第六章
六
競羅は、天美と一緒に、自分のアパートに戻っていた。
「まったく、ひどい目にあったよ。あんたが気づかなければ、もう少しで、こっちは、木っ端みじんになっていたのだからね。しかし、坂梨って男は人じゃないね。あそこまで、仲間を信じられないなんて」
競羅は興奮していたが、天美は、何か考え事をしているらしく無言であった。
「本当に外道だよ。計画が漏れないように時限爆弾を仕掛けるなんて!」
「でも、あれって、時限爆弾だったのかなあ」
ここで、天美が口を開いた。
「時限爆弾に決まっているだろ。六時半ちょうどに爆発したのだよ。こっちは、あんたが能力を使った時間をきちんと見ていたのだよ。万が一、今夜にでも、もう一度、使わなければならないことがあると思ってね」
「爆発したの、確かにその時間だったんだけど、わったしは、どうしても、時限爆弾じゃなかったような感じするの」
「だったら、暴発か、事故だと言いたいのかい?」
「そういうものと違うけど、まだ、何かあるような」
「あんた、そんなこと言っていても他に考えがあるのかい? あの坂梨の企んでいるE計画というのは、大惨事を起こし、日本を混乱させるなどというものだよ。仲間の口を封じるには充分な理由だと思うけどね」
「あんな、簡単に殺さなくても。みんな、寝る間惜しんで、働いてたのだし」
「だから、鬼みたいな奴だと言ったのだよ。あんた、奴らに同情をしてるのかい?」
「そうでなくて、どうしても引っかかるの? なぜ、あんなときに、あそこで爆発したのか? それが、すべて解く鍵みたいで」
「そういう抽象的なこと言われても、わからないね。それよりもね」
競羅はそう答えていたが、鋭い顔をすると、天美をにらみながら詰問をした。
「どうして、あの場所なんかで、強い方の能力を使ったのだよ?」
「そんな、恐い顔して言わなくても」
「何を言っているのだよ。とても重要なことだろ。確か、あんたの相手を自白させる能力は、最後に使ってから十二時間は経たないと、再び使えなかったはずだろ」
「そうだけど」
「それなら、なぜ、あそこで使ったのだよ。相手は全員、締め上げたら、白状しそうな弱っちょろい男だったのに、どう考えたって弱い方の能力で充分だったのに」
「だって、あの態度、あったま、きたし、間違いなく白状すると思ったから。ざく姉だって、そう思ってたのでしょ」
「確かにそうだけどね。結局、聞き出せなかっただろ。うかつだったね。今から思えば、そういうことも考えて、行動をしなければならなかったのだよ」
「そこまで、責めなくたって」
「いや、責めることだよ。では聞くけど、坂梨の奴と対決をすることになって、もう一度、使わなければならなくなったとき、あんた、どうするつもりなのだよ? たとえ、あんたの能力で奴を自白させることができたとしても、その時間は、どんなに早くても、午後六時半なのだよ。爆破時間は八時ではなかったのかい!」
「一時間半あれば、防げるでしょ」
「簡単に言うけどね。この一時間半という時間は微妙なところだよ。奴が自白した場所と現場が離れていることも考えられるし、爆弾だって、すぐに、入れない複雑な場所にあるかもしれないだろ。それに、簡単に解体ができるかどうかもわからないのだよ。
実際、解体のめどが立たなかった場合は、どうするのだよ? 付近の住民たちを、避難させないといけないのだよ。向こうは、大惨事になると言っているのだろ。そうなると、まず密集地だよ。場所によっては、避難をさせるだけでも、ぎりぎりに近い時間だよ」
競羅の言葉が、よほどこたえたのか、天美は下を向いたままであった。
「とにかく、終わったことは仕方ないよ。今、七時半過ぎだから、爆発まで、あと十二時間半弱だね。それまで爆破場所を見つけないと。わかっているのは、主犯が、あの坂梨ということと現場が湾岸ということだけか」
「ざく姉、ところで、その坂梨って犯人のことだけど!」
ここで、天美が声のトーンを上げた。
「どうしたのだよ? そんな、きつい声を出して」
「どうして、そんなに、坂梨っていう名前に敏感なの?」
「変だったかい?」
