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幼馴染みにはムシがつく~だから俺は悪者だ~

作者: 来留美

 俺は、いつから悪者になったのだろう?

 いつの間にか。

 物心ついた時には悪者だった。


 俺が悪者になったのはアイツのせい。


 いつも、ニコニコ笑って俺を癒してくれる。

 いつも、ドジをして俺を笑わせてくれる。

 いつも、頼ってきて俺に自信をつけさせてくれる。


 そんなアイツというのは、俺と同じ高校二年生の幼馴染みの女の子だ。


 同じ歳なのに、俺より子どもっぽくて。

 同じ環境で育ったのに、俺より小さくて。

 同じ場所にいるのに、俺よりムシがつく。


 同じ時間を過ごしているのに、全く飽きない。


 完璧な彼女に、ただ一つだけ我が儘を言うのなら、ムシを追い払う俺の気持ちに気付いて欲しい。

 俺だって、好きでムシを追い払う悪者になっているわけじゃないんだよ。



「おはよう」


 朝からニコニコ笑って彼女が言う。

 俺は今日も彼女の笑顔に癒される。

 しかし、そんな癒しを楽しむ時間はすぐに終わる。


「あっ、危なっ!」


 俺は彼女に向かって叫ぶ。

 俺の声に驚く彼女の足元で、瀕死の蝉が最期の力を振り絞るように暴れていた。

 俺は彼女の腕を引っ張り引き寄せた。


 蝉はすぐに落ち着き、動かなくなった。


「短い命の蝉なのに、大丈夫かな?」


 彼女は蝉を心配しながら見ている。


「君に心配されなくても一所懸命生きているよ。それが本能なんだからさ」

「そうかもしれないけど、それでも心配してしまうのよ。どうして貴方は、いつも厳しい言い方をするの? もっと優しくなれないの?」


 彼女は、また俺を悪者だと言う。

 彼女を助けたのに、彼女はいつものようにムシを心配する。


 ムシが嫌いな俺は、彼女と違って心配なんてしようとは思わない。

 だから俺は、彼女にとって悪者なんだ。

 そしてムシにとっても悪者なんだと思う。


「でも、ありがとう」


 彼女は俺を悪者扱いするが、助けてもらったお礼は必ず言う。

 俺は彼女の、ありがとうの言葉で悪者になっても良いと思ってしまう。

 彼女が傷つかないのなら、悪者で良いんだと思ってしまう。


「秋はそこまでやってきているわよね?」


 彼女が秋風に吹かれて乱れた長い髪を整えながら言う。


「そうだな。朝は涼しくなった気はするけど、まだまだ昼が暑いのは困るよ」

「そうだね。貴方は夏が嫌いだからね」

「当たり前じゃん。暑いし、ムシ多いし、そして暑いし」

「暑いのが嫌いなのはよく分かったわ」


 彼女はクスクスと笑って俺を見上げた。

 俺より身長が低い彼女は自然と上目遣いになる。

 そんな彼女の視線にドキドキしてしまう。


「私は、夏が大好きだよ」


 彼女が俺の目を見て夏が好きだと言うから、俺に言っているような錯覚に焦ってしまう。

 赤くなっているであろう顔を見られないように、彼女に背を向けて学校へと歩みを進めた。


「ねぇ、怒ったの?」


 彼女が小走りで俺を追いかけてきた。


「怒ってないよ。ただ、俺と君は正反対だなぁって思っただけだよ」

「正反対?」

「うん。俺は冬が好きだけど、君は夏が好き。俺は川が好きなのに、君は海が好き。それに、俺はムシが嫌いなのに君はムシが好きじゃん」

「本当だ。正反対だね」


 彼女は納得したように首を何度も縦に振り、頷いている。

 彼女にとってはなんともないことなのかもしれないが、俺にとっては一大事だ。


 だって俺は彼女が好きだからだ。


 俺が彼女を好きだと意識したのは、まだ俺達が小さい頃だった。

