第12章
十二
「あんた、会社に、このあと、どうなったか、様子を聞いてみてくれないかい」
競羅はそう言葉を続けた。その言葉に数弥は、
「やはり、気になるんすね」
「ああ、なんとなくね。こうなったからには、一応、結末だけは知っておきたいから」
「わかりました。徳本さんに連絡します」
数弥はそう言うと、携帯を取り出し通話ボタンを押した。その通話の内容は、
「えっ! 釈放、中止になったんすか!」
その数弥の応答とともに始まった。そのあと、数弥は相手とやりとりをしていたが、
「はい。では、そのときはお願いします。どうも、ありがとう御座いました」
と最後にそう言って、通話を終えた。
通話が終わると、すぐさま、競羅は声を掛けた。
「どうも、釈放はなかったようだね」
「ええ。徳本先輩の話では、そのようなことになりました。捜査一課の十条警部が猛然と上役たちに異議を申し立てたんす。『犯罪者をあてにするなんて、あってはならない。だいたい、偽のデータだったら、どうするのだ!』て」
「あの警部さんがそんなことを!」
思わず声を上げた天美。実は天美が一番信頼している警官は、警視庁内では十条警部であった。よく事件で知り合う間柄なのである。
「あんた。何を興奮しているのだよ」
「さすがと思ったの。わったしと同じ考えだったから」
「そうか、あんたも、何か言ってたからね。そんなようなこと」
「結局のところ、その警部の説得に、上層部も考え直したようす」
「いや、すべての責任を、十条警部にかぶせるだけだよ。しかし、まったく、困った連中だね。このあとを、いったい、どうする気なのかね。でも実際、坂梨の奴が本当のパスワードを教えるか、その確信もないし。考えるとイライラするね」
「もう、こうなったら、わったし、絶対、警察に乗り込んで行く!」
「と言っても、天ちゃん。普通では、もう間に合いませんよ」
「だから、あのヘリコプター、ジャックすればいいでしょ。警視庁にとんぼ返り」
これが、天美がヘリコプターの音を聞いたとき、考えていたことである。
だが、ここで、数弥は次のようなセリフを言った。
「いや、そんなことしなくていいすよ。実はあのヘリコプター、坂梨も乗っていたんす」
「なんだって、どういうことだよ!」
驚きの声を上げた競羅。天美の眼が光った。
「ですから、そういうことなんす。十条警部が、強引に上層部と掛け合って、部下たちと一緒に、坂梨を現場に連れ込むことにしたんす」
「これは、まさかの展開だね」
「ええ、僕が想像していた最高の展開す」
数弥は答えながら苦笑をしていた。
「確かに、奴を現場に連れて行って、死の恐怖を与えるのも一案だね。時間がない上、この膠着した状態から抜け出すにはね。自分の命をかけて勝負に出たのだね」
「そんなの無謀でしょ!」
「いや、どんな人間だって、死は怖いものだからね」
「でも、今回の犯人、けっこうな、おじいさん、なんでしょ。老い先短いような」
天美は何か思いついたのか、言葉を止めた。そして、トーンを変えると、
「わったし、また、大きな勘違いしてた! それも真逆の」
「どうしたのだよ、急に?」
「このこと、もっと、早く気がつかなければならなかった」
「だから、何を言ってるのだよ?」
「数弥さん、一つ聞くけど、江戸川なんとかという、あの大きな団地から、ここまでって、鉄道一本で、これるのじゃないの」
「それは無理す。でも、りんかい線の新木場駅までは、基幹レールバスが走ってますので、乗り継げば、三十分ぐらいあればこれます」
「やっぱり」
「何がやっぱりだよ」
「今回の犯人、最初から、この爆破現場で死ぬ気だったの。だから当日でも、わざわざ、移動しやすい、江戸川なんとかタウンというとこにいたのよ」
「おい、そうなのか」
「だって、ざく姉、言ってたでしょ。『この事件、自分の最後の集大成というか、あだ花にする』とかなんとか。きっと釈放されても、どのみち、ここに来る予定だったの。老衰や病気になって死ぬより、自分の理想かなえて散った方が。爆発だと死は一瞬のことだし。もしかしたら、犯人から言い出したかもしれないの。現場連れてったら白状するって」
「そうだとしたら、奴の思うつぼだよ。警部の行動、犬死にみたいなものじゃないかよ」
「だから、こうなったら、やっぱり、わったしの手で!」
