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01:勘当してください

「謝罪はしません。勘当してください」

 そう言ったときの両親と妹の表情は、見物みものではあった。


 ここはクルーエル子爵邸の豪奢な居間。

 天井から吊り下がる金のシャンデリア。

 螺鈿細工の施された長テーブル。

 外国の名工が作ったという大きな壺。


 居間の調度品はどれも高価なものばかりだが、まるで統一感がないため、どこかちぐはぐな印象を受ける。

 中でも趣味が悪いと感じるのは、壁にかけられた小型竜の頭蓋骨。


 真昼ならまだしも、夜中に見ると空洞の眼窩に睨まれているような気がして震えた。

 そして心の中で謝るのだ。

 人間の都合で狩られた挙句、遺骸を冒涜するような真似をしてごめんなさい、と。


「……いまなんと言った? 謝罪はしない? 私の聞き間違いか?」

 お仕着せに身を包み、冷たい床に跪いた私の前――長椅子にはエドガー・クルーエル子爵が座っている。

 父の隣には母と一つ年下の妹ルネがいた。


 三人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔。

 いつも力なく項垂れ、ひたすら謝罪と反省の言葉ばかりを繰り返していた私がはっきりモノを言ったことで度肝を抜かれたらしい。


 ――でも、もうウンザリなのだ。


 事の起こりは少し前。

 水の冷たさに震えながら外で洗濯をしていると、ルネに呼ばれた。

 急いでルネの部屋に行くと、そこには美しいドレスがあった。

 妹の婚約者である公爵子息が贈ってくれたという青いドレスは素晴らしい逸品で、私の目は釘付けになった。


 こんな華やかなドレスなど、もう何年も着ていない。

 私が着ることを許されているのは、お仕着せと粗末な寝間着だけ。


 羨ましい――そんな感情が表に出てしまったのだろう。

 妹は私の耳元で「着てみる?」と囁いた。

 もちろん私は断った。

 すると妹は紅茶を手に取り、ドレスに向かってぶちまけた。


 あまりのことに私や使用人たちが唖然とする一方、妹は盛大に悲鳴をあげた。

 妹の悲鳴を聞いて両親が駆け付けた。

 何事かと問いただす父にルネは「お姉さまがドレスに紅茶をかけた」と嘘を言い、父は私を張り飛ばした。

 現場を目撃していた使用人たちは口をつぐみ、私を庇ってはくれなかった。

 使用人たちにドレスの染み抜きを命じた後、父は私を居間へと引きずって言った。


 ――ルネに誠心誠意謝罪したうえで『隷属の首輪』をつけるか、勘当されるか選べ。


『隷属の首輪』は主人の意思一つで痛みを与え、絶対服従を強いる魔道具だ。

 当然そんなもの嵌めたくはないけれど、かといって、家を追い出されても困る。

 私には財産と呼べるものもないし、行くあてもない。


 返答に窮したそのとき、声が聞こえた。


 ――おい。何故そこで迷うのだ。いい加減にしろ。もう見ていられん。


 どこからともなく、威厳のある低い声が聞こえた。

 びっくりして辺りを見回したけれど、家族はただ怪訝そうな顔。

 どうやら、謎の声は私にしか聞こえないようだった。


 ――お前はいつまで奴隷生活を送り続けるつもりなんだ?

 ――理不尽に殴られ、蔑まれ、踏みつけられて何故逃げない? 何故耐える? お前の人生はお前のものだろう! 向こうから縁を切ると言い出したのだぞ! 願ったり叶ったり、いまこそ家を捨てる絶好の好機だろうが!!


 その一喝は、感情を殺し、ただただボンヤリ日々を生きていた私の頭に冷水を浴びさせた。


 ――そうだ、私はずっと、ずっと苦しかった。辛かった。

 実の娘に首輪をつけようとする両親も、我儘放題の妹ももう要らない!!

 この家を捨てて自由になりたい、いいや、自由になるんだ!!


 蓄積され続けたストレスは身を焦がす怒りとなって爆発し、私を饒舌にさせた。


「聞き間違いではございません、旦那様。ルネ様に謝るか勘当されるか選べというなら、私は勘当を選びます。ドレスに紅茶をかけたのはルネ様です。神に誓って私は何もしておりません。何一つ悪いことなどしていないのに鞭や手で叩かれたり、謝罪を強制されるのはもう嫌なのです」


 容赦なく打たれた左の頰が、じんじん痛む。

 この九年間、些細なことで何度この家族たちに打たれてきただろう。もう覚えてもいない。

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