第13章
何とか、爆破現場に潜入することができた天美。ここで、思わぬアクシデントが起こる。
そして、絶体絶命のピンチ
十三
声をかけた検問場所は、ETLSまで一番近く、直線一キロの地点である。
「真知さんですね」
提示された社員証を見ながら警官は言った。その質問に数弥は、
「そうす。先輩のところに合流をしに行きます」
「そちらは?」
警官の尋ねた対象は天美だ。紺色のつば付き帽子に、茶縁メガネ、グレイのブレザーを羽織っていた。確かに報道記者に見える服装である。
「今年入ったばかりの駆け出しす。現場を体験させようと思って連れてきました。社員証はまだありませんが、間違いなくうちの社員です。さあ、名刺名刺」
数弥にうながされ、天美は打ち合わせどおりに名刺を提示した。その名刺には、真知新聞社の社名と、かねてから作ってあったのか、架空の女性の名前が刷ってあった。
警官は名刺を惰性的に一瞥した。そして、何も怪しむ様子もなく言った。
「では、お通りください」
こうして、天美は非常線を抜けたのであった。
「こんな、簡単に抜けれるなんて?」
背後の警官の姿が見えなくなると、天美が声を上げた。
「ですから、記者の姿を警官が認めてくれたんすよ」
「でも、罠にかかったみたいで。気持ち悪いというか」
「そんなことはないすよ。結果的には抜けられたんすから、いいじゃないすか」
「この国の治安、こんなことで、いいのかなあ」
「もう、そんな、感想はどうでもいいすから、まずは、先に進みませんと。では、打ち合わせ通りに、一端、ここでお別れすね」
そして、数弥はビルの方向に走っていった。
七時半少し前、その打ち合わせ通り天美はETLSに到着した。そこは、ロープ前の厳しい警備とはうってかわって、石で造られた両端の踊り場に通じる階段前を含め、どこにも警備の警官の姿はなかった。爆破時刻が刻々と迫っていることも確かだが、正面玄関を除いては、すべての出入口が中から施錠されているからでもあるからだ。
その正面玄関には、十条班の高橋刑事が、形だけの見張りとして立っていた。
天美は外階段を登って、二階に当たる踊り場に着いた。そして、そこから 見つめるなか、数弥は、その高橋刑事に社員証を見せて中に入っていった。
さて、ここからが問題である。作戦を成功させるためには、その天美を建物の中に入れなければ何も始まらない。数弥は中の階段で二階の場所まで登ると、当初の予定通りに、踊り場に通じるドアの内ロックをはずし、その取っ手を引っ張った。
何と、そのドアは簡単に開き、警報機すら鳴らなかった。あらかじめに、踊り場に待機をしていた天美は、そのドアが開くと同時に素早く中に入った。
「どうして、ここから、簡単に入れるの?」
中に入った天美は、数弥に向かって不思議そうに尋ねた。
「だから、打ち合わせの時にも説明をしたでしょう、この建物は二十四時間年中無休なんすよ。また、二階は温泉施設ということで、この場所のドアは、本来なら、いつも解放をされているんす。今日は、このような事件が起きたので閉められていましたけど」
「だけど、手であけることできるなんて」
「これも、防犯上の理由すよ。昔は、このような、ハイテクビルで災害があったとき、勝手に機械制御がはたらき、閉じこめられて、かえって、命を落とした人が多かったすからね。ですから、この踊り場に通じるドアだけは機械任せにはせずに、万が一のときのために、中から手で開けられるようになっているんす」
「でも、まわりに、警備一人もいないなんて、なんか、やっぱり、罠にかかったみたいで」
「その言葉、さっきも言ってましたね。いいすか、警察としては、危険なところの人数は、なるべく制限したいんすよ。その分、非常線の方は厳しかったでしょう」
「厳しいねえ」
そう答える天美はじと目であった。
「それに、だいたい、この時間にビルに侵入するのは自殺行為すよ。これが逆に、今から爆弾を仕掛ける、というのなら、まったく、話は別すけど。それよりも、今はまず、現場に急ぎましょう。爆発まで、あと三十分ぐらいしかありませんから」
「それだけあれば、充分だと思うけど」
「こういうことは、早いに超したことはないすから。何が起きるかもわかりませんし」
