第6話 クーニャが戦わない三つの理由
前回のあらすじ
王太女暗殺未遂の実行犯から黒幕や暗殺計画に関する情報を聞き出したクーニャ達は、用が済んだ男の遺言を聞き届けてからサクッと処刑したのだった。
―――あらすじ了
処刑が終わって話が一段落したところで、ここまで黙って話を聞いていたイオルムは、とある疑問が浮かんでいたのでクーニャに声を掛けた。
「少しいいかクーニャよ。」
これに対し、カミラに抱かれて再び馬車に乗り込もうとしていたクーニャが、抱かれたままでイオルムの方へと向き直って答えた。
「なんですかイオルム様?」
「うむ、先の盗賊襲撃の際と、私設兵団の強襲の際、どちらにも当てはまるが、クーニャは戦う力を有しながら、ヒルダ一人に任せたり、二狼鳥に助力を求めたりと、自らは手を出さない立ち回りをしていたが、何か理由があるのか?先ほどの魔女に関する発言からして自覚はあるようだが、あの程度の連中ならばセイズ使いのクーニャが出張れば難なく退けられたであろう?」
その問いかけに、クーニャは下顎に前足を当てて考え込む仕草を取ったのちに答えた。考える人的なあれの犬バージョンである。
「そうですね。イオルム様がおっしゃる通り、私が戦闘に参加すれば先の襲撃は容易く撃退できたでしょう。ただそうしないのには三つほど理由があります。」
これを受けたイオルムは興味を抱き、耳をピンと立ててさらに聞いた。
「ほう。三つの理由か。どんな理由なのだ?」
クーニャはこれに頷くと、彼女を抱くカミラの手をちょいちょいと叩いて地面に降ろしてもらってから話し始めた。
「はい。私が戦わない理由と言うよりは戦えない理由ですが、まず第一に私が王太女と言う立場にある事があげられます。曲がりなりにも国家の最高権力者の次席である私が害された場合、それが他国の仕掛けた計略であれば戦争の引き金になりますから、自ら危険に身を晒す様な迂闊な真似はできないのです。また、私が害された場合、護衛者に責が及ぶことになりますので、従者を守るためにも極力戦うわけにはいかないのですよ。そんな身の上なので私が戦闘に参加するのは国家間の戦争か、直接的に私の命が脅かされた際の自衛程度に限られるのです。」
これを聞いたイオルムは首を傾げて新たな疑問を提示した。
「ふむ、理由自体は納得であるが、理由を踏まえた上で新たな疑問ができるな。先の盗賊襲撃はクーニャの身に危険が及んでいたのだから、自衛目的で迎撃してもよかったのではないのか?」
これにクーニャは首を横に振りつつ答えた。
「先の盗賊の襲撃に関して言えば、まだ私が動くべき時ではない、と言う段階でした。狗式セイズ魔術は舐めると言う行為が起動条件となっている特性上、必ず対象者に接触する必要がある魔法ですから、気軽に使うわけにもいかないのです。とは言え、本格的にヒルダの身が危なくなれば、カミラ、メーベルと共に打って出るつもりでしたが、そうなる前に偶然通りかかったイオルム様にご助力いただけたので、幸いにもその機会は訪れませんでしたね。」
イオルムは今度は頷いて納得すると、さらに続けた。
「なるほど。一つ目の理由は分かった。して二つ目はなんだ?」
クーニャも同様に頷いて応えると、二つ目の理由を説明し始めた。
「二つ目の理由はセイズ魔術の特性が絡むものです。セイズ魔術はご存じの通り、術を掛ける対象が術者に好意的な感情を抱いているほど通りが良くなるので、敵対する可能性がある相手には警戒心を与えず、無害で無力なかわいいだけの存在だと思われていた方が都合がいいのですよ。そんなわけで、私が戦ったり力を行使するのは最低限に抑える必要があります。セイズ魔術を使うと知れ渡るほど、警戒されて効果が弱まる恐れがありますからね。」