その天美の声に数弥は呼応したように、
「そうすね、その通りすね。天ちゃんの考えは、現場に乗り込むということでしょ」
「うん、絶対そのつもり」
「では、時間がありませんし、すぐ、そうしましょう。僕も全面的に協力をします
「おや、あんた、すごい乗り気になったね」
競羅が皮肉っぽい声を上げた。
「当たり前でしょう。爆発は絶対に防がないといけないんすよ。今は場所が変わったんすから、警察に乗り込むことに比べたら、うんと楽すよ」
「そうかね。目標物は建物の中、それに、大勢の警官が勝手に立ち入りしないように、非常線を張って見張っているということだろ。さっきも、赤いランプが見えたし」
「僕は新聞記者すから、身分証明書を見せれば通れますよ」
「あんたが入っても、仕方がないのだよ。この子が行かなければ」
「でも、僕が入りやすくなったというのは、天ちゃんにとっても、いいことなんすよ」
「なぜだよ?」
「では、聞きますけど、姐さんも、この事件を解決するには、もう、天ちゃんのスキルに頼るしかないということは、わかっていますよね」
「ああ、そうだよ。今回も、そんな展開になってしまったけどね」
「それで、姐さんは、どうやって、爆破現場まで天ちゃんを行かすつもりだったんすか」
「あんたも、今更、変なことを聞くね。そんなの強行突破に決まっているだろ」
「では、姐さんも一緒に行く気なんすね」
「当たり前だろ。いくら何でも、この子、一人で行かすわけにはいかないからね。能力のお相伴にあずかって、行かせてもらうよ」
「しかし、それは、どうすかねえ」
「おや、何か言いたそうだね? まさか、あんた、こっちが、この子を連れて行くのに、不満があるから、いちゃもんをつけているのではないだろうね」
「いいえ、違います。少し問題が」
そして、数弥は天美に向かって質問をした。
「では、天ちゃんに聞きますけど、スキルなどを使って、何とかして、中の現場についたあと、どうするつもりすか?」
「どうするって? ただ、犯人に近づいて、触れるだけだけど」
「ですが、今回、警備をしているのは、十条班ということは説明をしましたよね。もし、そのとき、十条警部までが押さえにきたら、彼にもスキルを使う気なんすか?」
「あっ!」
数弥の質問に天美は一瞬声を上げた。だが、すぐに、きっぱりとした態度で答えた。
「それは、警視庁に乗り込むときでも同じでしょ。爆発、絶対させるわけにいかないのだから。でも、正直言うと、十条さんや警官たちに能力使うことなんて、したくない」
「そうすよね。それに、よく考えてください。直接、現場の地下に行くこと自体が変でしょう。姐さんたちは、本来、爆弾がどこにあるか知らないはずなんすよ」
「ああ、確かに、それもそうだね。でも、もう、そういう場合じゃないだろ」
「だから、そういう、いろんな意味で僕がいた方がいいんすよ。まず、非常線を抜けることすけど、天ちゃんは、記者として僕の助手となってもらいます」
「おいおい、大丈夫かよ」
「ええ、天ちゃんにそれらしい格好をさせれば、非常線を抜けることはできます。僕と一緒なら、新米で研修中とか言えば、仕方なさそうな顔をして通してくれますよ」
「けどね、そう、うまくいかなかった場合は、どうするのだよ?」
「まあ、そうすね。そうなったら、やはり、天ちゃんのスキルを使うしか」
「よく考えたら、それはダメ。警官の人たちに能力、使いたくないのも理由だけど、そのうちの一人が無線、使って、わったしの侵入、報告する可能性あるから。そうしたら、最初から、中にいる十条さんたちに警戒されちゃう」
天美がとがった声を上げた。
「確かにそうなんすけど、天ちゃん、どうしたんすか? 今更、そんなこと言って」
「大丈夫、状況変わった分、警察にばれない、別ルート、出てきたから」
「そんな場所ありませんよ。ビルにつながるすべての道は非常線が張られています」
「何、言ってるの、張られてない場所、あるでしょ」
「だから、この状況を見ただろ。ないって! あるとしたら、どこだよ?」
「海の中」
天美の言葉を聞き、数弥、競羅の二人は耳を疑った。そして、競羅は、
「海の中だって、あんた正気か」
「むろん正気。だって、もめ事なしで行けるなら、海の中が一番でしょ。爆破時刻は八時、今は七時ちょっと過ぎ、遠回りしても三キロ。それぐらい、余裕で間に合うでしょ」