 俺も彼女も幼くて、二人で一緒に遊ぶことがとても楽しかった頃。

 初めて彼女に、ムシが寄ってくることに気付いた。


 小さな彼女に一匹の蜂が飛んで来た。

 蜜蜂だったから、その場から離れれば良いということを知らなかった。

 俺はその蜜蜂を手で払った。


 すると蜂が怒って、俺の小指を指した。

 すぐに俺の小指は赤く膨らんだ。

 痛かったけれど、彼女に心配させないように我慢をした。


 彼女はごめんねと言いながら泣いていた。

 そんな彼女を見た時に、俺は決めたんだ。

 彼女にこんな悲しい思いをさせないと。

 必ず彼女を泣かせないと。


 そんな決意をしたと同時に、彼女の笑顔が見たい。

 彼女を守って笑顔にさせたい。

 俺は彼女が大好きなんだと気付いた。


 それから彼女は泣くことはない。

 俺がムシから彼女を守っているから。

 彼女の笑顔を絶やすことはない。

 俺が悪者になっているから。


 俺の片想い。



「あっ、そうだ。今日は部活がない日だよね?」

「あっ、うん」


 いきなり話題が変わったが、俺にとってはいつものことだから気にしない。

 彼女は忘れっぽい。

 だから彼女は、思い出したらすぐに言う癖をつけている。


「今日は委員会の集まりがあるから、先に帰ってていいよ」

「いいや、待ってるよ」

「でも、今日は遅くなるから先に帰っててよ」

「何時でも待っているよ」

「待たなくていいよ。私にはコレがあるから大丈夫だよ。それに秋だけど、まだ夏のように暗くなるのは遅いからね」


 彼女はスマホに付けた猫の形のチャームをユラユラと揺らしながら見せてきた。

 彼女の持っている猫の形のチャームには香り袋がついており、虫除け効果のあるハーブを入れて、俺が昨年の彼女の誕生日にプレゼントした物だ。


 彼女は本当に気に入ってくれて、スマホに付けて肌身離さず持っている。

 それのおかげなのか、ムシとの遭遇率は減った。


「分かったよ。必ず暗くなる前に帰って来いよ」

「うん。帰ったら連絡をするね」

「連絡待ってるから必ず忘れないようにしてくれよ」

「大丈夫だよ。忘れないよ。絶対にね」


 彼女は、猫の形のチャームについている香り袋に鼻を近付けて、目を閉じてから、ゆっくり深呼吸をしながら香りを楽しんでいる。



「どんだけ過保護なんだよ」


 俺が昼休みに、男友達に彼女との朝の出来事を話すと、呆れた顔で言われた。


「過保護になるだろう? あんなに小さくて可愛い生き物は守らないと、変なムシがつくだろう?」

「まあ、あの娘は人気(にんき)があるから変なムシはつくかもしれないけど、お前がいつも隣に居て、誰もあの娘に話し掛けもできないんだよ」

「俺がいなかったら、アイツはどうなっていたか、、、」

「いい加減、好きって言えばいいだろう? そして恋人として隣にいれば、変なムシなんて寄り付かないのになぁ」


 友達に、当たり前なことを言われて、自分にどれだけ勇気がないのか、思い知る。

 好きと言ってしまえば、関係が終わりそうで、彼女の隣にいれなくなりそうで。


 今の関係が壊れてしまいそうで怖くて仕方がない。

 彼女を失うなんて、彼女の傍で笑顔を見れないなんて考えただけで、気が狂いそうだ。


「しかし、大丈夫なのか?」


 友達が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「何がだよ?」

「委員会って、学級委員の集まりだろう?」

「うん。アイツは副委員長だからな」

「あの娘のクラスの委員長は優秀君だろう?」


 優秀君とは、テストで学年一位の運動神経抜群の全て完璧の男子だ。

