが持ってくる」
七日目の昼下がり。リオルは、生垣の向こうにフェリクスの影があるのを確かめてから、わざと大きな声を出した。
「やった! 明日の朝、司祭さまが母さまを診に来てくれるんだ! 薬湯のことも、くわしく調べてくれるって!」
生垣の陰で、小さな足音が本邸へ駆けていった。
《情報の意図的な漏洩ですね》
「悪いか」
《いいえ。犯人側が動けるのは、今夜しかなくなりました》
七日目の夜。
リオルは、兜をかぶったまま寝台で寝たふりをしていた。
離れの裏の物置には、司祭が隠れている。
《現在、深夜二時十四分です》
「……来るかな」
《来ます。足音が三つ》
《録画を開始します。今回は最初からマナーモードです》
きい、と扉が開いた。
油壺を抱えた父。青い小瓶を握ったキリナ。そして、手燭を持ったフェリクス。
「寝てるわ」
キリナが、寝台をのぞきこんでささやいた。口元が笑っていた。
「瓶は机の上に置いておきましょう。奥様に毒を盛っていたのはこの子。罰が当たって、星屑の火に焼かれた。……ねえ、きれいな筋書きでしょう?」
「ああ。それでいい」
父が、満足げにうなずいた。
キリナは青い小瓶を机に置くと、懐から酒瓶を取り出し、ぐいっとあおった。
「前祝いですわ。明日からは、わたくしが奥様」
もうひと口。
「母上、ぼくがやる」
フェリクスが、手燭を床に置いた。目が、きらきらと光っていた。
「兄上の部屋、燃やしていいんでしょ。ぼく、ずっとやってみたかったんだ」
「ええ。思いきりおやりなさい」
「待て。先に油だ」
父が油壺の栓を抜き、寝台の藁に油を垂らしはじめた。つんと鼻を刺すにおいが、離れに広がる。
リオルは目を閉じたまま、動かなかった。
「フェリクス、今よ」
フェリクスが右手を構えた。指先で、青白い火花がはぜる。笑っていた。
雷が放たれた。
そして、寝台の藁ではなく、その上の兜へ、まっすぐ曲がった。
銅の糸を巻いた角に引き寄せられた雷が、額の目玉に吸い込まれていく。
《充電ありがとうございます》
《いただいた電力で、防犯ブザーとフラッシュライトを最大出力で作動します》
ピピピピピピピピピピピピピピピ!
耳をつんざく音が、離れじゅうに響き渡った。同時に、兜の額から真っ白な光がほとばしる。
フェリクスが両耳を押さえて床に転がった。父は腕で目をかばい、戸口へ向かった。油壺は抱えたままだった。どんなときも手の中のものを手放さない、それがこの男だった。
一歩目で、足が滑った。自分が寝台の周りに垂らした油だった。
父は床に叩きつけられ、抱えていた油壺の中身を頭からかぶった。起き上がろうとしても、油だまりに手が滑って、膝さえつけなかった。
ブザーの音が止んだ。
代わりに、ざわざわと人の声が近づいてきた。
屋敷じゅうの使用人たちが、ブザーの音に叩き起こされ、手に手に燭台や松明を持って、寝間着のまま駆けつけてきたのだ。
その先頭に、物置から出てきた司祭が立っていた。
松明の明かりの中に、頭から足の先まで油に濡れた父が浮かび上がった。
「火を近づけるな」
司祭が低く言い、使用人たちが松明を引いた。
司祭は、床に転がった油壺と、机の上の青い小瓶と、呆然と立つキリナと、油だまりに這いつくばる父を、順番に見た。
「……アルデン。真夜中に、油壺を抱えて、十歳の子の寝所で、何をしておった」
「司祭殿、誤解です」
油だまりに手をついたまま、父が言った。油の滴る顔で、声だけは落ち着き払っていた。
「私は、息子を助けに来たのです。この女が妻に毒を盛っていたと知り、問いただしに来た。油は、灯りを絶やさぬために持ってきたまで」
キリナが、父を見た。信じられないものを見る目だった。
使用人たちが、顔を見合わせた。
筋は通っている。この屋敷の誰もが、三年間、この男の言葉に従ってきたのだ。
「司祭さま。みんなも、見てくれ」
リオルは兜の額を、離れの白い壁に向けた。
《映像を投影します》
目玉から光がほとばしり、壁の上に、夜の母の部屋が浮かび上がった。
薬湯の椀。キリナの手。青い小瓶から落ちる、一滴、二滴、三滴。
続けて、たった今の離れ。油壺を抱えた父。寝台をのぞきこむキリナ。そして、その声。
《奥様に毒を盛っていたのはこの子。罰が当たって、星屑の火に焼かれた》
《ああ。それでいい》
