第三章
三
その後、しばらく事件は起きなかった。警備が厳重になり仕掛けにくくなったのか、とてつもなく、大きな事件が起きる前触れなのか、爆破事件は止まったのである。
そして、一ヶ月後の夕方、探偵所長の御雪から、機械部品の購入を頼まれた天美と助手の絵里は秋葉原の中央通りにいた。買物中、絵里が声をかけてきた。
「相変わらず、ゴタゴタしたとこだよなあ」
「確かに面白そうな街。しかし、みんな、のどかだね」
天美はそう答えた。
「のどかって」
「だって、今、爆破事件の最中でしょ。ここ狙われたらどうするのと思って」
「あのなあ、みんな、そんなことを考えてねえよ」
絵里の口調は呆れ気味であった。
「そうなの」
「あたりめえだろ。そんな、こええことを考えていたら、どこも歩けねえよ」
「言われてみれば、そうかもしれないけど」
「とにかく、もう事件は、かれこれ一ヶ月起きてねえのだからな」
「だから、もう起きないって言うの!」
「そう思うね。向こうも飽きたのよ」
絵里の言葉に、天美は言い返すことができなかった。セラスタ時代の知り合いとは温度が違っていたからだ。天美の育った国、セラスタは南米一の危険国であった。
平和とはほど遠く、事情を知れば知るほど、警戒して歩かなければならなかった。何も知らない観光客が、ふらっと繰り出して被害に遭うのは自明の理でもあった。
「それよりも、次の店に行くぞ、この道を曲がって行くとあるからな」
絵里はそう言うと中央通りを左折して北に向かった。
歩いている途中、天美が声をかけた。
「人通りが少なくなったね」
「そうだな、一般で売っているパーツではないからな。それなりの専門店よ」
「前にも、行ったことあるの」
「もう、五、六回は行っているな」
「そうなの、では、人も少なくなったから、事件の話も、ゆっくりできるよね」
「事件って?」
「だから、さっきも話してた爆破事件のことだけど」
「あのなあ、おめえ、まだ、そんなことを言っているのか」
絵里は再び呆れた口調になった。
「だって、あんなことに巻き込まれたのだし」
「おめえ、よっぽど、ひどい目にあったらしいな」
「そう、あんな、むごたらしいこと!」
天美の口調には熱が入っていた。
「仕方ねえなあ、わかったよ。でも、話すことなんて、あんまりねえぜ」
「所長さんは、どう思ってるの?」
「わからねえよ。おれにも、肝心なことは、話してくれねえから」
「それでも、何か口走ってたとか」
「しつけえなあ、そう言えば」
絵里が思い出したように声を上げた。
「何かあったの?」
「本当の犯行声明がない、とか何とか言ってたな」
「犯行声明」
天美は思わず復唱した。
「そう、犯行声明、普通、爆破事件が起きると犯行声明ってものがあるらしいんよ。『この事件、何とかという理由で、おれが、やったぞ』とか、そう言うものだけどな」
「確かにそうね」
天美は過去の状況を思い出しながら答えた。
「だけど、今回はねえらしいんよ。最初に何度かイタズラはあったみたいだけどな」
「イタズラね。でも、どうして、わかったの」
「そりゃ、一連のたぐいからよ。警察だって馬鹿じゃねえんだから、わかると思うぜ。二、三人見せしめにパクったら、二度と来なくなったらしいな。だから、本当の犯行声明は来ていないっていうことさ」
「あとは、所長さん、何言ってた?」
「おめえと同じように憤慨をしていたよ。もう、そんなことは、どうだっていいだろ。ここを曲がったら目的の店だぜ」
そう言って絵里は右折した。少し歩くと、
「あったあった、あの店だ」
絵里の目線の前方にあったのは、青・白縞模様の店舗テントが目立つ店である。そこは、いかにも専門部品を扱うかのような店構えをしていた。
そして、天美と絵里は店の中に入った。
二人は買いものを済ますと店の外に出た。