 彼女からは優秀君の話なんか聞いたことはないから、彼女は興味が無いと思う。


「アイツからは優秀君の話なんて聞いたことは無いから大丈夫だよ」

「本当に大丈夫なのか? 二人が並んで歩くとベストカップルに見えるけどなぁ」


 友達は廊下に目をやり、俺に見てみろと目配せをしてきた。

 俺が廊下を見ると、彼女と優秀君が並んで歩いていた。


「変なムシがついてるみたいだな」

「顔、こっわ! もっと余裕を持てよ」


 俺のイライラは顔に出ているようで、友達が指摘した。


「余裕なんて持てないんだよ。アイツは俺にはもったいないくらい可愛いんだからよ」

「お前も十分、いけて、、、」

「人間用の虫除けスプレーはないのかな?」

「こっわ!」


 俺のなんとなく出た独り言を聞いて、友達は怯えた顔になっていた。


「冗談だよ」

「知ってるよ。俺の演技は完璧だろう?」


 俺がクスクス笑いながら言うと、友達は自慢気に言った。


「お前があの娘の隣にいれば、あの娘は安心できるんだよ。それってお前の強味じゃん」

「強味?」

「そうだよ。その強味を使えよ。必ず上手くいくからさ」

「お前、何様だよ?」

「俺様だよ」


 友達のおふざけに二人で笑った。

 彼女と優秀君のことは気にはなった。

 でも、クラスも違うし、委員会も違うし、部活も違う。


 俺は学校での彼女のことは、知らないことが多い。

 だから、彼女も学校での俺を知らないと思う。


 幼馴染みなのに知らないことがたくさんある。



 放課後になり俺は一人で家へ帰る。

 男友達に、いつまでも今の関係に甘えるなよと言われた。


 甘えているつもりは無い。

 ただもう少しだけ時間が欲しいんだ。

 もう少しだけ、気持ちを整理する時間が欲しいんだよ。


 一人で考えながら帰っていると、いつの間にか家に着いていた。

 部屋で漫画本を読んでいたら、眠くなったので少しだけ寝ることにした。


 目を覚ました時に時計を見て驚いた。

 夜の七時を指していた。

 俺は窓から外を見ると、真っ暗だった。


 すぐにスマホを見たけれど、彼女からの連絡は来ていない。

 心配で気が狂いそうだ。

 彼女に、まだ帰らないのかとメールをした。


 返信もなく、心配でじっとしていられない。


 彼女が帰って来るのを外で待った。

 すると向こうの方から彼女が歩いて来ているのが見えた。


 しかし、人影は二人分に見える。

 近づくにつれて、誰なのか分かった。

 優秀君だ。


 涼しい顔をして、いつもは彼女の隣は俺の場所なのに、自分の場所だと見せつけるように彼女の隣にいる。


「何時なのか分かっているのか?」


 俺は近づいてきた彼女に言う。


「えっ、仕方ないでしょう。委員会の集まりが長くなっちゃったのよ」

「それなら連絡くらいしろよな」

「私は大丈夫だって言ったでしょう? 彼も送ってくれたし。そんなに心配しなくてもいいわよ」

「変なムシがついてるだろう?」


 俺は優秀君を睨み付けながら言う。


「えっ、ムシがついてるの? ちょっと、取ってよ」


 彼女は焦りながら、自身の制服のスカートなどをパタパタとしながらムシを追い払う仕草をする。

 俺はそんな彼女の腕を引っ張り引き寄せた。


 彼女はバランスを崩し、俺の胸へと倒れこむ。

 彼女をちゃんと支えて、俺は彼女を見つめた。


「ムシは?」


 彼女は上目遣いで不思議そうに言ってきた。


「俺が追い払ったよ」

「そうなの? ありがとう」


 彼女のニコニコ笑顔に鼓動が速くなる。


「委員長、送ってくれてありがとう」


 彼女は優秀君に笑顔を向けて言った。

 俺以外にもそんな笑顔をするのか?