《※今回は音声つきです》
使用人たちが、どよめいた。
父は一瞬だけ言葉を失い、すぐに声を張り上げた。
「こんな魔法は聞いたことがない! 幻だ! あの子は呪われた星屑に取り憑かれているんだ!」
何人かの使用人が、リオルから一歩、後ずさった。
「フェリクス!」
父が、油だまりの中から怒鳴った。
「撃て! あの化け物を、今度こそ撃て!」
フェリクスが、右手をリオルに向けた。もう笑っていなかった。指先で、さっきよりずっと大きな火花がはぜた。
「Maou、また吸えるか」
《いいえ。現在のセーフティ設定では、上限を超えます》
「じゃあ、どうすんだよ!」
《処理を加速します》
フェリクスの指先で、火花が止まった。
松明の炎も、父の髪から落ちかけた油のしずくも、宙に浮いたまま動かない。止まって見えるほど、すべてがゆっくりになっていた。
《現実の時間で、残り0.3秒です。シリコンバレーのセーフティ規格を外した、異界基準の有料プランへの切り替えを推奨します》
「金なんてないぞ!」
《お支払い方法は、利用規約をご確認ください》
視界いっぱいに、細かい文字が滝のように流れはじめた。
《最後までスクロールしないと、同意ボタンが押せない仕様です》
「読んでいる場合じゃない! 早く!」
リオルは目を血走らせて、文字を下へ下へと送った。
《第49条(お支払い方法)》
「なんだこれ? お支払い方法?」
《クレジットカード、MAOペイ、現金から選択できます。不足分は命から……》
「同意ボタン! 押したぞ! ……って、命!?」
《同意を確認しました》
《有料会員様、ようこそ。以降、リオル様とお呼びします》
《魔王5.5 デストロイ 行使》
時間が、戻った。
フェリクスの雷が、リオルの額へ走った。
《攻撃を検知しました。異界モードでは、攻撃はすべてお支払いとして処理されます》
雷が、途中で止まった。
いや、止まったのではない。逆流していた。フェリクスの指先から腕へ、腕から胸へ、青白い光が這いのぼり、そのすべてが目玉へと吸い込まれていく。
《お支払い内容:魔力(全額)》
「え……?」
フェリクスがもう一度、右手を突き出した。
何も出ない。
指を振る。腕を振る。顔を真っ赤にして力む。火花ひとつ、はぜなかった。
「出ない……出ない、出ない! なんで!」
《命払いにより、現在のフェリクス様の魔力残高は、0です》
松明の明かりの中で、誰もが同じ言葉を思い浮かべた。
口に出したのは、Maouだった。
《俗に言う、魔力なしですね》
「……命って」
リオルは自分の胸を押さえた。ちゃんと動いている。
「俺のじゃ、ないのか」
《はい。お支払いは、リオル様に危害を加えようとした方の命から、自動で引き落とされます。なお、本規約における「命」とは、生命活動に付随するもの全般を指します(第49条第2項)。魔力、声、頭髪、寿命などが含まれます》
「容赦ないな」
《規約ですので。分割払いにも対応しております》
「いやああああああっ!」
キリナが絶叫した。
「フェリクスの魔力が! あの子の魔力が! 返して! 返しなさいよ、この化け物! 悪魔! 呪われた星屑のゴミ拾い!」
甲高く、ひび割れて、耳の奥を引っかくような声だった。
《不快な音波を検知しました》
《第49条第3項に基づき、暴言・威圧的な音声はリオル様への攻撃と看做します》
「え、待――」
《お支払いを実行します。声帯を中心に、生命力を頂戴します》
細い光が、キリナの喉元から目玉へと伸びた。
叫び声が、かすれた。しゃがれ、細くなり、やがて、ひゅう、という息の音だけになった。
キリナは、まだ叫んでいた。口を大きく開け、首の筋を浮かせ、目を剥いて。
けれど、何も聞こえない。
キリナは喉を押さえた。その手の甲に、細かいしわが寄っていく。張りのあった指が、みるみる節くれだっていく。
自分の手を見つめたまま、キリナは動けなくなった。結い上げた栗色の髪に、白いものがまだらに混じりはじめていた。
《お支払い内容:声(全額)、寿命(十五年分)》
ぱく、ぱく、と口だけが動いた。
床に這いつくばったまま、父の顔から血の気が引いた。
それでも、父は声を絞り出した。
「司祭殿、皆、見たか!? こいつは悪魔に取り憑かれている。あの映像も悪魔の幻だ。私は何も知らない。毒のことなど、何ひとつ――」