イオルムは再び頷き納得した様子を見せた。
「なるほど。弱く見られていた方が都合がよいのか。」
クーニャはイオルムの言葉に頷きつつも、少し険しい表情を浮かべてから続けて言った。
「はい。とは言え、本来味方であるはずの大公家の者まで私を軽んじていたのは計算外でしたが、それに関してはあちら側の瑕疵と言うことにしておきましょう。母と私が狗式セイズ魔術を操る魔女であることは、臣下であれば当然知っていますからね。セイズ魔術は親から子に継承される秘伝魔法であるため、使用者の絶対数が少なく、ある種伝説的な存在ではありますが、魔女グルヴェイグの故事は貴族ならば基礎教養として習っているはずなので、由緒あるハティ大公家の当主たる叔父も当然ですが、神の国アスガルドでさえ潰しかねない凶悪な魔法だと知っているはずです。王家には加えて護国の神獣フェンリル様の加護が付いていますし、どんな勝算があって叔父が現王家に反旗を翻したのか、はっきり言って謎ですね。」
これを聞いたイオルムは頷きつつ所感を述べた。
「うむ。吾輩が知るセイズ使いと言えば、アスガルドにおいては大神オーディンと愛の女神フレイヤの二人のみ。そしてニャスガルドでは我が盟友たる大猫神オーニャンと美猫神フレイニャの二匹。さらにクーニャを加えれば二人と三匹となるか。ヴァン神族にはそれなりの数のセイズ使いがいるらしいが、吾輩と知己のある者の中には居ないところを見ると、言われてみればたしかに、セイズ使いはかなり少ない印象だ。セイズ魔術の一種である使い魔魔術の使用者も含めればそれなりの数が居るが、一般にセイズ魔術使いと言えば精神系魔法を操る魔女を指すから、ガンド使いは別枠としてよかろうな。」
イオルムの所感を聞いたクーニャは、その内容に同意した。
「そうですね。精神系魔法の使い手、それも洗脳に近い魔法が使えるセイズ使いともなると、何も悪さをしていなくとも警戒されるので、自らセイズ使いを名乗る者はあまり居ないでしょうね。私と母は臣下の貴族に向けて示威目的でセイズ使いであることを開示していますが、一般市民や国外の方には積極的に示しては居ないので、ニャスガルドの様な繋がりの強い同盟国の首脳部がそれとなく知っている程度だと思います。」
イオルムはニャスガルドの守り神的な立ち位置に居るが、実態としては猫王の盟友として逗留しているだけの部外者なので、国の重要ごとである同盟国の王家が持つ力のことなど知らなかったが、同じくセイズ使いである猫王はその辺の事情を知っているだろうと推測できたので、クーニャの発言に納得したのだった。
ここで補足しておくとガンド使いとは、動物や魔物の様な生物、あるいは精霊や死霊の様な非実体の霊的存在と、血を交わした使い魔契約を行い、使い魔として自在に操る者のことだ。
ガンドが生物であれば単純に戦わせたり、荷運びや諜報活動などを行わせる、魔物使いと似た運用が可能であるし、死霊を用いた場合は呪術をガンドに乗せて飛ばす呪術師的な運用がなされる。さらに精霊の力を借り受けて自身の魔法を強化する精霊魔術師の様な運用法も有ったりと、一口にガンド使いと言っても幅広い運用法がある。
次に使い魔契約のやり方だが、契約用の魔法陣が描かれた使い捨ての印紙が雑貨屋や魔法道具店で銀貨3枚程度、日本円換算すると3000円くらいで販売されており、両者が契約に同意している状態で使役者がその魔法陣に血を一滴垂らすことで、割と簡単に誰でも契約が結べてしまう。安価で簡単なので、本格的な魔術としての運用をするつもりがなくとも、ペット感覚で契約しているペーパーガンド使いも多い。
