05:一方その頃、王立魔導院では
◆ ◆ ◆
調子が悪いのは、いつものことだ。
けれど、この一週間は特に酷かった。
広大な王宮の一角にある、王立魔導院。
魔法の研究や開発を行う宮廷魔導師たちの本拠地に、俺はいた。
魔導院の最奥部、秘匿性の高い研究を行うべく設けられた特別区画。
白い石壁に囲まれた部屋の床には、複雑極まりない魔法陣が描かれている。
幾重にも重なり合う文様、精緻に刻まれた魔法式のひとつひとつが、絶え間なく俺から魔力を吸い上げていく。
俺の魔力は王都を守る守護結界の要。
王族の中でも突出した魔力量を持って生まれた俺は、物心つく前からこうして魔力を絞り取られ続ける日々を送っていた。
そのこと自体は構わない。
国民を守るのは王族の責務。
日々の平和に貢献している自分を、誇りに思ってさえいた。
しかし――この苦痛だけは、どうにかならないものか。
焼けつくように全身が熱い。
血が沸騰しているのではないかと錯覚するほどの熱が、皮膚の下で渦巻いている。
呼吸をすれば肺が軋み、喉の奥で壊れた笛のような音が鳴った。
「……っ、く……ぅ……!」
生まれ持った魔力が俺の体内で暴れている。
制御の利かなくなった膨大なエネルギーが、猛烈な熱と痛みを引き起こす。
内側から、自分自身の魔力に破壊される感覚――
それは、言葉では到底言い表せぬ地獄だった。
あまりの激痛に、俺はただ、寝台の上で身悶えることしかできない。
「お兄様、どうか頑張って……」
いまにも泣き出しそうな声でそう言ったのは、寝台の横から俺を覗き込んでいる妹。
リアナ・リーベル・ダルモニア。
彼女は十歳にして国一番の癒し手だ。
リアナの掌から、淡い金色の光が広がっていく。
癒しの魔法は俺の痛みを和らげてくれる。
だが、それもほんの一瞬だけだ。
彼女の行為は、燃え盛る溶岩の海にコップ一杯の水を注ぐようなもの。
俺の体内を蹂躙する魔力暴走の勢いは、リアナの魔法でも到底抑えきれなかった。
「魔力がさらに上昇しています。……これ以上は、王子の身体が……」
少し離れた場所に立ち、王都の守護結界と俺の魔力の流れを観測中の宮廷魔導師たちは一様に暗い顔をしている。
「ああ、どうしよう……どうしたら……お兄様……」
リアナは俺の手を握り締め、小さな肩を震わせている。
『出来損ない』の俺をここまで気にかけてくれるのは、兄のセルジュとリアナだけ。
他の兄弟たちはとうに俺を見限った。
両親だって、もう何年も顔を見ていない。
「……そんな顔をするな。大丈夫。この程度、よくあること……」
笑みを浮かべようとしたが、口元が引きつるだけだった。
意識は朦朧とし、身体は鉛のように重い。
ぼやけた視界の端に、魔法陣の光がちらつく。
――そのときだった。
ぞわり、と肌を撫でるような奇妙な感覚があった。
俺は魔法陣を通して王都の魔法結界と繋がっている。
異変を感じ取った俺は苦痛の嵐に抗い、魔法陣を注視した。
魔法陣に乱れが生じている。
王都全体を覆う巨大結界が、特異な波動に反応したのだ。
「なんだいまのは!?」
たった数秒、ほんのわずかな乱れであっても、ダルモニアの誇る優秀な宮廷魔導師たちはその変化を見逃さなかった。
「波形異常確認、推定対象……不明!」
「透明化した魔物? いや、未知の魔法生物という線も――」
「魔法映像を出しなさい! 直ちに異変の特定を!」
リアナの指揮のもと、部屋が一気に慌ただしくなる。
調査の結果、異常な波動の発生源として報告されたのは、同日同刻に王都へ入ってきた少女が連れた幼竜。
もっとも、俺がその事実を知ったのは二日後のことだ。
この後、俺は昏睡状態に陥ることになる。