 なんだか腹が立ってくる。

 俺の彼女なのに。


「ほらっ、早く家へ入れよ。優秀君は勉強をするのが大好きだから、早く帰って勉強をしたいんだよ」

「そんな言い方しなくてもいいでしょう? 遠回りして私を送ってくれたんだからね」

「それなら俺を呼べば良かっただろう?」

「いつでも貴方がいるなんて思っちゃダメなのよ」

「いいんだよ。俺はずっと傍にいるからさ」

「それが嫌なのよ。私は苦しいの」


 彼女はそう言うと家へと入っていった。

 彼女の泣きそうな顔を見て、俺はフリーズした。


 俺が彼女を泣かせたのか?

 俺が約束を破ったのか?

 俺といると苦しいのか?


「僕は、キミ達のことは何も知らないけれど、二人とも見ている場所が違っているんだよ。お互いがお互いの立場にたった時に、見えてくると思うんだ」

「お前に何が分かるんだよ?」


 優秀君の言葉が何故だか俺をバカにしているように感じてイライラして、喧嘩腰に言ってしまう。


「僕は知ってるよ。キミが彼女の隣にいる理由をさ」

「はあ? お前に分かるわけが無いだろう?」

「いつまで続ける気なの? この先キミは、彼女から離れないなんて約束できるの?」


 ずっと俺をバカにした言い方に腹が立つ。

 俺はこのままがいいんだ。

 彼女にムシがつかないように隣にいるんだ。


 俺だけを頼ってほしいんだ。

 俺だけを見てほしいんだ。


「キミは自分のことで精一杯だから、彼女のことを忘れているようだけれど、大丈夫なのかな?」


 優秀君は、彼女が入っていった彼女の家のドアを見ながら言う。


「何がだよ?」

「近すぎて気付けないのか? それともただのバカなのか?」

「うるせぇよ」

「そうだね。うるさいよね。僕には関係がないことだよね」


 そう言って優秀君は、帰っていった。

 変な奴。


 俺はすぐに彼女の部屋へ向かった。

 彼女の部屋のドアをノックする。


「おーい。泣いてないよな?」

「泣いてないよ!」


 彼女はなんだか怒っているようだった。


「何、怒ってんだよ?」

「怒ってない!」


 彼女の怒っている顔が簡単に想像できて、そんな彼女が可愛くて笑ってしまう。


「きゃっ」


 ドアの向こうから彼女の叫び声が聞こえて、俺はすぐにドアを開けて中に入る。


「どうしたんだよ?」

「えっ、あっ、コオロギが私の足に乗ってきたのよ。それに驚いちゃって」

「何処にいったか分かるか?」

「ベッドの上にいるよ」


 彼女が指差した先に小さなコオロギがいた。

 俺はコオロギをどうするか考える。


「私がするからあなたは見てて」


 彼女はそう言うと、両手で優しく包み窓の外へ逃がした。


「やっぱり、秋はそこまでやってきているわね?」

「そうだな。俺は必要ないみたいだ」

「何が言いたいの?」

「だって、ムシは減るし、キミは一人でムシの撃退ができるし」

「そうだね。私、できるようになっちゃった。これで苦しいのも無くなるよ」


 彼女は笑って言うけれど、俺は笑えない。

 だって彼女の言葉が、俺は必要ないのだと言っているのと同じだからだ。


 俺が彼女の隣にいる理由が無くなった。

 彼女をムシから守ることも必要ない。


 どうしよう。

 このままだと、好きと伝える前に彼女が遠くへ行ってしまう。


「そうだ、明日も委員会の集まりがあるから、先に帰ってね」


 彼女は思い出したことを口にした。

 忘れないように。

 いつものことなのに、俺には彼女の気持ちが分からなくなった。


 今、それを言う必要はあるのだろうか?

 俺に何度、必要ないと言うのだろうか?

 俺が傷ついていることも分からないのだろうか?


