第八章
八
その競羅の態度を見ながら、数弥は声を出した。
「まあまあ、姐さん、落ち着いて下さいよ」
「これが、落ち着いておられるかよ。だいたい、展示会というからには、大勢の人たちが見に来てるだろ」
「ええ、でも、僕が思うには、あそこも、また違うと思うんすけど」
「違うって、湾岸でEが最初につく場所が、そこにもある、のだと教えてくれたのは、ほかならぬ、あんただろ!」
「ええ、そうなんすけど、あそこは、前に一度、爆破されているんすよ。そのときは、まだ展示会が始まっていませんでしたけど」
「前に爆破? 意味がわからないね」
競羅は首をかしげた。
「姐さん、本当に知らないんすか。
数弥はそう返答をしたが、すぐに思い直すと、
「そうすね、やはり、姐さんには趣味が合わない場所かもしれませんね。今、言ったように、過去に爆破事件があったんすよ。ですけど、犯人は別口すよ。爆弾そのものが、ただの工事用のダイナマイトに市販のタイマーをつけた、ちゃちなものでしたから。大きな被害は、まったく出ませんでしたし」
「その話、御雪から聞いたことがあるよ。そうか、御雪の言っていた、別の犯人が起こしたという、湾岸の事件というのは、そのビルのことだったのか」
「そうすよ。だから、坂梨たちも、わざわざ近寄らないと思うんすけど」
「確かに、一度、事件を起こしたところは、警察の警備も厳重になるからね。どうも、そこではなさそうだね」
「果たして、どうかなあ」
声を出したのは天美であった。
「おや、あんたは何か、言いたいことがあるのかい?」
「そう、本当に警備、厳しくなったかなと思って」
「それは当たり前だろ。小さい爆発ながらも事件現場だからね」
「でも、警察は別口だと思ってるのでしょ」
「ああ、あの事件だけは、別種の火薬だからね。当然、別の犯人だろ」
「そこが、どうも引っかかるの。本当に別口かなと?」
「では、天ちゃんは、前の爆破も坂梨の仕業だと」
数弥が興味を持って、質問を始めた。
「そう考えた方が、つじつま合うと思うけど、確か爆弾って、工事用のものだったのでしょ。逆にいうと、だから警察、便乗犯と思ったのだし。だいたい、工事用なら、ざく姉が前、言っていたように、その気になれば簡単に手に入るよね」
「ええ、確かに、入れようと思えば入れれますし、それに、これも、大きなニュースにはなってませんでしたけど、配線はすごく簡単なものだったんすよ。それこそ、便乗犯といいますか、多少の電気工事の知識のある人間なら、誰でも仕掛けられますような」
「やっぱり、そうだったのね。つまり、そこが犯人の狙いなの。そういう事件起こしたら、かえって、警察の警備ゆるくなるんじゃないかと。当然、事件起きたばっかりのとき、警備って厳しいけど、他で爆破事件続いたら、それどころでなく、また、もとのように・・」
「つまり、最初の爆破は、警察の目を欺くための偽装だというのだね」
競羅が確認するように口を開いた。
「その通り、E計画という名前つけるぐらいだから、向こうも、前もって、それなりの計画考えてるでしょ。実際存在しない、もう一組の犯人作り出すために、わざわざ、爆弾の種類や手口まで変えて。それに、その場所だとしたら、計画の趣旨にあうの」
「どういう意味だい?」
「だから、聞いた話だと、湾岸周辺って、電話やコンピューターの通信網とかを、管理してる会社が多いとこでしょ」
「ええ、そうすよ。官公庁や大企業のホストコンピューターを管理しています」
数弥が得意げに答えた。
「だったら、爆破されたら、この日本は、かってない大混乱になるよね」
「そ、そうだったのか!」
声をあげたのは競羅である。彼女は、江戸川センチュリーが現場と思ったときと同様に、うわずった声をあげ、そのまま言葉を続けた。
「間違いなく現場はそこだよ。そうとわかったからには、のんびりしておられないね」
