3. 優秀なアーネスト
アーネストは自分のことを優秀な人間だと自負している。
子爵の次男ではあるが父親似の兄とは違い、伯爵家の三女だった母に似て、濃い金髪と淡い青の瞳が自慢で顔の造作だって悪くはない。
ささやかだが魔法も使え、水から手のひらサイズの氷の彫刻を生み出せば誰もが喜んでくれる。
学園での成績だって試験をすれば30位以内に入り、上の爵位の家から婿入りを望まれるだろうと父が自慢気に言い切る程。
だからアーネストがフォスター伯爵家から婿入りを望まれるのは当然であり、フォスター家の唯一の娘であるフレデリカが貴族らしい外見の娘で、生真面目で穏やかな性格だったのもアーネストの望む条件に丁度良かった。
三度のお茶会で会話はそれほど弾まなくても、フレデリカがアーネストに対して好意的であることがわかり有頂天になる。
これで将来は安泰だ。
学園で優秀な成績を残しているのだから、卒業したら文官として王宮に出仕しながら適当な時期に結婚し、伯爵領のことはフレデリカに任せて王宮での出世に専念すればいい。
仕事を退職する頃には子どもも成人して伯爵家の新しい当主となっており、優秀な子を授けてもらったことに感謝されながら伯爵領の穏やかな土地で余生を過ごし、友人をゲストに迎えてはもてなしたりする。
もしかしたら、他の女性と情熱的な時間を過ごす可能性だってあるかもしれない。
アーネストの思い描く未来のビジョンは明るく、どこにも問題はなかった。
それが簡単に狂ったのは、一体誰のせいだったのか。
ある日、既に王宮に出仕している兄が休暇なことから、久しぶりに家族が揃う日中に盤遊戯を持ち出して勝負しようという話になり、弟に負けて恥をかいても知らないぞと兄と差し向う。
けれど差し始めは良かったものの、すぐに思いもかけない手で崩され、気づけば兄にコテンパンに負けたことにアーネストはショックよりも怒りを覚えた。
兄が学園にいた頃の成績はいつだって大したことなかったからだ。
持ち帰る試験の順位は下から数えられる程。学園の勉強は難しいのかと思いながら入学したアーネストは、こんな問題が難しいと思う兄は愚かなのだと思い至り、それ以来心の中で馬鹿にしていたのに。
まだまだと笑う兄に対して、アーネストが伯爵位となったら兄であろうとも頭を下げることになるんだぞと言ったら、両親に強く注意されたし、兄からはアーネストが伯爵になるわけでもないのに偉そうだと言い返されてしまった。
そうだ。アーネストは伯爵になれない。
どれだけ頑張ったとしても、フレデリカよりも優秀だとしても伯爵家の当主は彼女である。
おかしくないか、と思う。
アーネストはとびきり優秀なのだ。ならばフレデリカが爵位を継ぐのだとしても、伯爵家の采配をするのはアーネストの役割ではないのか。
あの大人しいだけの令嬢如きに、伯爵としての務めが果たせるとも思えない。
だったら、フレデリカは名ばかりの伯爵として領地に引っ込ませて、そんな妻と伯爵家の面倒を見てやるアーネストが表舞台を引き受ければいいのだ。
本来なるべきだった伯爵としてアーネストが社交で腕を振るい、フレデリカは夫を立てて慎ましやかに伯爵領で暮らしていればいい。
たまに相手をしてやれば子どもなんて勝手にできるものだし、子どもができればフレデリカなんかに任せることなくアーネストが選んだ優秀な乳母に任せれば、自分の血を継いでいる以上は立派に育つはず。
フレデリカに似て使えなさそうなら、さっさと領に返して次の子を育てればいい。
子どもは男が二人に、女が一人いれば足りるか。
せめて一人くらいはアーネストの優秀さを受け継いでくれるだろうから、伯爵として立派にやっていけるだろう。
そうなるとフレデリカには自分よりも劣ることを、それゆえアーネストの言うことを聞かなければいけないことを教え込む必要があった。
フレデリカをわからせてやりたいのだと男友人達に相談すれば、誰もが率先して助言をしてくれた。
己の立場をわからせるために、お茶会に土産など持って行く必要はない。むしろ手土産を持たさないことを詰った方がいい。
相手の淑女ぶりを試すため、こちらから話題を振ることなどせず、知的な会話を提供できるか確認する。
何より一番に、自分より下であることを毎回言い聞かせる。
場合によっては婚約を解消してもいいのだと、自分の立場をわからせる。
彼らから出される提案は、どれもアーネストの立場を確固とするのに魅力的なものだった。
同じクラスの女生徒からは止めるように言われたが、伯爵になるアーネストの気を引きたいだけだと友人達に言われると、誰もが話しかけてこなくなった。
たかだか男爵家の娘と平民風情がと口にすれば、その調子だと男友達が笑って背中や肩を叩く。
クラスでの呼び方は未来の伯爵様に代わり、下位貴族と平民で構成されたクラスの中で、アーネストはヒエラルキーの頂点にいた。
彼らの助言の通りに行動する度、暗い顔をするフレデリカを見て気分が良かった。
アーネストの言葉に反論の一つもできないなんて、やはり伯爵として貴族社会で生きていけるはずがないのだ。
必要なだけ子どもを産ませたら、さっさと領地へと押し込めて、アーネストが後見役として伯爵代理となればいい。
伯爵代理となったら伯爵家の資産はアーネストの好きに使える。
自身の持っている先見の明で以て、投資でお金を膨らませるもよし、小麦なんて生産せずにもっと単価が高い農作物に手を出してみるのもいいだろう。
どういう土地にどのような作物が合うのかは学校で習ったからよく知っている。経営学の成績は中ほどであったが、それ以外が良かったのだ。他の知識で臨機応変に対応すればいい。
フォスター伯爵は貴族としては偉いが、商売をする上では素人だ。アーネストが画期的な提案をすれば、重宝してくれて、もしかしたら入り婿であるアーネストを伯爵に指名するかもしれない。
妄想は膨らむばかりで、けれど手に入るだろう未来。
この頃には常にクラスの中心はアーネストで、誰もが話を聞きたがった。
月に一度のお茶会でしたことや贈り物を途中で止めたことを語り、フレデリカの劣っているところを並べ立てる。
アーネストが伯爵家を盛り立てるのならば癒す相手が必要だからと、クラスの女生徒の誰を愛人にするかと誰かが言えば、すぐに一番見目と気立てが良い女生徒の名前が挙がる。
誰もが伯爵になるのはアーネストだと口を揃え、お近づきになりたいのか他のクラスからも話を聞きに来る者まで現れた。
伯爵、アーネスト・フォスター。
そうなるのだと、この時までアーネストはそう信じていた。