 ずっと一緒にいるのに、、、。


 その後、どうやって家に帰ったのかも覚えていない。

 ただ覚えているのは、コオロギが鳴いていたことだけ。



 次の日の朝、俺は彼女を避けるように先に学校へ向かった。

 彼女に会いたくない。

 こんな気持ちは初めてだ。


「お前は子供かよ?」


 友達に昨日のことを話すと、呆れたように言われた。


「だって、隣にいる理由が無いのに一緒に居れるのかよ?」

「理由なんて関係無いだろう? それに、あの娘はお前に隣に居てほしいかもしれないだろう?」

「それは無い。だってあいつは俺と居ると苦しいって言ったんだからな」

「なんで苦しいんだよ?」

「知らないけど、苦しいなら俺は居ないほうが良いだろう?」

「お前には呆れるし、イライラもする」


 男友達は眉間にシワを寄せながら言った。


「俺だってイライラするし、悔しい。でも俺が決めることじゃなくて、アイツが決めることなんだよ」

「お前、小さい頃からあの娘の隣に居て、あの娘の何を見てきてんだよ?」

「アイツのことは俺が一番分かっているくらい、ずっと隣で見てきてるよ」

「それなら、あの娘が苦しい理由も、あんな顔をする理由も分かるだろう?」


 友達は教室のドアの方を見て俺に見ろと目配せをする。

 俺がドアの方を見ると、彼女が怒った顔をして俺の方へ歩いてきているのが見えた。


 なんでそんなに怒っているんだよ?


「ねぇ、どうして先に一人で学校へ来たの?」

「えっ、あー、なんとなく」


 本当は、隣に居る理由がないから先に行ったなんて言えない。


「いつも一緒だったのに、どうして今日なのよ!」

「そんなに怒ることかよ?」

「怒るわよ。貴方って本当に私の気持ちを分からないわよね?」

「それだったら、君も俺の気持ちを分かってないじゃん」

「あっ、私のせいなの?」


 彼女の怒っていた勢いはなくなり、なんだかしょんぼりしている。


「拗ねた?」

「私を子ども扱いしないで」


 俺が思ったことを彼女に言うと、彼女は怒って教室から出ていった。

 俺は意味が分からず、友達を見た。

 友達は首を横に振り、何も分からないと意思表示をする。


「あの娘って、お前の前だと可愛さ倍増だよな?」

「あ? お前も悪いムシなのか?」

「だから、怖いって。睨むなよ。ただ褒めてるだけだろう?」

「アイツの可愛さに気付くなよ。俺だけでいいんだよ」

「いい加減、気付けよ」

「何をだよ?」


 友達と話をしていて、なんとなく外を見ると、グラウンドに優秀君がいた。

 優秀君の手には見覚えのある物が見えた。

 それに気付いて俺は、優秀君の元へ走って向かった。


 なんで優秀君が持っているんだ?

 俺が彼女にあげた物を。

 猫の形のチャームがついた香り袋を。


「おいっ!」


 俺は優秀君を睨みながら声をかけた。

 優秀君は涼しい顔をしながら俺を見た。

 怒っている俺に何の反応もしない。


「それ、返せよ」


 俺は優秀君の手の中にある彼女の宝物を指差し言った。


「これは僕のだよ?」


 優秀君は、猫の形のチャームを俺に見せながら言う。


「それはアイツのだろう?」

「アイツって誰のこと?」


 優秀君は、俺の言いたいことは分かっているはず。

 なぜ分からないフリをするのだろう?


