第七章
七
食事をすまし、江戸川ネオセンチュリータウンに到着したのは、十時過ぎであった。
葛西駅から、車で南へ数十分、大きな橋を越えたところに、その住宅街はあった。
そこは、まさに、ネオセンチュリーと呼ぶにふさわしく、整地されたいくつかの公園を間にはさみ、十階から十五階までの高層住宅が百棟近く縦に並んでいた。
城塞のような大きなショッピングセンターが中央にそびえ、保育園はおろか、小中学校から病院まで完備されていた。
「大きい住宅街!」
「これは、うわさ以上の大きさだね」
二人とも、その規模に感心をしていた。
「でも、これだけ広いと、爆弾、探すのも大変!」
「確かにそうだね。ざっと見たところ、一棟に、そうとうな数の世帯だね。それが、ゆうに百棟以上か。これはまた、探すのも一苦労だし、爆発したら本当に大惨事だよ」
「だからこそ、絶対、くい止めないと」
「しかし困ったね。見れば見るほど怪しいところばかりだよ。スーパーもでかいし、公園も多いし、住民たちも、よそものに無関心だからね。とにかく、これ以上は、こっちの手には負えなくなったね。さて、警察に連絡をするかな」
「もう、連絡するの?」
「当たり前だろ! あと十時間もないのだよ。その間に、これだけの住民を避難させないといけないのだからね」
「でも、実際、爆弾、仕掛けてある証拠ないし。もし、違ってたら、逆にこれだけの人、困らせることになるし」
「では、あんたは、違う可能性が少しでもあると思うのかい?」
「そう、何か違和感が」
「どういうことだい?」
「あの、『かってないほどの大混乱が起きる』と、言う言葉、どうしても気になって」
「何を言い出すかと思ったら、そんなことかよ。ここで、爆発が起きれば、まあ爆弾の規模によるけど、まともなものではなさそうだから、千人以上は間違いなく死ぬよ。けが人も万単位で出るね。そういうことが、かってない大混乱なのだよ」
「そうかなあ。やっぱり、大混乱というと、この国全体、困ることだと思うんだけど」
その天美の言葉に競羅は考え込んだ。そして、結論が出たのか、
「わかった。まず、数弥に相談をしてみるよ」
そう言うと、電話を取り出し通話ボタンを押した。
「もしもし、数弥かい?」
「その声は姐さんすか」
通話先から声がした。
「ああ、そうだけどね。今回はつながったようだね」
「もう、責めないでくださいよ。反省をしているんすから」
前回、つながらなかったことで、競羅から文句を言われていたのだ。
「とにかく連絡ができてよかったよ。それで、今はひまかい?」
「何を言っているんすか。またも爆発事件が起きて、朝から現場に向かった先輩の連絡を、待っているところすよ!」
「もしかして、荒川沿いの爆破事件のことかい?」
「そうす。今、その取材中すよ。今日は、それで、てんてこまいす」
「ほお、そうかい。そのことについてだけど、とびっきりのネタがあるのだよ。ちょいと、電車に乗って、こっちに来てくれないかい」
「どこすか?」
「江戸川にあるネオなんとかという団地街だよ。そこの中学校前にいるから」
「江戸川すか? ここから遠いすねえ。また、どうして、そんなところへ?」
「今、言っただろ! 連続爆破事件のことだよ」
「あのう、よく、お話がわからないんすけど」
数弥は戸惑ったように問い返した。
「来たら説明をしてあげるよ。来るのか、来ないのかい!」
「行きます、行きますよ。わかりました、ネオセンチュリータウンすね」
約一時間後、数弥が合流をした。そして、すぐさま、興味深い表情で尋ねてきた。
「姐さん、どうして、こんな場所に呼び出したんすか?」
「決まっているだろ。一連の爆破事件についてだよ。前に、この子が、高輪で爆破に巻き込まれたことを報告をしただろ」
「ええ、この間、聞きましたけど」
「実は、あれから、色々なことがあってね。まずは、昨夜のアキバの事件だけど」
競羅はそう言うと、昨夜からの二つの体験談について話し始めた。
「えっ! 荒川の事件も関わっていたんすか! それに、昨夜の事件も天ちゃんが!」
数弥は当然のように驚いた。だが、驚いてばかりもおれず、