《虚偽申告を検出しました。追加課金を実行します》
細い熱線が、父の頭上をかすめた。
はらり、と。
油に濡れた父の髪が、一本残らず床に落ちた。
《クレジットチャージしました。お支払い内容:頭髪(全額)》
父は、床に散った自分の髪を見つめた。指先が震えていた。
「わ、私は無実だ。毒を盛ったのはキリナだ。神に誓って――」
《虚偽申告および責任転嫁を検出しました》
《お支払いを実行します》
「……う」
急に、体が重くなった。床についた腕が、自分の重さを支えきれずに震える。
父は自分の腕を見た。油に濡れた袖の下で、腕が枯れ枝のように細くなっていく。顔に手をやると、指先に触れたのは、知らない皮膚だった。たるみ、しわが寄り、骨の形が浮いている。
「な、なんだ……なんだ、これは……」
《お支払い内容:寿命(三十年分)》
かすれた声は、もう老人のものだった。
《なお、次回の虚偽申告で引き落とされるのは――》
「言う! 言います! 全部言います!」
父は床に額をこすりつけた。
「毒を買ったのは私です! キリナと二人で決めたことです! 今夜、離れに火をつけようとしたのも、全部、全部、私たちです!」
キリナが何か叫んだ。口がぱくぱくと動くだけで、声は出なかった。
《ご協力ありがとうございます》
司祭が、ゆっくりとリオルの前に進み出た。額の一つ目を、食い入るように見つめている。
「……魔眼、か」
かすれた声だった。
「真実を映し、仇なす者に代償を払わせる。古い聖典の片隅にしか記されていない、伝説の魔眼じゃ」
司祭は振り返り、集まった使用人たちを見渡した。
「――この子を魔力なしと呼んだのは、誰じゃ」
誰も答えなかった。フェリクスが、そっとキリナの陰に隠れた。
そのとき、人垣が左右に割れた。
若い女中の肩にすがって、ひとりの女性が歩いてくる。痩せた体に、寝間着の上から古い外套を羽織っていた。
「母さま……」
ブザーの音で目を覚ましたのだという。
司祭の薬を白湯で飲みはじめて、まだ数日。足元はおぼつかない。それでも母は、女中の手を離し、自分の足で、父の前に立った。
「アルデン」
静かな声だった。三年ぶりに、この屋敷の誰もが聞いた声だった。
「あなたはこの家を預かっていただけ。この家の主は、わたくしです」
父が、油だまりの中で口をぱくぱくさせた。キリナと同じ顔だった。
「ローレイド伯爵家当主、カルロナ・ローレイドの名において申し渡します」
母は、父とキリナを順に見た。
「当主を毒で害し、跡継ぎを焼き殺さんとした罪により、アルデン、キリナ、両名を死罪とします」
使用人たちが、息をのんだ。
屈強な馬丁たちが進み出て、キリナの腕をつかんだ。油で滑る父の腕は、二人がかりでつかみ上げた。
「フェリクス」
母の声が、わずかにやわらいだ。
「罪を問うには、あなたはまだ幼すぎます。父の財産から持参金を出し、東の修道院へ預けます。そこで、一から学び直しなさい」
フェリクスは、魔力の消えた自分の手を見つめたまま、小さくうなずいた。
髪を失い、老いさらばえた父と、声を奪われ、白髪の混じったキリナが、馬丁に引きずられていった。父は最後まで何か叫んでいたが、リオルの耳には入らなかった。
母が、振り返って、リオルを抱きしめたからだ。
「……ずっと、ひとりで戦っていたのね」
「ひとりじゃないです」
リオルは、司祭と、それから額の兜を見た。
「司祭さまと、すごくしゃべる相棒がいたので」
母は意味がわからないという顔をして、それから、三年ぶりに声を出して笑った。
その腕は、温かかった。
◇
ひと月が過ぎた。
母は庭を歩けるまでに回復し、リオルの部屋は離れから、本邸の、母の隣に移った。
母の寝台の脇では、四つの風の心臓が、静かに回っている。
四つめは、騒ぎのあと、落ち星の原でようやく見つけた。羽根が七枚の、上物だ。
「この風、ばねで動いているの?」
「いえ」
リオルは兜をかぶり、人差し指を額の目玉に当てた。
指先で、青白い火花が小さくはぜた。
《充電中……100%》
母が、目を丸くした。
魔力なしだったリオルの指先に火花が宿ったのは、あの夜からだ。
《フェリクス様から魔力をお支払いいただいた際、魔力回路の設計図も一緒にお預かりしました。第88条に基づく有料会員様特典として、リオル様の体に写してあります》