「これは彼女のなんだ。これは俺が彼女のために作った世界で一つの物なんだ」


 俺は優秀君の手から猫の形をしたチャームを取りあげる。


「あれ?」


 俺は、猫の形のチャームの香り袋からいつもの香りがしないことに気付いて声が出た。

 これは、彼女のではない。


「気付いたみたいだね?」


 優秀君は涼しい顔で言う。

 余裕たっぷりの顔に腹が立つ。


「知ってたわけかよ?」

「そうだよ。だって、僕が仕掛けた罠だからね」

「はあ? バカにしてんのかよ?」

「そうだね。キミは僕よりバカだよね?」


 優秀君は鼻で笑いながら言う。


「お前、いいかげんにしろよ!」


 俺は、優秀君の胸ぐらを掴んで言ってしまった。


「だめー」


 俺の後ろから聞き慣れた声が聞こえた後、誰かが俺の背中に抱き付いてきた。

 すぐに彼女だと分かる。


 フワッと、いつもの香り袋の香りがしたからだ。


「駄目だよ。彼は悪くないの」

「なんでこんな奴を庇うわけ?」


 俺は彼女の腕を振り払い、振り返って言った。


「それは、、、」


 彼女はチラチラと優秀君を見ている。

 言えばいいじゃん。

 優秀君が好きだってよ。


「言わなくていいよ」


 俺は彼女に一言伝えて、二人に背を向けて教室へ戻る。

 彼女をムシから守ることはできなかった。

 この香り袋も必要ない、、、。


「これ、誰のだよ」


 俺は猫の形のチャームを見て、呟いた。

 捨てようとして、チャームをよく見てみる。


 ムシ除けと書いてある。

 俺が彼女にあげた香り袋と同じだ。

 俺が特注したものだから、この文字を書いてあるものは珍しいはず。


 香り袋を鼻に近付ける。

 どこかで嗅いだことがある。

 思い出して、俺は気付いた。


 俺は走った。

 さっき通った道を走る。

 そして彼女と優秀君がいる所へ向かった。


「えっ、どうして?」


 彼女は驚きながら言った。


「これ、君のだよね?」


 俺は彼女に猫の形のチャームのついた香り袋を見せる。

 彼女は目を見開いて驚いている。


「これ、優秀君のじゃなくて君のだよね?」

「うん」

「そしてこれ、君の好きな金木犀(きんもくせい)の香りだよね?」

「どうして分かったの? 私、金木犀(きんもくせい)の香りが好きだなんて言ったことはないのに」

「分かるよ。だって君は今の季節になると、この金木犀(きんもくせい)の香りがするんだ。髪の毛からね」


 俺はそう言って、彼女の長い髪に触れる。

 サラサラと細い髪から金木犀(きんもくせい)の香りが俺の鼻に届く。


「この金木犀(きんもくせい)の香りのシャンプーは秋の季節にしか発売しないから今しか使えないの。でも、どうして金木犀(きんもくせい)だと分かったの?」

「それは、、、優秀君がいる前では言いたくはないんだけど」


 俺は優秀君を見ながら言う。


「僕のことは構わないでいいよ」

「いやっ、無理だから」


 優秀君は涼しい顔で言った。

 もしかしたら空気の読めない奴なのかもしれない。


「さっき、彼女を呼んだから、もうすぐ来ると思うよ」


 彼女が俺には分からないことを優秀君に伝える。

 その言葉を聞いた優秀君は涼しい顔から真っ赤な顔になり、焦っているようだった。


「優秀君いたー」


 向こうの方から元気な女子の声がした。

 近付いて来た女子は、一言で言えばギャルだ。


 優秀君の顔は真っ赤で、俺はすぐに気付いた。

 優秀君はギャルが好きみたいだ。

 俺の前では涼しい顔しかしないのに、今は焦って落ち着きが無い。


「それじゃあ優秀君借りるね」

「うん」


 ギャルの言葉に彼女は頷き、ギャルと優秀君はどこかへ消えて行った。


「今の何?」


 俺は首をかしげながら彼女に訊いた。


「彼は彼女を好きで、彼女も彼が好きだから、私がキューピットをしたのよ」

「え? でも君は優秀君が好きだよね?」

「違うよ! 私が、あんな完璧な人と一緒に居たら疲れちゃうよ」

「でも、この香り袋を持ってたじゃん」