そして、二人は地下の現場に向かった。そこは、昼間のときと違って、こうこうと照明が輝いていた。むろん、爆破処理をしやすくするためである。
二人は爆弾が仕掛けられている自販機に向かうため、昼間と同様に通路を曲がった。
そこは当然のごとく、数人の警察関係者が場を仕切っていた。手前には進入禁止のロープが張られ、一人の男が見張りに立っていた。十条班の佐々木刑事だ。
また、ロープの向こう側には十人の男がいた。五人の爆発物処理係、爆弾犯の坂梨、十条警部と鈴木警部補、そして、小林、渡辺の二人の刑事だ。
処理班は真剣な表情で、専門器具を使いながら爆弾解体作業を続けていた。
小林、渡辺の両刑事は交互に、手錠がかかり腰縄をうたれた坂梨を尋問していた。
天美はその坂梨を見つめた。坂梨は、超高齢の白髪頭の男である。だが、その目は異様に輝いていた、さながら、マッドサイエンストのような。
一方、十条警部は、警部補や部下の刑事たちと離れたところで腕を組み、悲壮を込めた厳しい顔つきをして、その坂梨をにらんでいた。
また、ロープの手前では、各会社の腕章をはめた新聞記者が数名、望遠レンズを使い、忙しそうに前方を写していた。その記者の中に見知った顔の人物がいた。赤いジャケットを着て、真知新聞の腕章をつけた男性を見つけたのだ。数弥は思わず声をかけた。
「あっ! ここの担当は、種間先輩だったんすか」
「おっ、野々中か。本当におまえ、今日も大手柄だったなあ。おまえがつかんだ情報のおかげで、あの坂梨が捕まったのだぜ。今回もトクやデスクが感心していたよ。社長も、ずっとニコニコだよ。だから、ここでも特別待遇だよ」
種間記者も応答をしてきた。
「いや、大したことないすよ」
「ところで、その子は、どうしたのだい? おまえが、よく、連れ歩いている子だけど」
そのときの天美は、帽子もメガネも取り、グレーのブルゾンを脱いでいた。
「ええ、この子すか。実は今日、たまたま、会うことになったんすよ」
「たまたま? それはまた、どういうことだい?」
種間記者は不思議そうな顔をして問い返してきた。見張りの佐々木刑事も、気になったのか、二人の会話に耳をかたむけた。ある意味、当然の反応であろう。
そして、数弥の弁解が始まった。かねてからのシナリオ通り、
「確かに、先輩が不審がるのは、もっともすよね。また、偶然が起きたんすよ」
「偶然って?」
「僕が、こういうことを言うのも変なんすけど、この子、すごく事件とか、そういうものに興味があるんすよ」
「だから、ここまで、連れてきたのか!」
種間記者の言葉がとがった。とんでもないことをしてくれたな、という目である。
「まさか、いくら何でも、そんな理由で、こんな、危険なところに連れてくるわけなんてないじゃないすか。実は、一時間程前に、この子から、僕の携帯に電話がかかってきたんす。どうも、話を聞いてみると、偶然にも、このビルに遊びにきて、この爆弾騒ぎを知ったようなんす。おとなしく避難誘導に従えばよかったんすけど、どうやら、持ち前の好奇心が持ち上がってきたみたいで、トイレか、どこかに、絶対に見つからないように隠れていたようなんすけど、やはり女の子、不安になって」
「それで、結局、ここにか?」
種間記者は呆れたような声を出した。
「ええ。僕も、徳本さんから、いまだに解除ができてないと聞いたもんすから、どうしても気になって、このあたりを取材していたんすよ。だから、何とか駆けつけることができたんす。それで、二階まで迎えに行って、戻ってきたところす。あっ、二階にいくとき、そのあたりの話は玄関にいた刑事さんにも了解を取っています」
「なんだかなあ」
「そのあと、初めのうちは、一緒に連れて帰ろうと思ったんすけど、やはり、えへへ、ここまで来たら、現場を見たいじゃないすか。でも、そうなると、この子を一人で帰らせないといけないし、そんなことは危険すから、そうこう思っているうちに、この子が言い出したんすよ。『どこかに、十条警部がいるはずでしょ。さっき、声がしたんだから、そこに連れて行って』と。よくないこととは思ったんすけど、やはり実際、一人で外に出すわけにはいきませんし、まずは、警部に会わせる方がいいと判断しまして」
「結局、そういうことで連れてきたのだな!」