そこで、天美は見たのだ。男を、事件の起きた高輪のレストランの外で、不気味な笑みを浮かべていた男である。男は買い物袋を小脇に抱えて、ワンブロック先の、はす向かいの店から出てきた。
その店も特殊部品を売ってそうな感じの店である。ただ、天美の入った店とは違って陰気な感じであった。店舗テントも目立たないような、すすけたカーキ色であった。
男は今日もまた、高い襟付きのコートらしきものを着ていた。そして、店を出ると。そのまま北の方に歩いて行った。
すぐさま、天美が絵里に向かって声をかけた。
「今ので買物、最後だよね」
「そうだぜ、それが、どうしたのか?」
「買物終わったのなら、もう、わったし、どっか行きたいのだけど」
天美は緊迫感の持った表情で答えた。その顔を見ながら、
「ははー、おめえ、トイレに行きてえのだな」
絵里は得意げな口調で言った。その返答に天美は、
「そう、この辺なさそうだし、もう、別れてもいいよね」
「確かに大通りまで出ねえとなさそうだし、そのあと、遊びてえんだな」
「そうそう、急いでるの!」
「仕方ねえな。もう帰ってもいいぜ。所長には事情を説明しておくからよ」
「ありがとう」
天美はそう言うと、男の行った方角に走っていった。
そのあとを見ながら、絵里はつぶやいた。
「あっちは御徒町だぜ。でも、ちょうど中間地点だし、どっちに行ってもいいか」
「絶対絶対、見つけないと!」
天美はそう自分に言い聞かせながら男のあとを追った。実際、この千載一遇のチャンス、男を取り逃がすわけにはいかないからだ、
その彼女の行動が素早かったのか、男はすぐに見つかった。男は携帯電話で通話をしながら歩いていた。買物を済ましたあとの報告だろうか。男は通話に夢中になり、天美の存在に気づかなかった。
天美の見つめるなか、やがて、男は通話を終えた。
天美は、素早く次の行動を決心した。そして、背後から声をかけることにした。
「お兄さん、久しぶり、こないだ会ったのは、港区のレストランの前だったかな」
その声に男は振り向いたが、天美の顔は、まったく覚えてないらしく、戸惑った表情をしただけであった。
「あれ、確かお兄さん、爆弾事件のあった日、その店の前に、ずっと立ってたよね」
その言葉を聞いたとたん、男の顔は凍り付いた。それは、そうであろう、捕まれば、間違いなく、極刑は免れない犯行の目撃者が、突然、目の前に現れたからだ。
すぐさま、逃走モードに入ったのか、男は駆け出した。
当然ながら、それを追う天美。彼女が追いかけるなか、男はある場所を右に曲がった。そのあとも、いくつもの路地を走りながら曲がり抜けていった。
いつのまにか、まわりから、まったく人影は消えていた。男は外神田界隈の地理に詳しいらしく、わざと人混みの少ないところに天美を誘い出そうとしていたのだ。
突き当たりは公園、その公園に人がいないことを確認した男は、ついに反撃に出た。恐ろしい形相をすると、天美に向かってつかみかかってきた。
「その気になったみたいね。では、ここで、あっなたの悪事、しゃべってもらおかな」
彼女は挑戦的な言葉を吐いた。これは、彼女が、相手に威嚇などされて頭に来たとき、または、目的の相手と対面したとき、必ず使う決めゼリフである。
男はその挑発に何の返答もせずに襲ってきた。その手が彼女の首にかかったとたん働いた強善疏、弾かれたように首から手を放した。
これが、この天美の能力、強善疏の効力だ。そのあと、彼女は能力に屈した男に向かって厳しい口調で声を出した。
「あの店の人たち、罪なかったの。それをそれを! あんな無惨に殺すなんて!」
そして、男は強善流の効用どおり、今までの犯罪者と同じように、意志とは別に、自分たちが犯した罪について自白を始めた。
今までの爆破事件は、やはり、この男が、Sという老人から大金をもらって、三人の仲間と一緒に爆弾を作ったり、仕掛けていたのであった。
天美はSの正体を知りたかったが、この強善疏という能力は駆け引きができるものではない。男がSというイニシャルを使う限り、その素性は知らないということであった。