「それ、私が失くしちゃって、一緒に探してくれたの。それで彼が見つけてくれてここに来たら、貴方が殴りそうなんだもん。止めなきゃって焦ったんだからね」


 すると何処から来たのか、一匹の蝶が彼女の髪の毛にとまった。

 こんな季節に蝶なんて珍しい気がする。


「駄目だよ。蝶々はこのままでいいからね」

「分かったよ」


 俺と彼女は見つめ合う。

 俺より小さい彼女は、やはり上目遣いになる。

 可愛くて抱き締めたくなる。


「どうして分かったの?」

「えっ?」

金木犀(きんもくせい)の香りが好きってことを、どうして分かったの?」

「それは、探したんだよ」

「探す?」

「そう。君と同じ香りを香水やシャンプーや芳香剤の香りを嗅いで見つけたんだよ」

「えっ、そんなの私に訊けばすぐ分かったのに」

「訊けるわけがないだろう?」

「どうして?」


 彼女は首をかしげながら言った。

 頭が動いたのに蝶はそれでも逃げない。


「変だろう? そのシャンプーの香りは何? なんて訊くのはね」

「そうかな?」

「そうなんだよ。それで、その香り袋をどうして君が持ってるの?」

「私が作ったのよ」

「君の手作り?」


 香り袋を近くで見ると、手作り感があるけれど、売り物のように縫い目も綺麗だ。


「本当は、今日の朝にあげたかったのに、貴方が先に学校へ行っちゃったから渡せなかったのよ」

「だからあんなに怒ってたんだね?」

「うん。私が一番最初にあげたかったからね」

「一番最初?」

「うん。誕生日プレゼントだよ」


 すっかり忘れていたが、明日は俺の誕生日だ。

 彼女は毎年、俺の誕生日の前の日にプレゼントをくれる。

 思い出して、忘れる前にくれるんだ。


「そうだったんだね。今年も忘れずに、プレゼントをありがとう」

「えっ、忘れるわけがないじゃない!」

「えっ、何?」


 彼女が少しムキになって言うから驚いた。


「貴方の誕生日を忘れるわけがないわよ! 大事な人の誕生日を祝うのは当たり前だよ」

「えっ、忘れる前に、俺に誕生日プレゼントを渡していたわけじゃないんだ?」

「そんな風に思っていたの? 私のことを全然、分かっていないのね」


 彼女は拗ねている。

 でも、子どもっぽい彼女は可愛い。


「それなら、俺があげた香り袋の本当の意味を知ってるのか?」

「ムシ除けでしょう?」

「どんなムシか知ってる?」

「どんなムシ? 蜂? 蝉? カマキリ? 蜘蛛?」

「そのムシじゃないよ」

「ムシじゃないの?」

「君にはもう、ムシは来ないから大丈夫だよ」

「えっ、本当?」

「うん。俺がこうして守ってあげるからね」


 俺は彼女を抱き締めた。

 彼女の髪の毛にとまった蝶は飛んでいった。


 俺が彼女を守るから。

 変なムシなんて寄せ付けない。

 絶対に。


「私も守るからね」

「君が?」


 俺は抱き締めた彼女を見ると上目遣いで見上げていた。


「蜂から守るからね。もう、私のせいで痛い思いはさせないからね」

「それは昔の話のことだろう?」

「約束したからね。私、絶対に泣かないからね」

「えっ、約束? それは俺が君を守ることを約束したんだよ」

「違うよ。私が泣かないことを約束したのよ」


 俺と彼女は、あの日の約束を勘違いしていた。

 だから彼女は何があっても泣かなかったんだ。

 どれだけ我慢したんだろう?


「たくさん我慢をしたよね? もう、泣いていいよ。俺が君を笑顔にしてあげるから」

「あの約束は守らなくていいよ。私は貴方が傍にいるだけで幸せだから」


 彼女がニコニコ笑う。

 この笑顔が大好きなんだ。

 これからはこの笑顔を守ろう。


 彼女がいつまでもこの笑顔で、幸せと言ってくれる日々を。

 必ず守ってみせるよ。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しくお読みいただけましたら幸いです。

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