ところで、これだけ聞くと使い魔側が一方的に搾取される主従関係に見えるが、使い魔が生物であれば使役者の能力に合わせて知性や身体能力が上がったり、寿命が伸びたりするし、霊的存在にとっては霊格を上げるための修行になるので、双方にメリットがある互恵関係の契約となっている。また使役者が無為な命令を下せば、使い魔は叛逆することも可能なので、実態としてはガンド使いと使い魔は対等である。
話が逸れたが、イオルムとクーニャの質疑に戻る。
クーニャは続けて、戦えない最後の理由を話し始めた。
「それでは、私が戦えない最後の理由を話しますね。前二つはまだ無視してもよい事項なのですが、最後の三つ目こそが私が戦うわけにはいかない最大の要因でして、その要因とは私に掛かっているフェンリル様の加護にあります。」
イオルムはそこまで聞いた時点で色々と察していたが、黙って話の続きに耳を傾けた。
「現在国内でクーデターの機運が高まっている事、いえ、私が襲撃を受けた時点で事実上既にクーデターは起きているわけですが、それはさておき、クーデターの機運がある事はフェンリル様にはまだ伝えておりません。なぜならそれを伝えてしまうと、叛逆者を駆逐するためにフェンリル様が直接動いてしまう可能性が極めて高いからですね。フェンリル様は護国の神獣と呼ばれていますが、その方法と言えば攻撃は最大の防御を地で行く破壊行為に他なりませんから、仮にフェンリル様が出陣する事態となれば、叛逆者は地形が変わるほど叩き潰されて地上から消滅するでしょう。叛逆者が消されること自体はどうでもいいのですが、その余波で叛逆貴族に属する周辺地域や村落が崩壊する可能性があるので、そうやすやすと御出陣願う訳にはいかないのです。」
フェンリルの弟であるイオルムは兄の性格をよく知っており、怒れるフェンリルに細かい力の制御を期待するのは無駄な事だとわかっているため、クーニャによるフェンリル評の酷い言われように納得しかないのだった。
「フェンリル様は先にも述べた通り、護国の神獣として王家に加護を与えてくださっているので、私に掛かっている加護の繋がりにより、私が戦闘状態に入った場合はフェンリル様にもそれが伝わってしまいます。そうなると、芋づる式にクーデターの話が知られてしまう可能性が高いので、私は戦うわけにはいかないのですよ。」
クーニャが言い終えると、イオルムは深く頷きながら話の締めに入った。
「なるほど、それならば仕方ないな。力を持ちながら、その力を振るうにも様々な制約があるとは、王族とはなかなかに不自由なものだな。そういう事であれば、道中クーニャに危険が及ぶような事態があれば、引き続き吾輩が守るとしよう。下手にフェンリルが出張ってくると、失踪者捜索の妨げになりかねんしな。」
通りすがりの旅猫であるイオルムとしては、他国の政変で無辜の民がフェンリルの被害に遭おうとあまり気にしないのだが、現在請け負っている失踪した仔猫の救出作戦に支障が出ると困るので、大事にはしたくないのだった。
これを受けてクーニャは、イオルムに改めて助勢の継続を求めたのだった。
「はい。イオルム様にお助けいただけるならば、万事問題ないかと存じます。引き続きよろしくお願い致します。」
「うむ、任せるがよい。」
相互に利益がある依頼であるため、イオルムはこれに二つ返事で了承の旨を伝え、話合いはお開きとなったのだった。
話がまとまったところで一行は馬車に乗り込み、イオルムは再び御者台へと座って馬達に指示を出した。
「待たせたな馬達よ。それでは引き続き最寄りの村へ向けて出発進行だ。」
指示を受けた馬車馬たちは頭を下げて頷くと街道を速足で進み始めた。
そして二狼鳥の三人は鹵獲した軍馬30騎のうち隊長騎であった魔馬にガイウスが、ローグとアルメリアは適当に見繕った気性の合う馬にそれぞれ騎乗し、馬郡を率いて馬車の後を追走したのだった。




