第14章
十四
「それで、あんただけ、のこのこ、帰ってきたのかい!」
合流予定の非常線前で、大声を出したのは競羅である。崩落を見た数弥は顔を青ざめ、すぐに、競羅のところに報告をしにいったのだ。
「のこのこって、早く知らせるために、思いっきり走ってきましたよ。電話だけでは、詳しいことは説明ができませんから」
「そういうことではないだろ。あんたがいて、何をしてたんだよ!」
「すみませんでした。ですが、あまりにもの突然のことで、本当に、あの場合は」
「男だったら、ぎゃあぎゃあ、言いわけをするものではないよ! それで、あんた、あの子に、もしものことがあったら、どう責任を取るつもりなんだい!」
「しー、姐さん、声が大きすぎます。皆さん、びっくりしてますよ」
数弥の言葉どおり、この口論は、まわりの群衆に筒抜けであった。
群衆たちは、みな、競羅の剣幕におびえ、二人から離れ始めた。興味を持った目で、遠巻きにながめているだけである。
「大きいがどうしたのだよ。声をおさえている場合じゃないだろ! とにかく、現場に行くよ。どういう状況か、確かめる必要があるからね」
「行くって、姐さん、どうやって、この非常警戒を抜けるんすか?」
「そんなの、どうとでもなるよ!」
競羅は怒ったように答えたとき、
「どうしたのですか?」
一人の制服警官が声をかけてきた。口論の制止に入ってきたのだ。
「ちょうどよかった、あんた、あそこのビルに案内をしてくれないかい?」
競羅は、その警官に向かって声をかけた。
「何を言っているのですか? そんな無理なこと」
警官は呆れた口調で答えた。
「そっちこそ、何を言っているのだよ。こっちの話を聞いていなかったのかい。まだ、あのビルの中に、逃げ遅れた女の子が一人、いるのだよ」
「本当ですか!」
警官も声を上げて聞き返した。
「ああ、本当だよ。だから、その役立たずの新聞記者に文句を言っていたところだろ」
「今、確かめてみます」
警官はトランシーバーのスイッチを入れ、応答を始めた。
「そんな、ひまなんてないよ!」
競羅は、そのまま、通行止めのロープを強引にくぐり始めた。。
「あっ、待ちなさい!」
警官は慌てて注意したが、競羅は、それを無視して、前に走り出そうとした。
「おい、こら!」
「何をしているんだ!」
たちまち、競羅を取り押さえようと、五人の警官たちが集まってきた。計六人だ。
ここからは、警官と競羅のバトルである。競羅は、まず、腕をつかんできた一人目の警官を大きく振り払った。
「貴様、公務執行妨害で逮捕する!」
二人目の警官が、警棒を持って取り押さえに来た。競羅は相手の動きを読み、逆に警官から警棒を奪い取った。
さすが、道場主の娘というか。警棒を持った競羅は鬼に金棒である、あっという間に、彼女を取り押さえようと向かってきた四人の警官をたたきのめした。
「何か爆弾騒ぎより、こっちの方が面白いなあ」
群衆たちは、そのバトルを目を輝かせて見つめていた。完全に見せ物状態である。
年配の警官が逆上した。彼は腰から拳銃を抜き叫んだ。
「やめろ! これ以上、抵抗すると射殺するぞ!」
その声に競羅の動きは止まった。
「手間をかけさせやがって」
その警官は拳銃を持ったまま、手錠をポケットから取りだし、競羅に近づいた。そして、競羅の手をねじりあげようとしてつかんだ。
「待ってください。宇崎巡査長!」
そのとき、制止の声がした。声を出したのは、先ほど、トランシーバーで応答をしていた警官である。その警官は切迫した口調で言葉を続けた。
「この女の人の言うとおり、まだ、中に少女がいます!」
「何だって! 本当か?」
「間違いありません。今、確認をしましたから。それも、あろうことか、現場で落盤事件が起き、そこに閉じこめられているようで」
「落盤事件で閉じこめられている?」
宇崎と呼ばれた警官は思わず尋ねた。
「ええ、以前もあの場所で爆破事件がありましたでしょう。あの爆破場所、もろくなっていたみたいなんですよ。それで今回、作業中に、二次災害が起きたみたいで」
「でも、どうして少女が、そんな場所に?」
「避難から逃げ遅れたみたいですね。そこを、刑事たちに発見されて、責任者の警部が近くに立って保護をしていたのですが、まさか、そこが!」
どうも、正確な情報を報告してないようである。実際、警察のプライド上、一般制服ごときに真相を話すことはできないが。それでも、ある程度は話は通じたらしく、宇崎巡査長は納得したように声を上げた。
「だとすると、まあ・・」
その言葉とともに、競羅の手をつかんでいた宇崎巡査長の気がゆるんだ。
競羅は、その瞬間をのがさなかった。すかさず、もう一方の手で、宇崎巡査長の腹に、拳をたたきこんだのだ。思わず巡査長がつかんでいる手を放した。
そして、そのまま、ビルの方面に駆けだしていった。
「ま、待て!」
巡査長は声を出すのが精一杯であった。
「宇崎巡査長! 追うのはやめましょう。ビルの中の少女は、あの人にとって、よほど、大切な人なのでしょう」
トランシーバーを持った警官が、たしなめの声を出した。その言葉に、宇崎と呼ばれた警官は、なぐられた腹を苦しそうに押さえながら、
「そうか、そうだな。こちらは、できるだけ引き留めたんだ」