そして、三人は湾岸方面に向かったのである。
午後三時すぎ、三人は、ETLSに到着した。
この建物は、造りが大きく変わっていた。建物自体は普通の二十階立てぐらいのビルなのだが、その両端に、石で造られた非常階段が設置されていたのだ。それが、遠方から見ると大きな踊り場のように見えるのが、この名前の由来であろう。
三人は中に入った。入るやいなや、ピコピコピーの電子音とともに、カーンカーンという気持ちのよい音がしてきた。
「ここが、一階のバッティングセンターすよ。すぐとなりにゴルフの練習場もあります」
数弥は得意そうに声をかけてきた。五、六階分の高さがありそうな吹き抜けを、遊戯客たちの打ったボールが大きく弾んでいた。
「すごーく、大きい」
「これでも、室内かよ」
天美も競羅も感心したように、声を出した。
「こんなのは、まだ、ほんの一部すよ。二階は天然温泉施設と、高さ三十メートル級のすべり台、ウォータージェットコースターのある大温水プール、三階は例のロケット展を開催している大ホール、最上階の四階は巨大プラネタリウムになっています」
「全階こんな感じかよ。まったくもって、贅沢な造りだね」
「ええ、温泉施設はホテル代わりに使う人がいるので、ここは、いつも、二十四時間営業すからね。いつも、人が大勢いますよ」
その三人の目に、大きな電光掲示板の文字が入ってきた。
【ただ今、地下は封鎖をしております。ご迷惑をかけますが協力を願います】
「なるほど、前は地下が狙われたのだね」
競羅が反応して、声をかけた。
「ええ、そうす」
「それで、地下は、どういうところだったのかい?」
「単なるボーリング場とゲームセンターすよ。どこにでもあるような」
「では、最初に、そこを見ておきたいね」
「えっ! 行くんすか。立入禁止になってますよ。展示場の方が先じゃないすか」
「とは思うけどね。まず、先に前の現場を見ておきたいのだよ。地下の方が近いしね」
競羅の言葉に、数弥は天美の方を向いた。
「天ちゃん、どう思います? 立入禁止区域に入ると、ガードマンに叱られますよ」
「わったしも、気進まないけど、確かめた方がいいと思う。今度も、前と一緒のとこに爆弾、仕掛けてある可能性あるから」
「前と一緒すか」
「そう、相手の心理考えると、同じとこに仕掛ける可能性、高いと思うの。さっきも言ったように、最初のうちは、警備、厳しくなると思うけど、ほとぼりさめると、逆にゆるくなるでしょ。もう狙われないと思って」
「確かに、この子の言うとおりだよ。この建物が狙われるという推理自体が、逆手に取った発想だからね。仕掛けられている場所だって、その可能性があるよ」
競羅の補助的な言葉に、
「わかりました。行ってみましょう」
結局、数弥も同意し、地下に向かうことにしたのである。
三人は、地下に降りるため、中央のエスカレーターに向かった。しかし、そこは停止しており、赤で【危険!】の看板と、進入禁止のワイヤーが張られていた。
「困ったね。こんな真ん中じゃ、降りようにしても目立つね。だいたい、動いてないしね。他には、降りれるようなところはないのかい?」
競羅が顔をしかめながら、口を開いた。
「確か、入口と奥の方に階段がありますが」
「では、奥の方へ行くよ」
そして、三人は奥の階段に向かった。やはり、その下り階段前にも、大きく、赤で【危険!】の看板が立っていた。同じくワイヤーも張ってあったが、中央の場所とは違い人の目は、まったくなかった。その気になれば普通に、またいでいける状態である。
「これだけかい? 不用心だね。その方が、ありがたいけどね」
競羅は拍子抜けの声を出し、三人は、ロープをまたぎ地下に進んだ。
立入禁止だけあって、地下は消灯状態であった。しかし、緑の非常灯だけは、点灯していたため、まったくの暗闇というわけではなかった。