「最初、名前、聞いたとき、かなり驚いた顔してたから。今も、あのって言葉、上につけたし、ひょっとして昔の知り合いなの?」
天美の追求が厳しくなった。
「知り合い? 馬鹿を言ってはいけないよ。それより、あんたの方こそ、坂梨っていう名前、どこかで聞いたことがないかい?」
「どうして、わったしが、そんな名前を!」
「そうだね。よくよく考えたら、あんたが知っているわけなんてないよね。こっちだって死んだ総長から聞かされた話なのだから」
「総長って、田乃場の」
田乃場というのは広域暴力団の名前である。競羅は十代だったころ、わけあって、この田乃場に預けられていたのだ。
「ああ、そうだよ。とにかく、ひどい奴でね。今から、半世紀以上前に、爆破事件を繰り返していたらしいのだよ。総長から何十回も聞かされたよ。当時のビデオを見せられたし、あんまり、陰惨で残虐だったから、怖くて、眠れなくなってしまったね」
「だから、覚えていたんだ」
「ああ、本当に、当時は世を騒がした大事件だったみたいだよ。連日連夜、坂梨という名前をテレビで連呼をしてね。結局、捕まらなかったようだけど」
「つまり、今回の犯人は、大昔にも、同じようなこと、起こしてたのね!」
天美の眼がつり上がった。
「ああ、そういうことだよ。しかし警察も、あのときに捕まえてさえおけば、今回も、こんなに被害者が出なかったのだけどね」
「警察は、いったい、何やってたの!」
「それは、一生懸命に捜査をしていたと思うよ。大学とか、あちこちに捜査員を張り込ませて。まあ捕まらなければ一緒だけどね」
競羅の言葉に天美は無言になった。
「とにかくだね、そういう、とんでもないのが、この坂梨っていう奴だよ」
「だいたいわかってきた、犯人のことが」
「そうかい。どうやら、誤解も解けたようだね。では、事件の続きを話さないと、まずは、今夜起きるという爆破事件のことだけど」
「E計画のことね。すぐに、警察知らせないと」
「知らせてどうするつもりだい。まず第一に、警察が信じるかどうか」
「むろん、信じるでしょ」
「どこがだよ。爆破場所がわからないのに、大パニックが起こる、って言ったって、そう簡単には信じてくれないよ。かえって、怒って切られるよ」
「確かにそうかもしれないけど、直接、話しに行けば」
「あんた、それ、本気で言っているのかい? 向こうはね、相次ぐ事件に気がたっているのだよ。もし、信じてくれたとしても、ろくなことにはならないよ。『こんな極秘情報、どこで、聞いたか』と、絞め上げられるのが関の山だね。そのとき、能力を使って聞き出した、とでも言うつもりかい?」
「まさか、そんなこと言えるわけないでしょ」
「だろ。そういうことで、ある程度のことは、こっちで、やらないといけないのだよ。実際のところ、場所さえわかれば匿名の通報だって効果が出てくるからね。けどね。そうなると、やはり惜しいね。あんたを責めるわけではないけれど、もう少し早く、爆弾が仕掛けられていることを、気づいて欲しかったね。そうすれば、奴らの一人でも、あそこから救出して絞め上げられたのに」
「でも、それはできなかったし。もし、してたら、わったしたち確実に死んでたと思う」
「死んでいただって。また、なぜ?」
「どうも、ざく姉は、工場内に爆弾、仕掛けてあったと思ってるようだけど、人に仕掛けられてたということは考えられない?」
ここで、天美は不気味な発言をした。
「人だって?」
「その可能性が高いと思う。昨日だって、玉置っていう人自身、爆発したんだし」
「まさか、いくら何でも、それは・・」
競羅は否定をしていたが、正面で、彼女を見つめている天美の顔を意識したのか、
「確かに、まあその可能性もないとは言い切れないね。でも、そうなると、いったい、誰に仕掛けられていたのだろう」
訂正するように答えた。
「わったしは、全員だと思うけど」
「全員、どうしてだい?」
「では聞くけど、あの男の人たちの服装、ある共通点なかった?」
「共通点と言えば、白衣か」
「白衣もそうだけど、あの人たち、みんな、首元、隠した服、着てたでしょ。どうも、あそこに、何か仕掛けられてた感じするんだけど」
