ストーカー観察日記
プロローグ
どうやら私にはストーカーがいるらしいそうなの。
で、私、人間観察が趣味なの。
正直恋愛あるいは性的な感情を向けられるなんて、人を愛することのないであろう私にとってはただただ薄気味悪いだけなのだけれど。
だからこそ、観察日記を書いてみるのも悪くないのかしらと思ったのよ。
盗撮も考えたのだけれど、流石にストーカー相手に犯罪を起こす気にはならないわ。
というわけで、私は視線や隠れ方などを背後から感じて、その感覚から人間性を書き起こしてみることにすることに決めた。
……で、タイトル。調べてみたら案外そういう名前のサイトがあるのよ。ネットにあげようと思ったのに。考えた結果、このまま貫き通すことにしたわ。だって私、その人たちのを見て決めたんじゃないもの。
今日が記念すべき一日目。中学生相手にストーカーする彼は、予想に反して真面目そうよ。仕事はしていなさそうだけれど、しっかりした大人の目をしている。理性的ね。
……本当にストーカーよね?
二日目。せっかくなので、このノートを鞄から落として、それに気づかず帰ったふりをしてみたわ。ポストの中に突っ込んであった。そして走り書き。やめておけ、と。実にクールね。字からして子供のころからずっと習字を続けているようね。整った模範的な字に見えるの。筆跡心理学をかじった程度の私にはよく分からなかった。で、学校帰り、勉強してから帰っても視線を感じたの。相当の手練れね。一体どこで行動を把握されているのか。実に不思議ね。今のところ害は特にないので、様子見しましょう。幼少期から「そういう」のの手から逃れる腕を磨いてきたの。私は安全ね。
三日目。交換日記をやればいいじゃないと思いつき、早速その旨を落としてきたわ。ポストにドン引きの内容が入っていた。紳士……というか、常識人ね。まるで私が変みたいよ。ストーカー行為がバレていることに気づいているのに今日もストーカーされたわ。心意気が素晴らしい。……本当に、どういう人なの?
四日目。クラスの男子から告白されて、その目で完全にわかったわ。ストーカーは絶対に私を好きではない。恋愛的には、絶対に。一般的なストーカーの心理は分かりそうにないわ。とっても希少種なストーカーのようね。俄然興味沸いてきたわ。だだをこねれば交換日記をしてくれないかしら。
五日目。盗聴され中。鞄の中に入っていたわ。気づかないふりをしているけれど、今日になってなぜ急に? ああ、知りたい、話したい、あれこれ妄想が止まらない。ここまで知識欲を刺激されたのは久しぶりよ。ああ、真実を知るその日が楽しみ!
六日目。未だに盗聴器は鞄の中に。嫌なことがあったから、ストーカーに愚痴ってきたわ。もちろん、紙を落としてね。ええ、もちろん直接愚痴りに行くなんてことはしないわ。どんな反応が返ってくるかしら。今日は服装がお洒落なことに気がついたわ。少なくとも、彼のお洒落な服は六着はあるようね。ぜひファッション講座を私のために開いてほしいわ。
七日目。俺に愚痴るな、とのお返事よ。そう、一人称は俺なのね。勝手に僕を想像していたわ。歩き方や文字、その他もろもろから実直で真面目な印象があったから。なぜそんな人が仕事をせず私のストーカーをしているのか。知りたい。もっと、もっと知りたい。
八日目。探偵になってみたわ。浮気調査を想定して、人目を気にしないようにしつつも観察対象(親友)を見失わない動きを意識したの。ストーカーはとても困っていたようね。気配で分かって笑ってしまった。申し訳ないことをしたと、反省はしているつもりよ。
九日目。もう不思議に思って、ストーカーに直談判してみたの。いろいろと彼について分かったわ。まず、彼、高校三年生ね。二十代後半だと見積もっていたのだけれど、外れた。で、彼、不登校なのだそうよ。高校三年生までは順調に進級していたのだけれど、そこで留年を二回していて、本来なら大学二年の年齢だって。お酒が飲める高校生。なんだか犯罪的ね。実際犯罪者なのだけれど。なんと彼、ストーカーなんてしたことがないそうよ。コソ泥も、探偵も、なにも。尾行経験は私がはじめて。素敵な才能ね、と言ったら嫌そうな顔をしたわ。それ以上は口を割ってくれなかったから、私、言ったの。言わなければ警察に突き出すぞ、って。なぜか喜々とし始めたわ。それで、終わり。なんとかして口を割らせないと。
十日目。調べてみたところ、留年しても他の選択肢はいくらでもあるそうよ。なぜそちらを選ばないのかしら。不思議な点がまた一つ増えたわ。そもそも、話していても真面目な印象は崩れなかった。なぜ不登校になった? それに、最初の疑問は解決していない。なぜストーカーをしているのか?