「つまり、あの大昔、世間を騒がせた爆弾魔、坂梨が主犯で、その爆弾がこの団地内に仕掛けられている、とわかったんすね」
「ああ、そういうことだよ。E計画と言う言葉から見てもね」
「それはもう、絶対に連絡をすべきすよ!」
「こっちも、そう思うのだけどね。今も説明をしたとおり、この子が慎重だから」
競羅は困ったような顔をして、天美を見つめた。
「そんなこと、言っておれません! 時間が勝負すから」
数弥はそう答えると天美に向かって言った。
「わかりましたね、天ちゃん、僕は会社に連絡をしますよ」
そして、数弥は、会社に連絡をするため携帯端末のボタンを押した。
そこからが大騒ぎである。数十分後、団地内には十数台のパトカーが乗り込み、刑事たちが、一軒一軒、住民に避難勧告をし始めた。
天美たち三人は、その警察の尋問に巻き込まれないように、団地をあとにした。
帰り道、車を運転していた競羅が口を開いた。
「警察も今回は真剣だね。これほど、迅速に大がかりな対応をしてくれるとは」
「今は、こういう時期すからピリピリしてますからね」
「けどね、おもしろがって、嘘の情報を流してくる人物だっているだろ」
「おそらく、あるでしょうね。しかし、今回は、僕、つまり新聞社からの通報すから」
「だから、特に真剣か。いつも、これぐらい真面目だといいのだけど」
競羅は面白なさそうな顔をして、つぶやいていた。
そして、約二時間後、事件は大きく動いた。
競羅たちは、数弥の会社近くの喫茶店、スクープの個室で昼食をとっていた。ここは、記者たちの憩いの場であり、秘密の会話ができる場所でもあるからだ。
そのとき、数弥の携帯端末が鳴り出した。発信先は先輩記者の徳本である。
「徳本さんだ。きっと、呼び出しすよ。爆弾の発見だといいんすけどね」
彼はつぶやくと、その端末を取った。
「えっ! それって、本当すか!」
通話中、数弥の顔色は変わった。何か新たな情報が入ったようである。
そのあと、興奮した数弥と相手との問答は続いた。
「これで、事件は大きく進展しましたね。どうも、ありがとうございました」
数弥は丁寧に答え、相手との通話を終えた。それを確認すると、競羅が待ちきれなかったのか、興奮した表情で尋ねた。
「爆弾が見つかったのかい?」
「いや、違います。にわかに信じられないことすけど、たった今、坂梨が、ネオセンチュリータウン内で潜伏中のところ逮捕されました」
「えっ! 何だって、本当に奴なのか!」
「ですから、その坂梨すよ。変装して、そのタウン内に潜んでいたようす。刑事の一人が、見破って捕まえたようすね」
「そうなのかい。何はともあれ、これで、爆弾が見つかるのは時間の問題になったね」
競羅は苦笑をした。だが、天美の方は鋭い目をすると、
「わったしは逆に、爆弾、あの団地に仕掛けられてない感じするの?」
と答えたのである。
「あんた、何を言っているのだよ。仕掛けられていないって? 坂梨が潜んでいたのだよ」
「だったら、なおさら、違うと思うのだけど、だって、よく考えて見てよ。わざわざ、爆発するところに、住んでる必要なんてないでしょ」
「だからこそ、仕掛けてある可能性が高いのだろ。ここは奴にとって、土地勘があるところなのだよ。普通では見つからないところに、巧妙に隠してあるに決まっているだろ」
「どうしても、そう思えないけど」
天美は頑固であった。
「それなら、どういう風に思うのだい!」
その二人の口論を、数弥は止めに入った。
「二人とも、やめてください。今はそんなこと、言っている場合じゃないすから」
「やめるって? この子が筋の通らない、ひねくれたことを言うからだよ」
「別に、ひねくれたことなんて、言ってないと思うけど」
「どこが、ひねくれていないのだよ。ここはね、頭にローマ字のEがつく場所だし、何よりも、主犯が潜んでいたのだよ。どう考えても、仕掛けてあるに決まっているだろ!」
「それは、僕としても同じ考えすけど、天ちゃんとしても、何も反証がなくて言っているとは思えませんし、ここは、きちんと意見を聞いた方が良いと思うんすが」
その数弥の言葉に納得したのか、結局、競羅はおれた。