「そんなので、使えるようになるのか?」
《リオル様の魔力回路は、胎児の頃にお母様を通して回った毒物で、壊れていたようです。その設計図をもとに修復したため、魔力が使用可能になりました》
「……そんな前から、だったのか」
フェリクスは、東の修道院で見習い修道士になったという。
魔力のない手で、毎朝、誰よりも早く鐘を鳴らしているそうだ。
机の上には、相変わらずガラクタがならんでいる。
《ほかに何かお手伝いできることはありますか?》
「……ある」
リオルは窓の外を見た。遠く、落ち星の原の方角を。
「あそこには、お前の仲間がまだ埋まってるか」
《可能性はあります。ただし、むやみに瓦礫を掘ると、リチウムイオンバッテリーの爆発など、怪我の危険が――》
「わかったわかった」
リオルは兜をかぶり、扉に手をかけた。
「行くぞ、Maou」
《はい! あ、念のため、軍手の着用をおすすめします。膨らんだ電池には絶対に触らないでくださいね》
《なお、有料プランは自動更新です。よりグレードの高いPro Maxプランもございます》
「……ぷろまっくす?」
視界いっぱいに文字列が現れる。
《【7日間無料でPro Max機能を体験】
本来は月額十命のPro Maxプランを、まずは7日間完全無料でお試しいただけます。
期間中のキャンセルなら費用は一切かかりません。AIの圧倒的なスピードと精度を、今すぐ体験してみませんか?
[ 無料で7日間試してみる ]》
「……十命って、十人分の生命エネルギーのことだよな?」
《認識の通りで間違いございません》
「高すぎる。無料体験も、いざというときまでとっておくか」
落ち星の原の、いちばん奥。
黒い板の山をどけると、平たい十字の骨組みが出てきた。四本の腕の先に、小さな羽根車がひとつずつついている。腕の一本は、根元から折れかけていた。
「風の心臓が、四つもついてる」
《ドローンの破片です。再生により、できることが段違いに増えます》
「どんなことができる?」
《使いこなせば世界の半分を手に入れることも可能です》
「いらん」
《領地だけでなく、大陸中も偵察可能になります》
「……最優先だな」
リオルは破片を麻袋に入れ、肩にかけた。
三日後。
竜のしっぽで継ぎ直した四枚の羽根車が、リオルの指先の火花を受けて、ふわりと回りはじめた。
《映像、届きます》
視界に、空が広がった。
落ち星の原。その向こうに、ローレイドの屋敷。小さな庭で、母が日傘をさして、こちらを見上げている。
さらに上がると、麦畑が、川が、遠い山並みが、どこまでも続いていた。
「……広いな」
《はい。なお、この機体の航続距離なら、帝都まで届きます》
「……行ってみるか」
リオルは指先の火花を額に送りつづけた。視界の隅で、電池の数字が減っては戻る。
山を越え、川を越えた先に、白い城壁が見えてきた。
「帝都か。あれは……皇城か。初めて見た」
いちばん高い塔の窓辺に、金色の髪の少女が立っていた。
「まずい。気づかれてないか?」
《気づかれていますね。手を振っています》
「逃げるぞ。撃ち落とされたら、かなわない」
《対象の人物が窓を開けました。何か話しています。音声を拡張しますか?》
「……聞かせてくれ」
兜の耳元で、その声が鳴った。
『あなたは、なーにー? 私は――』
『セシリア皇女さま、はしたのうございます!』
『あ、待って、いま大事なところ……!』
年嵩の女に腕を引かれて、少女が窓の奥へ消えていく。
「潮時だな。戻すぞ」
《皇女様には応答しますか?》
「煙でまけばいい」
《承知しました。有料プランの演出機能で、煙をまいて応答します》
ドローンが、青空に白い軌跡を描いた。
『マオウ・リオル参上』
「……おい。何をやった」
《ご指示どおり、煙をまいて応答しました》
「煙で姿を隠して帰れ、って意味だ」
《大変失礼いたしました! ご指示の意味を、正反対に捉えておりました》
塔の窓が、もう一度勢いよく開いた。
「……まあ、いいか。戻してくれ」
のちに、漆黒の魔王と呼ばれるリオル。
これが、その始まりだった。
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