第四章
四
約三十分後、天美は浅草新家に位置する競羅のアパートにいた。現場から浅草まで近いので、すぐ合流することができたのである。
一部始終の報告をしているとき、テレビのニュースでも、外神田で起きた謎の爆破事件について報道をしていた。それを見ながら、
「まったく、あんたは、いろいろなことに巻き込まれるね。何かこっちも、人生観が変わってきてしまったよ」
競羅は感心したように声を出した。
「そんな、いやみ、どうでもいいでしょ。それで、ざく姉、どう思うの?」
「どう思うって? 事件が大きく動き出した感じだね。あんたの方は?」
「久しぶりに、ものすごく、気持ち悪かった」
「それはさっきも聞いたよ。しかし、久しぶりとはね」
競羅も答えながら半ば呆れていた。この思考についていける人物は少ないであろう。
「まったく、セラスタのこと思い出しちゃった」
「その話はいいよ。それで、あんたの聞いた、ご大層な計画のことだけど」
「E計画のこと」
「そう、それ、今回のことで、ばれたと思って、中止になるといいけどね」
「でも、爆弾は、業者に化けて仕掛けてある、と言うのだし」
「ああ、話を聞くと、かなりのしろものだね。そんなもの、どこに仕掛けたのか?」
「だから、それ聞き出す前に爆発しちゃったの!」
天美は悔しそうな顔をして言った。
「仲間もすみかも聞いてないのか」
「残念ながら、わったしの、ちからは、あくまで、犯した罪、白状させるだけで、素性とか、住居など聞き出すことできないの」
「そうだったね、前もそれで困ったことがあったよ」
競羅も答えながら残念そうな顔をした。
「だから、最終的に警察引きだそうと思ったけど・・」
「その前に、爆発したということか」
「とにかく、爆破するなんて、直前まで、本当にわからなかったの! 危機感、はたらいたから、飛び退いただけで」
「確かに、普通だったら、気づかずに、おだぶつだっただろうね。あんたが特別なだけで」
「わったしだって、どうしようかと思ってるの、明日の爆発だって、知ったからには、絶対、防がなくてはならないのに!」
「それがわかっただけでも、よしとするしかないね。しかし、その手がかりがなくなってしまったということか、日本が大混乱になる事件が明日起きるって、わかってるのに!」 天美につられ、競羅の口調が興奮気味になった。はじめは、壮大すぎてピンと、こなかったのだが、話しているうちに、ことの重大さがわかってきたのだ。
「いや、手がかりといえば、あの男の人出てきた部品店が」
「そうか、部品店か」
競羅はそう言うと、チラリと壁の時計を見た。
「アキバは、ここから近いから行ってみるか、では、出かけるよ」
そして、天美は、再び競羅と一緒に、秋葉原に戻ったのである。
六時過ぎ、競羅は、天美から報告をうけた、外神田にある部品店の前に到着した。入口にかかっている、古ぼけたカーキ色のテントだけが目印の妙な感じの店である。
「この店かい?」
競羅が不審そうな顔をして確認をした。
「そう、間違いないけど」
「どう見ても怪しそうな店だね。何か、へんてこな部品ばっかり売ってそうな」
「確かに、まともそうな店じゃないけど」
「何にしても入るよ。一応、手がかりだからね」
そして、天美たちは店の中に入った。
「お客さんかい」
フード帽で眼鏡姿のかぶった年輩の主人らしい男が声をかけてきた。一癖も二癖もありそうな人物である。
競羅は、その面構えを見て思った。普通の尋問では真相は吐かないと。ただ、この男から情報を得ないと、物事は絶対に進まない。
〈いかにもというか面倒くさそうな男だね。相手にしたくないし、警察に任せるか〉
彼女は一旦は、そう思ったがすぐに、
〈爆破は明日の八時ということだったね、まあ、やれることだけはやってみるか〉
一方、店の主人の、店内に入ってきた女性の二人連れについて考えていた。一人はOLとは思えない二十代前半の大柄な女性、もう一人は女子高校生のような風貌、
