エピローグ
エピローグ
天美は、翌朝、病院のベッドで目を覚ました。
彼女は救出されると、十条警部と一緒に、警察病院に担ぎ込まれたのだ。
そのあと、酸欠とかレントゲンの精密検査をするために、入院させられたのである。
その彼女の前に、二人の人物が立っていた。なじみの女性警官の、後翔子と佑藤恭子の悠々(UU)コンビである。
「あら、今、お目覚めなの」
翔子が笑いながら声を出した。
「えーと、ど、どうして?」
天美は戸惑った。
「あら、ここ、警察病院よ。あたしたちがいても不思議じゃないでしょ。本当は、一般病院に担ぎ込もうと思ったけど、十条さんと同じ警察病院にしたの」
「そうそう、あなた、あのあと、ぐったり疲れて眠っていたのよ」
恭子も苦笑しながら答えた。
「そうだったの。それで、警部さんの方、どうなったの?」
「おやおや、気になるの」
天美の質問に、恭子がいたずらっぽい口調で言い返した。翔子も同様の感じである。
「そういうわけではなく、一応」
「ふーん。一応ねえ」
恭子は軽く復唱をすると説明を続けた。
「簡単な精密検査を受けたけど、異常なしで、本庁に出勤したみたいよ。上に逆らったことも、当然おとがめなし。敏腕警部は、それぐらいでなくちゃね」
ここで、翔子が意味ありげの笑みを浮かべて尋ねてきた。
「ところで、あたしも一つだけ、聞きたいことがあるのだけど。あなたの方は、あそこで、警部さんとは、まったく、なーんにもなかったの?」
「あそこって?」
「むろん、閉じこめられたくらーい所よ。三十分ぐらい一緒にいたのでしょ。若い女性と男性、普通は何かあるでしょ。あーんなこととか、こーんなこととか」
「ちょっと翔子。実際、もし何かあったら、わたしたち警部を、青少年条例違反で、逮捕しなくてはいけなくなるのよ。あの警部が、そんなお馬鹿なこと、するわけないでしょ」
恭子は慌てて声を出した。
「それは、そうだけど。この子と警部のことが気になったから」
「あら、あなた、もしかして、十条警部に興味があったの?」
「まさかー。おじさんは対象外。でも、興味があるでしょ。何と言ったって、十条警部は、今、一番、会社で話題の人だし、それに、超二枚目で独身」
「しかし、わたしたちにとっては雲の上の存在よ。社内でも、何人かの先輩たちが、アタックしたけど、みんなダメだったわ。でも、いくら渋くて魅力的の男性でも、昔の、それも結婚した女性の面影を、いつまでも引きずっている男性は、わたしは無理かな」
二人とも、警部は恋愛の対象でなかった。だからこそ、天美は無事でいられるのだが、
「それより、そろそろどう?」
恭子は目で合図をした。
「そうね。引き延ばしても仕方がないしね」
二人の意味ありげの態度に、天美はぎくりとした。
「何、変な顔をしているの。あなたにとって、いいことよ」
恭子は微笑みながら答えると、片手に持っていた手提げ袋を前に出した。そして、しゃれたリボンで結われた黄緑色のビニール袋を取り出して、天美に手渡した。
「こ、これは?」
「その十条警部さんからの御礼よ。今日、渡されたの。あなたの服、一つ台無しにしてしまったでしょ。それと、助けてもらった御礼の意味をこめてね」
「ありがとう。中見ていい?」
「どうぞ、選んだのは、一課の女性管理官だから、気に入るかどうかわからないけど」
翔子にうながされ、天美は包装を解いて中を開いた。
入っていたのは、一流ブランドの超高級ブラウスセットであった。
「わあー」
天美は素直に喜びの声をあげた。
「良かったね。しかし、あなた港豪苑に住んでいるのだから、これぐらいのものを着ていても、おかしくないわよ」
恭子は目を細めていた。
「でも、これ、高かったでしょ」
「さあ、一課の刑事たちの気持ちも混じっているのじゃない。実際、あなたが、警部の命を救ったのだから、それぐらいは、もらってもいいと思うわ」
「本当にありがとう」
天美は答えながらブラウスを抱きしめた。その様子を見ながら翔子が言葉を続けた。
「しかし、あなた、今回は本当に危なかったのよ。犯人がパスワードを自白して、爆弾が解除されたのは、一秒を切っていたのだから。担当の係官の人たちは、後から、そのタイマーの時間を見て、声も出なかったということよ」
翔子の言葉通り、まさに、あのときは時間との戦いであった。
競羅が、最後に確認したときのタイマーは十五秒前。
そして、穴からでいる天美の指に押しつけ、強善疏がはたらいたのが五秒前。
能力に堕ちた坂梨が、爆破装置に近づいて、解除パスワードを装置に仕込まれているマイクに向かって叫んだのが二秒前であった。
翔子は苦笑をしながら、言葉を続けた。
「しかし、今回は、あの赤雀にも、少しは感謝をしないといけないかな」
「ざく姉に!」
「ええ、まったく、面白くない話だけど、あの雀のブチ切れた行動がなければ、今頃、大変なことになっていたのだから。鈴木警部補の話を聞くと、何かもう、ものすごかったみたい。相手は九十前の年寄りだというのに、非情にも、その髪の毛をつかんで引きずり回した上に、顔を瓦礫にぶつけたのですって。その痛さと恐怖で思わず白状を」
「わー、それは、ひどーい! 痛そう! 老人虐待ね」
恭子が気の毒そうな声を上げた。
「でも、犯人も自業自得よ。十条さんたちの尋問が、おとなしかったことをいいことに、あたしたち警察を馬鹿にしきっていたのだから。いい気味ね」
「何にしても、あの人らしいっていうか、相変わらず、やることが凶暴ね。そう言えば、先ほど、彼女に、こっぴどく、やられたという被害者たちに、ここで出会ったわ」
「ここで?」
その言葉に引っかかり、恭子に尋ねた天美。
「会ったのは、昨日、現場を警備していた同僚たち、今、この病院で診断書を書いてもらっているんだって、三人いたのだけど、みんな、ひどい状況だったわ、ほおや胸を押さえながら顔をしかめて。聞いてみると、あの人、かなり無茶苦茶をやったらしいわね。五人いたみたいだけど、あっというまに倒されたのだって。要入院の人も出たようね」
「それは、かなりボコったのね、あーあ、また半殺しの犠牲者か」
翔子はそう感想を延べ。そして、天美は心配そうに声を上げた。
「入院も? それで、ざく姉、どうなるの?」
「それについても、うらみつらみっぽい口調で文句を言っていたわ。『明白な公妨や暴行をしたのに、おとがめなしだってよ。それに、ふざけたことに、爆破を防いだということで、あいつに本部から報奨金が出るんだとよ。まったく警備なんて、あほらしくてやってられないね。痛たたたた! くそ!』と、聞いていたら、おかしくなってきちゃって」
「でも恭子。その御礼の話ね、どうやら、あたしが聞いた話だと、断ったみたいよ。『そんな、がらではない!』って言って」
「そうだったの。あの人らしいと言えば、らしいかな」
「あたしだったら、家族のみんなも、大喜びをしてくれるから、絶対にもらうのに」
「そこが、あの人の変わっているところよ。ほぼ、わたしたちと同年代なのに、ここまで考えが違うなんて。まったく、もったいない話ね」
二人はそう会話を続けていた。天美は、その様子をベッドの上から、
〈何にしても、この事件、終わったんだ〉
ホッとした表情で見つめていた。
第七エピソードに続き、警察病院に入院することになってしまいました。