「そこまでいうなら、あんたに従うよ。とにかく、あんたの意見を言ってみな」
「まず、その、今、捕まった、坂梨っていう人の立場になって考えるのだけど、どうして、まだ、その場所にいたのだろうかと思って?」
「逃げる手前だったのだろ。それより早く、警察が踏み込んだのだよ。今回は、こっちの推理で場所が判明したのだよ。奴もそんなに早く、ばれるわけがないと思ったのだろ」
「そうなのかなあ」
「かなあって、そうに決まっているだろ! あんたの知っての通り、パスワード爆弾が、仕掛けてあったのだよ。命が惜しい部下たちが、しゃべるわけないだろ」
「でも、昨日も今日も、そのパスワードのせいで、爆発起きたのでしょ。わったしだったら、その二回の爆発知ったら、計画失敗したと思って、間違いなく逃げるけど」
「どうしてだい?」
「当たり前でしょ。爆発が、最初の一回だけなら、偶然か事故だと、自分に言い聞かせても、さすがに二度続いたら、警察か誰かが、今回の作戦嗅ぎつけて、しゃべらそうとして、尋問した結果と思うでしょ。だから、場所ばれたかもしれないと思って」
天美の言葉に競羅はハッとした。思わぬ盲点をつかれたからだ。その競羅の沈黙をよそに、天美の説明は続いた。
「だから、この考えだと、さっき言ったように、主犯にとって、爆発イコール、部下が誰かに捕まった、ということでしょ。それに、よく考えてみて、この犯人、半世紀以上も前に事件起こしてから、今日まで逮捕されてなかったのでしょ。それだけ用心深い人が、逃げないわけないと思うけど。それでも、なぜか逃げなかったのよね」
「そんなこと言われても、こっちもわからないね。なぜ、逃げなかったのか?」
「そのことだけど、わったしの推理によると、それには二つの理由あったの」
「二つの理由って、なんだよ?」
「第一に、犯人は仲間の誰にも、決して、捕まった団地に潜んでること教えてなかった。だから、この場所にいても、警察に捕まるわけがないという安心感あった。第二の理由は、この方が重要なんだけど、E計画の現場は、捕まったとこから、そうとう遠く離れた場所にあって、警察が、たとえ現場知っても手が届くはずなかった」
「では、あんたは、本当の爆弾は、今回の捕まったマンションから遠い場所に」
「そう思う。同じ海沿いにしたのは、爆発を、障害物なく、気持ちよく眺めることできるように。それに、大きな団地なら潜伏にもってこいだし。でも、ざく姉の勘違いで、ここに、警察入ってくることまで予想できずに捕まったけど」
「なるほど、でも、湾岸関係には、他には頭にEがつく長い地名はないけどね」
「あのう、ちょっと聞きますけど」
ここで、数弥の声がした。
「何だよ。今、話し合っている途中なのに」
「その湾岸にEがつくとか何すか? E計画というのは、何となくわかりますが」
「そう言えば、まだ、ここまでは、あんたには話していなかったね」
そして、競羅は苦笑をすると、天美と話し合った課程について説明を始めた。
その説明を聞き終えた数弥。目を丸くし、そして、半ば呆れた口調で、
「それで、その話し合いの最中、一度も話題に出なかったんすか、あの湾岸のETLSを」
「ETLSって」
「エレクトロテクニカルレジャースクエアのことすよ」
「えっ! そんな所があるのか」
「若い子は、誰でも知っているぐらい有名な場所すよ。姐さん、本当に知らなかったんすか! あの人気スポットを。あそこは、今、世界のロケット展を開催しているんすよ」
「な、何だって、ロケット展!」
「ええ。ロケットを、アメリカやロシアなど諸外国から借りて展示しているんす。自由にコクピットの中に入って、モニターを写したり、装置に触れられるようになっています」
「そうじゃないよ。ロケットといったら、まともな燃料ではないだろ」
「ジェット燃料になりますから、ガソリンはもとより、液体水素とか、高圧固形燃料とかすかね。激しい噴射力が必要すから。でも、展示の時まで入れてますかねえ」
「あんた今、中の画面が写るとか何とか言っていたね。となると、入っている可能性だってあるよ。もし、そんなのが爆発したらシャレにならないよ」
競羅の声は震えていた。