第一章 2
現場を去った天美は近くのコンビニを見つけると、電話ブースに近寄った。むろん、競羅に連絡を取るためだ。競羅というのは、朱雀競羅といい、彼女がこの日本で最初に会った女性である。つまり、日本における天美の協力者というべき人物であった。
数回の呼び出し音のあと、通話がつながると、
「もしもし、誰だい?」
受話器の向こうから、その競羅の声がした。そのバックからは、勇ましい音楽とともに、パチンコ台のジャラジャラ鳴る音がした。
「また、やっているの! こんな大変なこと、起きたときに!」
天美は、とがめるように声を出した。
「あんたかよ。今、手が離せないのだけどね」
「何、言ってるの! 目の前で、建物、大爆発したの!」
「爆発ね。それはそれは、今、こっちも爆発中でね。絶好調だよ」
競羅は上機嫌であった。
「もう! ざく姉、真面目になって。本当に爆発なの!」
「はあ、よく聞こえないよ。店内はうるさいからね」
「だから・・」
天美が話していると、パトカー、消防車、救急車のサイレンが、次々と聞こえてきた。
携帯の受話器ごしに、その音を聞いた競羅は真剣になった。彼女は回りに聞こえないように、低い声を出していった。
「これは、実際、大事件が起きたようだね」
「だから言ったでしょ。爆発、目の前で起きたって。例の連続的な」
「おい、本当に、また事件が起きたのかよ!」
「そう、今回は、わったしの目の前で!」
二人の会話から、爆破事件は初めてでないようである。
「それで、その場所はどこだい?」
「わったしが、たまに行く、高輪のレストラン」
「えっ! あそこが爆破されたのか!」
競羅のボルテージが上がった。そして、その競羅の声は続いた。
「そっちへ行きたいけど、現場はパトカーや消防車などで大変な状況だろ」
「そう。もう、すごい状態!」
「では、あんたが来な。こっちも、すぐに玉の交換をすまして、家に戻るからね」
「わかった」
天美がそう答え通話が終わった。
三十分後、天美は競羅の住んでいるアパートの一室にいた。
テレビの画面では爆破現場の激しさを生々しく報道していた。
「ほんとに悲惨だね」
競羅は、ため息をつきながら口を開いた。
「とにかく、許すわけにいかない! 小さい子供たちも、たくさんいたのに」
天美は、まだ怒りで興奮をしていた。
「けどね、今度の事件は、いつもと違って相手がわからないのだよ」
「そんなことない。わったし、きちんと、顔、覚えてるから」
「覚えている? と、いうことは、あんたは犯人を見たのか?」
競羅が驚いたような顔をして尋ねた。
「うん。怪しい男、外にいたの。だから・・」
天美はそう言いながら事件のときの説明を始めた。
説明を聞き終わった競羅は、ほおをゆるめて言った。
「そうだったのかよ。それなら、今度会ったときは、捕まえることができるね」
「むろん。捕まえる!」
「でも、どこに現れるのか? まではわかるのかい? 警察だって、今度の事件では手を焼いているのだよ」
「それは、警察が、きちんとした捜査、しないからだと思うけど」
「じゃあ、あんたのカンでは、次にどこだと思うのだい?」
「それは、ちょっと、わからないけど」
「結局、あんたも警察と一緒じゃないかよ」
競羅は舌打ちするように答えたが、思い出したように声を出した。
「そうだ。数弥だったら、詳しいデータを持っているかもしれないね」
「数弥さんね」
天美も微笑んで声を出した。数弥というのは、野々中数弥と言って、二人と親しい真知新聞の記者である。たいていの事件は、この数弥の協力で解決していた。
「では、連絡を取ってみるよ」
競羅はそう言うと、携帯電話を通話ボタンを押した。
ところが、いつまでたっても相手はでなかった。競羅は困ったような顔をした。
「つながらないね」
「どうなってるの?」
「さあ、よくわからないね。おそらく、こっちが思うには、この事件の発生を知って、慌てて飛んでいったとき、電話を置き忘れていったのだと思うよ。確か前にも数度、同じようなことがあったからね」
「そうなの」
天美は不満そうな顔をしていたが、彼女もまた、何か思い出したのか、
「だったら、所長さんに頼めば」
と声を出した。所長というのは二人の共通の知り合いである私立探偵社の所長、外村御雪のことである。競羅と同年であった。
「えっ! 御雪かい?」
競羅は困ったような顔をした。天美の扱いに対しては、そりがあわないのだ。
「だって、探偵だし、こういうこと、調べてる可能性あるでしょ」
「あるといえばあるだろうね。あんたに似て事件が好きな奴だからね」
「それなら、聞いてみる価値あるでしょ。ざく姉だって、今まで、どこで事件起きたか、知りたいから、数弥さんにかけようとしたのだし」
天美の言葉に、競羅はしばらく考えていたが、やがて、
「そうだね。数弥がいないから仕方ないか。では、連絡を取ってみるか」
と言うと、受話器を持ち上げ、通話ボタンを押したのである。
「はい、外村ですけど」
御雪は数弥と違って、すぐに出た。
「もしもし、御雪かい?」
「その声は競羅さんですね。モニターにお顔が映りませんので、御本人かどうかは確認できませんけれど」
「ああ、何度も言っているだろ。カメラを仕込んだ電話は性に合わないって」
「さようで御座いましたね。それで、本日のお用件は何で御座いましょうか?」
「今日、高輪で、また爆破事件が起きたことを知っているかい?」
「ニュースで拝見しました。今回のは、今まで以上に悲惨なようですね」
「それなら話が早いね、それで、その事件についてだけど」
競羅の言葉を聞き、御雪の口調が固くなった。
「では、競羅さんの御用件とは、今回の爆破事件のことでしょうか?」
「ああ、その通りだよ。ここんとこ続いている、その連続爆破事件だよ」
「それは、また危険なことです!」
御雪は危険を強調した。あきらかに事件に首を突っ込みたくない様子である。
「そんなことはわかっているよ。でも、今回はボネッカが巻き込まれたのだよ」
「えっ! あのお子様がですか?」
「ああ。あの店で偶然に食事をしていたようなのだよ」
「それで、大丈夫でしたでしょうか?」
「ちょいと、傷を負ったけどね。今ここで怒っているよ。『犯人を、許せない!』てね」
「わかりました。わたくしでよろしければ力をお貸しします」
「おや、今度は積極的だね」
競羅の口調が皮肉っぽくなった。
「さようで御座いますか」
「ああ、あの子が事件に関係していると聞いたら、急にやる気になって。こっちは、まだ何も言ってないけどね」
「それは、競羅さんの誤解です。わたくしといたしましても、かように非道な犯人を、野放しにするわけには参りませんので」
「本当に、そういう気持ちならいいけどね」
「競羅さん。そのお言葉、いかような意味でしょうか?」
「別に意味はないよ。それよりあんた、今、事務所にいるのかい?」
「いいえ。仕事のために外出中です」
「そうかい。その仕事は時間がかかるのかい?」
「人捜しですので、なんとも申し上げられませんけれども」
「じゃあ、めどがつくまで動けそうもないね」
「さようで御座いますが、今日は、きりがつきましたから終わりにさせていただきます」
「ははは、そうかい。それなら、もうすぐ事務所に戻るね」
「はい。二時間後なら、お会いできます」
「わかった。二時間後だね。あんたの事務所に行くよ」
「では、お待ちしております」
そして、競羅は通話を終えた。