その後も男の告白を、天美は暗い眼をしながら、はらわたが煮えくり返るような気持ちで聞いていた。だが、すべての告白を聞くまでは我慢をすることにした。 強引に物理的には黙らさせることはできるのだが、そういう行動は彼女の性には合わないのだ。
天美が我慢をするなか、男の自供は続いた。問題はそこからの自供である。その内容は、かなり衝撃的なものであった。すでに、E計画が着手されているというのだ。
E計画、やはり、それは、爆破事件のコードネームだ。ある場所に、業者に変装した仲間たちと一緒に、爆弾を機材と偽って納入したということであった。
その爆弾は、さすがに計画と名付けるだけあって、相当な規模なものであった。そして、その爆弾が、明日の夜八時に、ある場所で爆発することによって、大惨事が起こり、同時に日本はかってないぐらいの大混乱に陥る、という内容であったのだ。
今回の男の役割は、仲間たちと一緒に現場近くに集まり、その爆発状況を撮影し、センセーショナルに配信をすることであった。その配信は全世界中に、くまなくするため、ハッカー技術に近い特殊な装置が必要であった。 その装置を作り上げるための部品を買いに行ったとき、天美と遭遇したのである。
だが、この告白には大きな矛盾というか、辻褄の合わないところがあった。そして、その矛盾には、正常な心理状態でなかったせいか、現時点では天美も気づいていなかった。
さて、その辻褄の合わないこと、とは何であろうか。男は爆弾を、ある場所に仲間たちと一緒に仕掛けたと言った。だが、強善流に陥っている限り、伝聞ではなく、自分で直接仕掛けた場所に、ある場所という曖昧なセリフは考えられないのだ。それでも、ある場所、としか言えなかったということは! それだけの事情がある。
一方、天美は男の告白を聞き驚愕していた。思わず、
「それで、その爆弾、どこに仕掛けたの!」
と血走った目をして尋ねた。
「その、ば、場所は、だ、だめだ。ううう、実は、そ、そこは・・・」
男の言葉の途中、天美は危険を感じた。そして、素早く男から離れた。とすぐに 爆弾がはじけたような音がし、その身体は吹っ飛んでいたのだ。
血や肉片が飛び散り降っていた。はっきり言って想像したくない光景である。普通の女の子なら、そのあまりにもの衝撃で、気絶するのは間違いないであろう。
セラスタ時代から、久しぶりに受けた衝撃に、天美も身体のふるえが止まらなかった。
しばらく、呆然としていたが、やがて我に返ると競羅に連絡を取ることにした。
彼女は携帯を所持していなかったが、秋葉原中央通りに公衆電話があることを、把握していた。急いで、そこに戻ると、競羅に電話をしたのである。
そして、その通話先からは、今日もまたパチンコ台のジャラジャラした音が、
「今回は、何の用だい?」
競羅の声が聞こえた。公衆電話だからこそ、天美ということがわかったのか。
「あー、また! そんなのやってて。楽しいの!」
天美は呆れたように声を出した。
「こっちの勝手だろ! それで、用事は何だい?」
「この間の爆弾犯人、見つけたのだけど」
「見つけたって、あんた、どういう意味だい?」
競羅はそう答えた。普通はこういう反応だろう。
「だから、本当に犯人見つけたの。それで、ちから使って、白状させたのだけど、そのあと、その犯人自爆しちゃって」
「自爆って?」
「言葉通り、爆弾、持ってて、爆発したの! すごい、気持ち悪かった」
「えっ! おい! どういうことだよ?」
「それに、『ある場所で、明日の夜八時、大惨事と同時に大混乱起きる』って、もうこれ以上、電話で話せない!」
天美の緊迫した言葉に、競羅も、ただごとでないと感じた。そして言った。
「わかった、すぐに、精算して出るよ。どうも、普通じゃないようだからね。では、あとの話はこっちのアパートでね」