客にしては違和感があった。考えられるのは、どこかと間違って入店をしたことか、
「見ていて、面白い物でもあるかね」
店主の声かけに、
「まあ、店の商品には興味がないけどね」
競羅は返事をした。
「確かに、お姉さん方の興味がありそうなものはありませんな」
「実は人を探してるのだけどね」
「手前どもではお力になれませんが」
「そう言わずに、答えてほしいのだけどね、ほんの一、二時間くらい前に衿の高いねずみ色のコートを着た男が、妙な買い物をしに現れたと思うけど」
競羅はずばりと切り込んだ。
「ちょっと、待ってください。どういうことでしょうか?」
主人は不思議そうに聞き返してきた。まったく顔色を変えない、その感じからは、果たして、事件に関係しているのかわからなかった。
「だから、コートの男のことを知りたいのだよ」
「何を言ってるかわかりませんね。いちいち、お客さんの姿なんて、覚えていませんよ」
「とぼける気なのかい! この子が見ていたのだよ。その男が店から出てくるところをね」
競羅は厳しい声を出した。その追求に、店主は、ここは引いても問題がないと思い、
「わかりました。いちおう、その男の人が、手前どもの店のお客だとしましょう」
あっさり認めたのだが、そのあと、下卑た笑いを浮かべながら、
「ですが、どうして、手前どもが、その、お客様のことを、まったく関係ない、あなた方に話さなければならないのですか?」
と言い返してきたのである。
〈やはり、こう切り返してきたか、御雪だったらどうするのかね。探偵と名乗って失踪人の捜査というか、それとも、この子を使って、行方不明の叔父の探索というか〉
だが、そのような回りくどい言動は取らなかった。相手をにらむと、
「なるほど、認めたけど、それ以上は話す気はないのだね」
「当たり前です。さあさあ、商売の邪魔ですから、帰ってください」
「商売って言ったって、あんたのとこ、あまり客がいないみたいだけど」
「言いがかりをつけるつもりですね。警察を呼びますよ」
「警察か、そう言えば、先ほどまで、うるさくなかったかい。パトなどのサイレンで」
「ありましたね。でもそんなのよくありますよ。どうかしましたか?」
「どうかも何も、こっちの聞いている男性、そいつが、この近くで爆死したのだよ」
「またまた、ご冗談を」
店の主人はそう答えた。近所づきあいがないのか、爆破事件のことを知らなかったのだ。
「冗談かどうかはテレビをつけてみればわかるよ。まだ、やっているはずだから」
競羅に言われ、主人はテレビのスイッチを入れた。ニュースでは、興奮したアナウンサーが爆破現場を中継していた。
主人は、それを食い入るように見ていた。そして、競羅は声を開けた。
「なっ、本当だろ。報道によると、その男、所持物から判断して、今、お騒がせの連続爆破事件の一味みたいだね」
「しかし、手前どもの、お得意さま、とは関係ありませんね」
「そうだね、まったく、残虐な事件だよ」
競羅は答えながら次のように思っていた。
〈やはりというか、犯人の顔は出てないね。まあ、かなりの爆発だったみたいだから、どのみち、人相はわからないだろうね。さて、このあと、どうするかだけど〉
と、そのとき、天美が声を上げた。
「ざく姉、あの部品、ここにあるのと、よく似てない」
天美が指摘したのは、袋から飛び出た部品であった。すぐさま、競羅は反応した。
「おや、何か散らばった部品が、現場に落ちているね。めったに入らなそうな珍しい物だけど、ここのものらしいね」
「ま、まだ、言いがかりをつける気ですね」
「さて、どうかね。何にしても、一言、警察に知らせると大変だね。仲間かと思って、わんさか押し掛けてくるよ。彼らは、わずかな手がかりでもほしいからね」
「やはり、手前どもを脅迫するつもりですか。それなら知り合いの・・」