十一日目。ストーカーは自棄的になっているようね。足取りがふらふらとしているし、足音がうるさい。これじゃストーカーではないわ。彼、どうしたのでしょうね。……それが理由かしら。
十二日目。ふと思いついた仮定に根拠をつけるために、私もストーカーになってみたわ。一度家に帰って、窓からストーカーが来た道を引き返すのを待って、さっと外に出るの。それで、住所特定完了。ええ、犯罪ね。けれど、私、一度話したらもう駄目になったの。知識欲を満たしたい。そのついでに、真面目な人が報われるなら、それほど満足のいく結果なんてないでしょう?
十三日目。ストーカーは相変わらずね。早く警察に連絡しろとばかりにわざとらしく歩き始めたわ。私に気遣ってか、妙にぎこちない動きなのが笑いを誘うの。……笑ってしまったわ。それで、根拠集めの方は順調よ。ストーカーがいない時間帯を狙って、堂々とインターホンを押す。彼の友人を名乗り、母親と接触。大方の事情も読めたわ。……私と同じね。
十四日目。今日はストーカーともう一度話したわ。そこで、推測を話した。――留年の理由を、ね。幼少期から教育されていたであろう文字。理性的な目。言葉選び。愚痴を話したときの反応。実はね、ここに書いただけの内容じゃなかったの。俺にはそういうの、分からない、と。ああ、騙していたつもりはないの。許して頂戴ね。それから、お洒落――高級そうな服。ストレスのない会話。高校三年生になってからの急な留年。私となんだか似ていたから、すぐにその可能性が浮かんだ。医大志望なのでしょうね。……母親が。でなければ犯罪者になろうとは思わないはずよ。今もなお留年の道を選んでいるのだから。ストーカーは呆然として、私をじっと見てきたわ。感心であり、驚愕であり……希望、だった。母への復讐に、犯罪者になってやろうとしたんだそうよ。けれど、どの手段も人を傷つける。そこで、以前から密かに心配していた私のストーカーをやろうとしたんですって。……バレていたのね。とにかく、今日はそれだけよ。
十五日目。今日もストーカーと話をしたの。なんと、盗聴器は彼が仕掛けたんじゃないそうよ。……急なサスペンス展開ね。一体誰よ。それと、ストーカーに不登校の理由を聞いたの。居づらいからだって。まあ、年が二つも違えば当たり前かしら。とすると、いよいよ疑問は一つになったわ。盗聴器の仕掛け人と、その理由。……あ、二つね。さて、どうしたものか。
十六日目。まずは話しかけてみたわ。私二人からストーカーされていたのね、貴方だあれ?と。まあ無反応よね。夜道には気を付けることにして、一つ忘れていたことがあったことに気づいたの。そういえば、勉強をして帰ってみても、視線は感じたわ、と。医大志望の彼が言うには、自分ではないそうよ。彼の救済はあとでにして、ひとまず考えるべきは私の安全ね。
十七日目。彼が協力してくれることになったわ。それ以外の収穫はなさそうよ。精々、また愚痴りたい出来事があったくらい。
十八日目。彼にバレたわ。そりゃそうよ。私が彼の事情を感づいたのと同じように、彼が私について真実に近い想像をすることだって、ある。妙にこなれた尾行の撒き方。愚痴ったこと――女の嫉妬と、男の執着の話。容姿。クイズゲームにもならないわ。私、学校で知らない人から大量に告白され、あるいは恨みつらみを吐かれるの。私に言わないでほしいのだけれどね。もはやいじめレベルじゃないかしら、そこに告白が絡むものだから……まあ、惨状が広がる。だから、正直、心当たりがありすぎてわからない。
十九日目。一番のストレッサーの学校の彼彼女らとは違うと思っていた親友ちゃんがストーカーだと分かったわ。彼と私が話していたら、突然刃物を向けてきたの。私に。さて、私が好きなのか、好きな子が私のことを好きなのか、どちらかな、と思っていたら、前者だったわ。警察に通報して、盗聴器も警察に見せた。
二十日目。親友ちゃんの件は片が付いたわ。あとは、彼を救うだけ。こちらは少し難しいかしら。と、思っていたら、彼は今回の件でなぜか踏ん切りがついたそうよ。高卒認定を受けるんだとか。連絡先を交換しておいたわ。これで日常に戻るのでしょうね、と思っていたら、引き止められた。親だとしても、お前を縛るならそれは毒だ。その毒すらお前なら体内に取り込むんだろう。俺とは違うのだろう。だけど、無理して毒を食らう必要はない。知りたいと思うのは構わない。いう通りにして中学受験も成功させて、親のいう道を進むのも一つの選択だ。けれど、お前なら、今以上に自由になれるはずだ。俺と同じ道は進むな、と。なぜでしょうね、涙が出てきたの。
エピローグ
高校は親元を離れていこうと思うわ。いいところがあったの。それに、彼に言われて気づいたこともあるのよ。私、人に嫌われる努力をしていなかったわ。高校では全力で嫌われて、恨みも愛も買わないようにしましょう。ストーカー観察日記とは言ったものの、単なる日記のようになってしまったわ。
けれどまあ、これでこの話は終わり。