天美の言葉を聞き競羅は倉庫の出来事を思い出していた。
そして、数十秒がたち、再び口を開いた。
「思い出したよ。そういえば、三人とも首元が長いセーターを着ていたね。しかし、あんたの観察力も大したものだね。なるほど、奴ら首輪型の時限爆弾をつけられていたか」
「だから、それは、さっきも言ったように、時限爆弾じゃなくて」
「じゃあ、何なのだよ!」
「昨日も同じだったの。男って人、爆破現場、しゃべろうとしたとき、爆発して」
「そう言えば、あんたの話によると、爆死した男という男も、衿の高いコートを着ていたのだったね。となると、あんたの思った通り首輪型爆弾が仕掛けられていたのか。問題は、その爆弾が、どうして、爆発したかということだけど」
「これは、あくまでも、わったしの意見だけど、こういう爆弾って、ないかなあ。ある言葉に反応し、爆発するような」
「そうか、パスワード爆弾か!」
競羅の声のボルテージがあがった。そのまま、彼女は興奮して言葉を続けた。
「そうだよ。そうに違いないよ。E計画の発動場所こそが起動パスワードなのだよ。だから、あいつら、『死んでもいえない』とか、『話したら命がなくなる』なんてこと、ほざいていたのだよ。それに、『時間が過ぎるまで』とかも言ってたしね。実際、爆破時刻が過ぎれば、はずれる仕掛けだったのだよ」
「でも、そんなもの、実際、作れるの?」
「坂梨なら、大いに可能性があるね。奴は、当時、国立大の理工学部を、主席で卒業した奴らしいからね。さて、そうとわかったからには、やっぱり、奴らのしゃべろうとした言葉に鍵があるね。短い言葉ではないよ。こっちが逃げる時間があったからね」
「わったしもそう思う、十文字以上あったような。でも、どこなのだろう?」
「確か最後に湾岸とか言っていたね。あのあたりは、どこで起きても大災害だよ。京浜や京葉などのコンビナート地帯に仕掛けられたら、目も当てられないよ。そうだ。コンビナートちたい、で、すでに九文字か。可能性があるね」
「そんなこと、させるわけにはいかない!」
天美は血走った目をした。当然であろう。
「まあまあ、落ち着きなよ。日本の治安だって馬鹿じゃないからね。ああいう場所は、時期が時期だけに、特に不審者の出入りは厳しいはずだよ」
「でも、わったしたちも行くだけ、行ってみないと」
「京浜と京葉は正反対の場所だよ。それに、どちらも、だだっぴろいしね」
「それでも調べないといけないでしょ。可能性の一つなのだから」
「可能性だけなら、いろいろな場所があるよ。横浜ランドマークタワー・東京ディ○ニーリゾートとかね。そっちの方は、一般人は誰でも入れるからね。確か、時間は午後八時だろ、特に賑わう時間だから、爆発したら、本当に地獄絵図だよ」
「それなら、そこも行かなきゃ」
「気持ちはわかるけど、爆破時間を覚えているかい、今夜の八時だよ。その時間までに、すべてを回るのはとても無理だよ。それに、まだまだ候補地は、今あげた他にもあるからね。両地点の真ん中にある東京国際貿易センターとか。これだけあると、やっぱり、ヒントになるようなことがないと絞れないね」
「E計画というのだから、英語のつづりEで始まったり、最初の名前、え、で始まる場所から、考えればどう?」
「今、あんた、何て言った!」
突然、競羅が目の色を変えた。
「だから、E計画というのだから・・」
「そう言えば、東京湾に、そういう、長ったらしい地名の場所があるのだよ」
競羅は天美に最後まで言わせず答えた。
「それって、どこ?」
「よく、覚えてないけど、葛西の埋め立て地にできた江戸川何とかタウンだよ。あそこには、何万人という人たちが住んでいるからね。昔、連れも住んでいたし」
「では、そこ爆発したら、その何万人という人が!」
「最悪の場合、そういうことになるね。特に、あそこは埋め立て地帯で、地盤がやわらかいから、爆弾の規模によっては、地盤が沈んだりして全滅だよ」
「そんなことさせない!」
「ああ、そうだね。すぐに現場に行くよ」
そして、二人は葛西にある江戸川ネオセンチュリータウンに向かったのである。