「知り合いの誰だい? 地域課の誰に泣きつくのかな? この際、はっきりと言っておくけど、来るのは警察でも公安だよ。賄賂が大好きな下っ端役人じゃないのだからね。あんただって、うすうすわかっているだろ。公安に一度でも目をつけられるとね。今は世間を騒がしている爆弾事件の真っ最中だし、あー、これは大変だ」
この言葉には、さすが、海千山千の店主もふるえ上がったのか、おとなしくなった。
「では、男のことを話せば、警察は勘弁してもらえるのですね」
「そうだね、この男は、初めての客だったのかい。どうも、さっき、お得意さんと言っていたから、そうじゃないと思うけどね」
「えー、ぼちぼちと」
「いつも、通信関係の部品を買っていくのだね」
「はあ、今回も頼まれまして、さっそく、特別にあつらえさせました」
「なるほど、特注ね。だから、さっき慌てたと。さて、そうなると、奴の連絡先ぐらいは知っているよね。注文して、逃げられたら大損だしね。もしかしたら、住所とかも」
「いくらなんでも、住所までは知るわけないでしょう!」
ここで、天美が声を上げた。
「知ってると思う。だって、向こうの方、ちらちら見始めたから」
その天美の指摘に競羅は動いた。
「なるほど、やはりね。あの、あたりの帳簿に書き留められているのだね」
「たとえ、そうだとしても、お得意様のデータをお渡しするわけには・・」
「あんたねえ。わかっているのかい。そのあんたのお得意さんは死んだのだよ。今更、何に義理を感じるのだい。供養の気持ちがあるのなら、そいつを操っていた黒幕を探し出し、罰するのが先決だと思わないのかい」
「なるほど、罰するですか」
店主は心なしか笑みを浮かべた。よからぬことを考えているのか。それを見越した競羅、
「もう、今の態度で知っていることを確信したよ。さあ、素直に教えな。どうしても、教えないのなら、今から警察を呼ぶよ。事が事だし商売が続けられるかな」
競羅に追いつめられ店主の顔はゆがんだ。だが、すぐに、次の考えが浮かんだのか、小狡そうな顔に戻った。
「確かに亡くなられたのですから、今更、隠しても仕方ありませんね。ですが、何事も、ただというわけにはいきませんでしょう」
「あんた、よっぽど公安に、あちこち、ひねくり回されたいのだね!」
その迫力のある競羅の声に、
「わかりました。わかりましたよ」
店主は奥の部屋に入ると、引き出しをあけて帳簿を開いた。そして、
「実は、一度、部品を郵送したことがあったのです」
そして、あるページを開き、その住所をメモ用紙に書き写すと、財布から一万円を出して、一緒に競羅につかませた。
「この金はなんなのだい?」
「いやいや、警察に、今回のことを報告しないという御礼ですよ。先ほども申しました通り、何事もただ、というわけにはいきませんからなあ」
「けどね、こっちは、強請で来たわけではないからね」
「ですが、手前の気持ちですから、もらっていただかないと」
「そうかい、それより、あんたこそ、ことを面倒にしたくなければ、今更、向こうに連絡を取るなんて、妙なことは考えない方がいいよ」
「ええ、わかっておりますとも」
「まあ、これで、警察が来ても安心だね、売った関係の部品も住所も、店から隠しておけばいいのだから。こんな、とんでもない事件が起きたんだ、明日からでも警察は、このあたりの部品屋を一軒一軒しらみつぶしに訪ね回ってくるからね。これほど貴重な情報、万札一枚では、どう考えても、安かったかもしれないけどね」
その言葉に店主は軽い笑みを浮かべ、そして、競羅たちは店を出た。
店を出ると、天美が不満そうに声を出した。
「結局、お金もらっちゃったの」
「ああ、そうした方がいいのだよ。まだ、あんたにはわからないかもしれないけどね。だから、そんな金は、パッと使ってしまうのだよ」
「うーん」
「何にしても、これで、奴らの潜んでいる場所はわかったね。今すぐに乗り込みたいけど、あんたの強い方の能力は、十二時間たたないと使えないだろ」
「そうだけど」
「それなら、明日の朝早く乗り込んでいくよ。そのためには、今日は、ゆっくり休んだ方がいいね。あんたも、まだ参っているようだからね」