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03:あのとき私の背中を押してくれたのは

 ダルモニアの国教《ルリエ教》には、こんな伝承が語り継がれている。


 ――はるか昔、天と地が生まれ、数多の生命が芽吹き始めた混沌の時代。

 天界に座す女神ミスティリアは、人界に秩序をもたらすために六頭の神竜を遣わした。

 

 火、水、土、風、光、闇。


 各属性を司る神竜たちは人々に『魔法』という力と理を授け、調和の道を説いた。

 だが、六竜の尊き教えに反し、魔法を争いや支配に用いる者が現れた。

 歪められた魔法は理を蝕み、世界の境界を破壊した。

 本来交わることのなかった人界と魔界との間に裂け目が生まれ、そこから瘴気と魔物が溢れ出した。


 瘴気は水を毒に変え、人や獣を異形へと変貌させ、狂気と殺戮をもたらした。

 瘴気と魔物の大侵攻により、人類は滅亡寸前まで追い詰められた。


 これを嘆いた女神は、平和を祈り続けた乙女ルリエに自らの力を託した。


 女神の声を聞いたルリエは六頭のうちの一頭――光竜と契約を結び、勇者と共に瘴気を魔界へ封印。

 光竜は封印のために己の肉体を捧げ、このときルリエが流した涙は泉となったという。


「人間に与えられた魔力は女神の恩寵。

 私欲や争いではなく、平和のために魔法を用いなさい。

 ――私は予言を遺します。

 この国が再び闇に呑まれようとするとき、神に選ばれし乙女が希望の光をもたらすでしょう」


 ダルモニアの建国王となった勇者と婚姻したルリエは、最期にこう告げた。

 

 この伝承ゆえ、ダルモニアでは魔力は女神の恩寵と見なされ、神聖視されてきた。

 時代が下るにつれて、魔力は権威となり、敬意を払われる根拠となった。


 上級貴族の家系は魔力量の高い者同士を掛け合わせるように婚姻を結び、あたかも血統管理のように子を産み育てる。

 結婚相手は感情や相性ではなく、魔力量の多寡で選ばれるのが常だった。


 ダルモニアの民は、七歳になると教会で選定を受ける。

 水盤が乗せられた祭壇の前に立ち、神官が魔力量や属性を測定するのだ。


 魔力が多ければ多いほど名家への養子縁組や王宮仕官の道が開かれ、周囲からは羨望と敬意を集める。

 逆に魔力量が少なければ社会の下層に追いやられ、生涯を雑役として終える。

 貴族の子女であろうと縁切りされたり、森やスラムに捨てられることも珍しくない。


 人間としての序列を定める儀式にも等しいその選定式で、魔力量が『少ない』どころか『皆無』と判断された私は『女神に見放された者』の烙印を押された。


 その日を境に、私はクルーエル子爵家の娘ではなく、使用人以下の存在となった。


 どれほど努力しても。

 どれほど心を尽くしても。

『魔力がない』というだけで謝罪を強いられ、蔑まれ、反論すら許されない。

 心身共に虐げられる九年を、私は歯を食いしばって生きてきた。


 ――でも、苦しい日々も今日で終わり。


 クルーエル邸を出た私は村の北部に向かった。

 ひたすら足を進め、森に入ったところで辺りを見回す。

 誰もいないのを確認してから、すうっと息を吸い込み、思いっきり叫ぶ。


「私は自由だーーーっ!!」


 大声に驚いたらしく、鳥が一斉に空へ飛び立つ。

 頼れる親類もおらず、働くための紹介状もなく、無一文という絶望的な状態だけど。

 考えるのは後だ。

 いまだけは、解放された喜びを噛み締めていたい。


 ――なんだ。陰気な人形とばかり思っていたが、感情のままに叫ぶこともできるのではないか。家族にもそうして怒鳴り散らしてやれば良かったものを。よくもまあ、九年も耐えたものだ。


「!? あなた、一体誰ですか!? 姿を見せてください!」

 居間で聞いた声が聞こえて、私は視線をあちこちに転じた。

 視界に映るのは、平和な春の森の風景。

 下草が生えた地面、林立する樹と風にそよぐ花。

 どんなに目を凝らしても、特になんの異常も見当たらない。


 ――怯えなくとも良い。我に危害を加える意思はない。姿を見せろと言われても不可能だ。何せ、いまの我は霊魂の状態だからな。


「霊魂? 何の霊ですか? 昨日夕食に食べた魚? それとも豚? でも、私が食べた魚はたった一切れですし、豚肉もほんの少ししか……いえ、量なんて関係ありませんよね。少量だろうと大量だろうと『食べた』という事実が全てですよね。すみません」

 私は頭を下げた。

 声の主の姿は見えないが、右側から声が聞こえた(ような気がする)ため、右側に向かって。


「あ、もしかして動物ではなく野菜や穀物の霊だったりします? どうしよう。これまで食べた穀物の一粒一粒に呪われてるんだとしたら、外見ビジュアル的にも物凄いことになってますよね? 集合体恐怖症の方が見たら失神してしまうのでは――」


 ――馬鹿者。我は天に遣われし御使い、偉大で高貴なる竜ぞ。そこらの豚や魚などと一緒にするな。まして、雑草などと!


 自尊心プライドが傷ついたらしく、謎の声は怒ったようにそう言った。


「竜!? ということは、あなたは居間に飾られてた小型竜の魂なんですか!?」


 ――……。そうだ。


 人間に狩られた挙句、家の装飾品扱いされたのはやはり相当に悔しかったらしく、返答には間があった。


「あなたの尊厳を踏みにじるような真似をして、本当に申し訳ございませんでした。父に代わり、心からお詫び申し上げます。きちんと埋葬して差し上げたかったのですが、私には発言権がなくて……」

 私はもう一度頭を下げた。


 ――良い、許す。お前が我を弔おうとして父親に殴られたことは知っている。ずっと見ていた。それこそ、お前が生まれる前から、ずっとな。


「……竜さんはいつから飾られ……いえ、その、クルーエル家におられたんですか?」


 ――お前が生まれる少し前からだ。我は物言えぬ霊魂として漂っていたが、お前のあまりの不甲斐なさに腹が立ってな。どうやら腹の底から沸いた猛烈な怒りが、こうして語り掛ける力を我に与えたらしい。ああ、取り憑かれたなどと嘆かなくとも良いぞ。既に転生の準備は整った。誰かが転生先の卵を見つけ、我に新たな名を与えたその瞬間、いまここに在る我の意識は消失する。我は記憶のない、まっさらな状態で生まれ変わる。お前との縁もそれで終わりだ。


「……そうですか。新たな命として生まれ変われるのは、本来喜ばしいことなのでしょうけれど……正直に言うと、残念です。せっかくお話しできたのに、もうすぐお別れなんですね……」

 顔を伏せると、しばらく声は沈黙した。


 ――……その。まあ、なんだ。


「?」

 珍しく歯切れの悪い調子の声を聞いて、私は顔を上げた。


 ――勘違いせぬよう言っておくが、我に未練などない。竜が人間に思い入れを抱くなどあり得ぬことだ。このままお前と別れても我は全然、ちっとも構わぬのだが。それでも、どうしてもお前が我と一緒にいたいというなら、『名づけ』の権利をやっても良いぞ。特別に記憶も保持してやろう。


 私は息を呑んだ。

 竜に名を与えることは、その子の親になるということ。

 責任は重大だけれど、それでも――私を見守り、背中を押してくれた彼との縁を、これきりになんてしたくない!


「是非! お願いします!!」

 私は勢い込んでそう言った。 

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