と仕方なさそうに答えると、競羅に倒された四人に向かって言った。
「君たちもわかったな、今回のことは、馬に蹴られたと思うのだな。上から何か言われたら、派手に殴られたところを見せて、『必死になって、引き留めましたが』だけは、しっかりと主張をしないとまずいぞ。見ての通り、大勢の人たちが目撃していたからな」
警官たちも釈然としないながらも、うなずくしかなかった。
競羅は正面玄関にたどり着いた。そこでは、連絡用のインカムをつけた高橋刑事が見張りを続けていた。競羅は、高橋刑事に向かって鋭い顔をして声をかけた。
「事情を知っているだろ。あんたの方は素直に入れてくれるだろうね」
「危険ですから、それは・・」
「あんた、こっちの性格、よくわかっているだろ。遠慮なく、ぶったたくよ。ただでさえ、さっきの面倒ごとで時間がないのだからね」
その剣幕に高橋刑事は首をすくめた。
「とにかく、中に入らせてもらうよ」
競羅は強引にビルの中に入っていった。
十条警部は夢を見ていた。夢の中の彼の目の前に、一人の女性が立っていた。天美の実の母であり、警部の初恋の女性、愛美である。
愛美は意味ありげな表情をして、警部に微笑みかけていた。
「愛美さん! 生きていたのですか!」
夢の中の警部は彼女に近づいた。そして、抱きかかえたとき、
「けいぶ! けいぶ!」
その耳に、鈴木警部補の呼ぶ声が入ってきた。
警部は目を覚ました。
その警部の身体の上に、暖かく、柔らかい感触があった。そこには、一人の少女がうつぶせになって倒れ、気を失っていたのだ。
「はっ!」
警部は反射的に身体を起こした。
あたりは暗闇である。先ほどの落盤で、電気系統にも異常をきたしたのだ。
警部は、まず、倒れている天美を見つけた。そして、
「愛美さん。こんなとこに、どうして?」
と、つぶやき、その天美をゆすった。
警部に揺らされ、天美も起きあがった。彼女は起きると、笑いながら声をかけた。
「刑事さん。また、わったしを初恋の女の人と間違えたみたい」
「な、何だ、君か! どうして、ぼくたちは、こんなところにいるのだ」
警部は相手が天美だと知ると、恥ずかしさをごまかすように大声を出した。
「見ての通り、あそこ崩れて、閉じこめられたのだけど」
天美は答えたが、警部の目には、その場所は暗闇にとけ込み、よく見えなかった。
「どうなっているのだ?」
そのため、警部は、まだ、自分のおかれた状況がわかっていなかった。
鈴木警部補の声が響いてきた。
「警部! 聞こえますか?」
「おー、鈴木君か聞こえるぞ!」
警部は大声で返事をした。
「よかった。ご無事で」
鈴木警部補の安堵の声が聞こえた。
「しかし、どうして、ぼくが、こんなところにいるのだ?」
「えっ! 覚えていないのですか?」
「覚えているって、何をだ?」
「落盤がおきて閉じこめられたのですよ」
鈴木警部補は大声を出して、状況について説明を始めた。
「つまり、ぼくの立っていたところが崩れたのだな」
「そうです。それで警部、そちらにもう一人、いませんか?」
「ああ、いるよ。ぼくの知ってる子がな」
「そうですか。やはり、見間違いじゃなかったようですね。その子が駆け込んでいって、警部を落盤から救ったのですよ」
「何だって! 本当なのか」
警部は驚いた口調で答えると、天美をにらんだ。
「君、また、そんな危険なことを!」
「だって、そうしないと、警部さん、間違いなく落盤に巻き込まれていたもの」
天美は弁解するように答えた。
「そ、そうか。まず礼を言わないとな。ありがとう」
警部はお礼を言うと、再び厳しい顔に戻った。
「それよりどうして、君はいつも、このようなことに首をつっこむのだ?」
「さあ、今回は、たまたまだと思うけど」
天美はとぼけた。これ以上、突っ込まれないためである。
「そうだったな、遊びに来て、騒ぎに巻き込まれたのだったな。しかし、何というか、まったく、君はもう変な運がついているな。行くところ行くところ、で大きな事件に巻き込まれるのだからな」
「それ、あるかも」
「あるかもって、君、それは、よくないことなのだよ」
「今は、そんな文句、言ってる場合じゃないでしょ。爆発前なのに」
「ああ、そうだな」
警部は、事の重要さを思い出した。
「でしょ。だから、向こうの刑事さんたちと、ここから出る話しないと」
「確かにそうだ」
そして、十条警部は落盤方向に向かって叫んだ。
「そっちは、どうなっているんだ!」
「ちょうど、ドリルがありましたから。今から掘削作業を始めます」
鈴木警部補の返事がした。
「そうか、頼む」
「待っててくださいね」
すぐに、そのドリルで岩盤が削られる、きしり音が聞こえてきた。
「ところで、刑事さん。今、何時なの?」
天美は思わず尋ねられた警部は、
「待ってくれ、今、見るから」
と、携帯端末を取り出し電光ボタンを押した。
そして、その時間を見るやいなや、反射的に叫んだ。
「何てことだ!」
「どうしたの?」
「もう、七時四十分をまわっているぞ」
「ということは、あと二十分しかないの」
「そういうことだ」
「とにかく、どんなことがあっても、爆発までには出なくちゃ」
天美は厳しい顔をしながら、ドリルの音が聞こえてくる岩壁を見つめていた。