「姐さん、もう、引き返しましょうよ」
数弥は心配そうな声を出した。
「何を言っているのだよ。相変わらず情けないね」
「でも、立入禁止地域に入るのは、よくない行動すから」
「そんなことはわかっているよ。けどね、爆破事件の前は自由に入れたのだろ」
「そうなんすけど」
「だから、スパイとは違うのだよ。それより、爆弾は、どこに仕掛けてあったのだい?」
「そこまで、詳しいことはわかりませんけど」
「仕方ないね。こうなったら、行けるところまでいくよ」
そして、三人は、なおも地下の道を進んだ。
「あちこちの場所にカメラがあるのに、ここだけは、カメラが少ないね。本当に防災対策はしてあるのかい?」
「普通のレジャーセンターすから、それに、ただの通路ですし」
「でも、何か起きたらどうするのだよ?」
その競羅の質問を待っていたのか、数弥の口調が軽くなった。
「姐さん、それは心配ないすよ。建物の形を見て、気がつきませんでしたか」
「気がつくって何がだよ?」
「各階の両側に踊り場が出ていて、非常階段が設置してあったでしょう」
「そうだったかね」
「そういう事態が起きたときに、どの階からでも、降りられるようになっているんす。それが、このビルの、もう一つの特徴すから」
「ほおー、なるほどね」
「それに、地震や水害の対策のため、地下設備は駐車場を除いたらこの一階だけなんす。重要な機械類はすべて階上になってます」
「地震や水害対策はわかるけど、爆破による強度の方はどうなのだい? それなりには造ってあると思うけど、どうも、中ががらんどうだからね」
「さあ、そこまでは。中から爆破されるなんて、誰も考えませんから」
「でも、実際、前は狙われたのだからね」
「それは、そうなんすけど」
二人の会話を天美は厳しい目をして聞いていた。
三人が、なおも進むと、軽い砂ぼこりが立ちこめてきた。競羅が声を出した。
「どうも、あそこが崩れているようだね。おそらく現場か」
「ええ、そうすね」
そして、競羅がなおも、前に進もうとしたとき、
「ちょっと、この自動販売機。何か変!」
突然、天美が、一台の販売機を指さして声をあげた。その言葉通り、通路には自動販売機が三台並んでいた。電源は入っていなかったが、普通のジュースの販売機である。
「変って、どこがだい?」
競羅は反応し尋ねた。
「この台から妙な音聞こえる。それに相手、業者に化けて仕掛けたと言ってたし」
「おいおい」
そして、競羅は販売機に耳を当てた。
「確かに耳を澄ますと、何かが中で動いている気がするね、時限爆弾か」
「えっ! 本当に爆弾があったんすか? もし、爆発したら」
数弥は顔を青ざめた。
「そんなことなんて考えたくないよ。普通はありえないだろ。実際、消しゴム一つの大きさで、あんな大惨事なんだから、この容量が爆弾なんてね。とにかくね、こんな、がらんどうの建物だったら、展示場も破壊されるだろ。もし、特殊燃料に引火したら・・」
「こ、このへん一帯が火の海すよ」
数弥もふるえながら返事をし、天美の目も光った。
「しかし、この子の言葉通り、本当に、同じ場所に仕掛けてあるとは思わなかったよ」
「ええ、そうすね。それより、これからどうしましょう?」
「どうしましょうって? あんた、会社に連絡をすればいいだけだろ」
「でも、先ほど、間違えた情報を与えてしまいましたから。今回はちょっと」
「けどね。それによって奴は逮捕されたのだろ」
「それとこれとは別すよ。今日の今日ではどうも・・」
数弥の歯切れは悪かった。
「わかったよ。あんたの気が進まないのなら、こっちから警察に通報するよ」
そして、数分後、警視庁に、少女の声で緊急連絡が入った。『エレクトロテクニカルレジャースクエアの地下自動販売機から変な音する』と、
通報を受けた本部は緊張した。
そして、すぐさま、捜査員を派遣したのであった。