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08:セルジュ様の頼み事

「どうぞ、座って」

 自分も長椅子に座りながら、セルジュ様が言った。


「失礼いたします」

 グランを右肩に乗せたまま、私は向かいの長椅子に腰を下ろした。

 礼儀として紅茶に口をつける。

 美味しいと言うと、セルジュ様は微笑んだ。


「呑気に茶など飲んでいる場合か。お前は一体何を企んでいるのだ?」

 焦れたように、グランが言った。


「我を招いた理由は? 先に言っておくが、王家に飼われる気はないぞ。神意や権威の象徴として政治利用されるのはご免だ。フィーの傍を離れるつもりはない」

「グラン。気持ちは嬉しいけど、言い方には気をつけて。何度も言うけれど、セルジュ様はこの国の王子なのよ?」

「いや、構わないよ。グランはフィオレット嬢を大層気に入っているのだね。グランの気持ちはよくわかった。君たちを無理に引き離すような真似はしないと誓おう。たとえ父上や兄上が何を言おうと、私は君たちの盾になる」

 セルジュ様は真顔で言い切った。


「……話を聞いてやろう」

 真摯な態度を見て耳を傾ける気になったらしく、グランは私の肩から下りて、長椅子に座った。


「ありがとう。では、単刀直入に言おう。弟のシリウスを助けてほしい」


 隣国から嫁いできた王妃殿下は七人の子を産んだと聞く。

 産んだ順番は、女・女・男・男・男・男・女。

 セルジュ様の姉君となる二人の王女は他国へ嫁がれたため、ダルモニアに残っている王女は第三王女のリアナ様だけだ。


 セルジュ様の一つ年下の弟君、第四王子のシリウス様は生まれつき病弱で、いまも療養されていると聞いた。

 公的な場に一切出てこないから、貴族の間では死亡説まで流れているらしい。


「シリウスの話はフィーに聞いた。なるほど、我に病弱な弟の治癒をさせたいわけだな?」

「シリウスは病に侵されているわけではない。シリウスを苦しめているのは病気ではなく……魔力に執着する王家が産んだ呪いだ」

「呪い? どういうことだ?」

 目を伏せたセルジュ様を見て、グランは困惑している。

 もっとも、それは私も同じだった。


「知っての通り、ダルモニアは魔法を何より尊ぶ。魔力を持つ者こそが高貴であり、社会の頂点に立つべきである。そんな思想を礎に築かれた、トレム大陸屈指の魔法至上主義国家だ。ダルモニアの王家は代々、魔力量の多さだけを基準に配偶者を選んできた。平民の娘でも、魔力があれば高位貴族の養子として迎え、王妃に据えることさえあった」

 セルジュ様の声は静かだが、どこか哀しみを孕んでいた。


「身分も血筋も関係ない。ただひたすらに魔力を求めてきた王家は、やがてシリウスという『傑作』を生み出した。だが、それは同時に『失敗作』でもあった」

 影を作るほどの長い睫毛が、再び伏せられる。


「強すぎる魔力は時に毒となり、心身を蝕む。シリウスは赤子の頃から魔力暴走に苦しんでいた。いわば、慢性的な自家中毒のような症状だ。何をしても魔力暴走は抑えきれず、医師も薬師もさじを投げた。恐ろしいことに、死を与える話も出たのだよ。シリウスの魔力は王族である私と比べても桁違い。もしも自我を失って暴走すれば、王宮どころかリベルタそのものが地図から消える。その前に、終わらせるべきだと」

「ふん。自ら望んで怪物を作り出しておいて、手に負えぬとわかったら処分か。人間とはなんと浅ましい生き物だ」

 グランは不快そうに鼻を鳴らした。


「そんな……そんなの、あんまりです! 酷すぎます!!」

 堪らず、私は声を上げた。


「シリウス様はご無事なんですか? いまどういう状態なのですか?」

「この魔導院の地下、魔法で隔絶された特別区画にいる。リベルタを覆う魔法結界は見ただろう。あれはシリウスの魔力を吸い上げることで成立しているんだ。魔法結界にシリウスの魔力を使うよう進言したのは私だ。有用性を示さなければ、シリウスは間違いなく殺されていた」

「…………っ」

 セルジュ様の表情から苦悩が伝わってきて、私は唇を噛んだ。

 魔力暴走に苦しむ王子を道具として利用するなんて――とは思うけれど、部外者に口出しする権利はない。

 セルジュ様は弟を守っただけ。

 悪いのはシリウス様を排斥しようとした人たちだ。


「私はグランにシリウスの治癒を頼みたい。女神級の力を持つ神竜ならば、魔力暴走を抑え込めるかもしれない」

「グラン。私からもお願い。セルジュ様はきっと、ありとあらゆる手を尽くされたのよ。弟君のために必死で頑張って、それでも駄目だったから、グランに助けを求められているに違いないわ」

「フィオレット嬢の言葉は正しい。もう私に打てる手はない。どうか、頼む」

 セルジュ様は頭を下げた。


「……わかった。手を貸してやろう」

「ありがとうございます!」

「ありがとう」

 心の底から安堵したような笑顔を浮かべた後、セルジュ様は私を見た。


「ところで、フィオレット嬢。私は君にも協力を頼みたい。『魔力無し』の君だからこそ、できることだ」

「ほう。さきほど宮廷魔導師の男と話していた件だな? フィーに何をさせる気だ?」

 半眼になったグランがセルジュ様を睨む。

 薄々わかっていたことだけれど、グランは過保護だ。


「もしグランの治癒がシリウスに効かなかったら、私の魔法実験に付き合ってほしい。魔力の流動経路を強制的に他者と繋ぐ術式を応用して、シリウスの魔力を君に流し込む。君と魔力を共有することで、シリウスの負担を軽減したいんだ」

「ふむ……?」

 グランが低く唸った。

 そして、わざとらしいほどゆっくりと首を傾げ、セルジュ様をじっと見つめる。


「もしその魔法実験とやらが成功したら、フィーはシリウスの命の恩人ということになるな? 当然、王宮はフィーに礼を尽くすであろうな? まさか、命がけの魔法実験に付き合わせておいて、感謝の言葉一つで済ませる気ではなかろうな……?」

「グラン……それじゃ完全に脅しよ……」

 私は困ってしまった。


「いや、グランの主張は至極正当だよ。命を懸けて尽力した者に何の報いもないなど、それこそ理不尽というものだ。フィオレット嬢には然るべき恩賞を与えると約束しよう。だが、魔法実験はあくまで『保険』であることを忘れないでほしい。グランの治癒が成功すれば、それに越したことはないのだから」

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