声を出したのは佐々木刑事である。彼は怒ったように続けた。
「やはり君か! いつも、危険なことばっかり、首を突っ込んで!」
佐々木刑事は天美をしかりつけた。そして、十条警部の方を向くと、困ったような顔をして、大声で叫んだ。
「ちょっと、警部! また、この子ですよ。何とかしてください!」
十条警部は、佐々木刑事に呼ばれるまで、天美の存在に気づかなかった。それだけ、坂梨の方に意識を集中していた。今回、自分の取った行動は、刑事生命、いや本当の命を賭けたものなのだ。実際、坂梨が最後まで自白しなければ、爆死は確実の状況でもあった。
「警部、本当に、何とかしてください!」
その声に、十条警部は、ようやく我に返った。そして、反射的に、佐々木刑事の方に振り向き、天美がいることに気づいた。
天美と警部は目と目があった。警部は何とも言えない複雑な顔をした。たとえて言えば、自分が、命がけで働いている危険な現場に、娘が見学をしにきたような気分であろう。
天美も、すまなさそうな顔をして、警部を見ていた。その様子を見て、
「天ちゃん、これは、警部にあやまりにいった方がいいすね」
数弥が声をかけてきた。計画通りの行動である。しかし、その天美は、警部のいる方角を真剣に見つめているだけであった。
「どうしたんす。早く、あやまりにいかないと」
その数弥の声に、天美は、ピント違いの質問をした。
「ところで、一つ気になることあるけど、さっきから、処理係の人たち、あの変てこりんな機械、使って何してるの?」
天美が気になっているのは、およそ、爆破の解体には似つかわしくない、高さ約三十、幅約五十センチで、パラボラアンテナがついた機械であった。
「今は、そんなこと、どうでも、いいじゃないすか」
「でも、あの機械が、どうしても気になるのだけど」
「そんなこと言われても僕だってわかりませんよ」
「これは、音波を出して、爆弾を止めようとしているんだ」
会話が聞こえたのか、機械近くにいた渡辺刑事が答えた。
「音波で爆弾をすか?」
数弥は不思議そうに問い返した。
「まだ、専門の人間しか知らないと思うけどね。起爆を止めるときに、超音波を流す方法もあるのだよ。今回は、ありとあらゆる方法を使って、爆破を止めなければならないからね。だから、ここで使っているのさ」
「でも、全然、音らしきものは聞こえませんね」
「それは当たり前だよ。人間の耳には聞こえないヘルツ数だからね。もし、聞こえているとしたら、頭が痛くなるはずだぜ」
「やはり、これは超音波の発信器ね。それで、あの場所が、あっ!」
天美は答えると同時に、ロープをくぐって駆けだしていた。
「天ちゃん、いきなりは作戦と違いますよ」
「あっ、ちょっと、君、待ちなさい!」
数弥と佐々木刑事が声を出した。
しかし、天美は止めるのも聞かず、猛然と走っていた。彼女は、十条警部の方に走っていった。しかし、なぜか、途中にいる坂梨には目もくれずに、
「本当に、君、何をやっているんだ!」
佐々木刑事が再び声を上げた。まさに、そのとき、
近くから、何かが崩れてくるような落下音が響いてきた。
「おい、今の音は何だ? 警部のいた方角だぞ」
「何だ、何だ! 爆発か!」
渡辺刑事と佐々木刑事が口々に叫んだ。
刑事たちが見つめると、あたりは、すなぼこりで、もうもうと煙がたちこめていた。
しかし、現場は、ある場所を除いては何も起きていなかった。もし、爆弾が爆発していたら、こんな発言すら、できなかったであろう。
まもなくして、砂ほこりが収まり視界が開けた。
そして、刑事たちは息をのんだ。何と目の前に、十条警部がいなかったのだ。ちょうど、彼が立っていた場所は、コンクリートの瓦礫で埋まっていた。
「まさか、警部、ひょっとして押しつぶされて・・」
小林刑事が、しぼり出すような声をした。
「そういえば、誰かが、こっちに走って来たような」
渡辺刑事も目をこすりながら口を開いた。
ロープ前の数弥、佐々木刑事も唖然とした表情である。
「て、天ちゃん・・」
あまりにものことで、数弥は、これ以上、すぐに声が出なかった。
「まさか、このまま、死んだんじゃないすよね」
数弥の目は、うつろであった。
最後の結末まで完成しましたので、ここからハイペースで投稿します