「それはそうだけどね。そんな危険なこと、普通はありえないだろ」
「どこがなの! セラスタでは、しょっちゅうあったし。だいたい、作戦は確実に成功させないと、そのためには、危険なんて言っておられない!」
「わかったよ。でも、それは、あくまでも、あんたが、非常線を抜けることが出来なかったらのことだね。最初から、その作戦はやめようね。それでいいね」
競羅にそう言われ天美はうなずいた。その様子を確認した数弥は、
「もう、その話はいいすね。では、次に移りましょう。非常線の先は、もう一般の警官は一人も配置されてはおりません。中の警備は十条班だけす」
「それは、間違いないのかい」
「ええ、さすがに、爆破時間がこれだけ近づきますと。この情報は、先ほどの連絡で、先輩から聞きましたから確実す。それで、そのビルへの入り方すけど」
数弥はそう言うと、自分の考えていることについて二人に話し始めた。そして、競羅は。
「それって、本当なのかい?」
「ええ、あそこは、そういうとこすから」
「それを信じるよ。まあそうしないと、確かに面倒だからね」
「では、続きをしますね。僕と合流した天ちゃんは地下の爆破予定現場に行きます。当然、刑事の一人が尋問をしてきます。そうなったら、天ちゃんは、刑事に向かって、『興味があったので見ているうちに避難から遅れた』て、言えばいいんすよ」
「遅れた? えっ! どういうことだよ?」
「わかりませんか、つまり、天ちゃん、こう言えばいいんす。『今日、たまたま、このビルに遊びにきていたのだけど、そのとき、爆弾が仕掛けてあるという放送があって』」
「わかった、そのあと、こう言えば言いのでしょ。『それで、すぐに避難してくださいって指示あったのだけど、でも、わったし興味出てきちゃったので、これから、どうなるかと思って、こっそり、どこか簡単に見つからないところに隠れてたの、そうしたら、出れなくなっちゃって』て、だいたい、そんなようなこと言えばいいんでしょ」
天美は微笑みながら、数弥の説明の後を続けた。
「ええ、そうすよ。そんなたぐいのことを言えばいいんすよ。警察は、よもや、後から忍び込んだなんてこと、夢にも考えませんから、間違いなく信じますよ」
「でも、そうなると、めちゃくちゃに怒られるだろうね」
「ええ。刑事たちには、当然のように、『危険なことして!』とか、きつく叱られるでしょう。でも、逮捕や補導まではされませんよ。犯罪になるようなことは何もしてませんすから。そのあと、叱られた天ちゃんは、ばつが悪い顔をして、十条警部にあやまりにいくんす。その途中、素早く、坂梨に触れるんすよ」
「ほお!」
競羅は思わず感心したかのように声を上げた。そのあと、次の言葉を続けた。
「なるほど、確かに自然な形だね。でも、あんたと一緒のことは怪しまれないのかい」
「そんなの、どうとでもなりますよ。取材のためにビルに入った僕が、たまたま、天ちゃんを見つけたか、天ちゃんが僕を見つけたか、どっちでもいいんす。要は僕が手引きして、侵入させたと思われなければいいんすよ。ということで、この作戦でいいすね」
「そうだね。あんたたたちだけじゃ不満だけど、今回は、それで行くか」
「わかってくれましたか」
「ああ。もう七時をまわっているし。これ以上考えているひまなんてないしね」
競羅はそう答えると、天美の方を向いて、にこやかな顔になって言った。
「いろいろ、目まぐるしく展開が変わったけど、やはり、あんたの出番はあったね。まあ、こういう形になるとは思わなかったけどね。あと、できるなら、海はやめようね」
そして、競羅と別れた数弥と天美は、外に出ると、まずは、近くにあるファッションビルに入った。そこで、新聞記者らしく見える服と、念のための水着を買うためだ。次に電気屋に入り、これまた、万が一のために充電式ドライヤーを買った。準備万端である。
そのあと、変装を終えた天美は、数弥と南の方に歩いて行った。進めば進むほど、ものすごい人だかりである。強引に進むと前方に赤く点滅する光があった。非常線だ。
なおも、人混みを進んでいき、二人は非常線の張ってある場所に到着した。
そこでは、慌ただしそうにトランシーバーを持った数人の警官がいた。数弥は緊張した顔をして、そのうちの一人の警官に声をかけた。