第十章
十
「おいおい、冗談だろ」
競羅の声に数弥が説明に入った。
「冗談ではありません。本当にウランすよ。なぜなら、そっちの方が、安く仕上がる場合もあるからすよ。ロケットの燃料は、ジェット機の燃料よりも、噴射力が強いものを利用します。当然、噴射力が強くなればなるほど、精度もましてきますので、コストが高くなります。ですから、原子力エンジンも視野に入ってきます」
「いくら何でも原子力とは」
「日本では忌み嫌われていますが、すべての国がそうだとは限りません。いくらでも原子力を推進している国はあります。それに、ウランは鉱山からとれますし、遠心分離機があれば、燃料に精製することが出来ますから。ですから、すぐに、ここから離れないといけないんす。最悪な場合、原爆か水爆のような破壊力になる可能性も否定できないんす」
「そ、そんなこと、起きるわけないだろ!」
競羅は怒鳴るような声を上げた。
「起きないとしても、かなりの量の放射能を受けることになります。その影響は、確実に生物に深刻な重金属中毒を起こさせます」
「中毒で済むのか」
「ざく姉も、そんな楽天的な言葉を、鉛中毒、六価クロム、聞いたことあるでしょ。そんなのにかかったら、身体ボロボロになっちゃうでしょ。そして、苦しみながら死ぬの」
天美がとがった声を出した。重金属中毒というのは、今でも新興国ではよく見られる風景だ。燃料を精錬する途中、水銀、亜鉛やカドミウム、コバルトなどが工場からもれるということがおきる。本来なら、決してもれてはいけないものなのだが、予算が足らないのに、無理をするため安全性がおろそかにされるからだ。その結果、体はむしばまれ、骨もボロボロになり、苦しみながら命を終えるのである。
天美は、セラスタ時代、その光景を目の前で見ていたのであった。
「ボロボロか。蒸発も、たいがいだけど、それは、もっと、きつそうだね。何にしても、このままでは、こっちも、あの場所にいた連中も、みんな被爆ということか」
「ですからこそ、本当に退避しませんと!」
数弥の目は必死であった。
「そうかい、でも、こっちはそう思わないね。被害者が大勢出ることがわかっているのに、こっちだけ逃げるなんて、恥ずかしいことはできないよ」
「姐さんは、そうすけど、天ちゃんの方は」
「そんなの当たり前でしょ。ざく姉と考え、まったく一緒。こんなとき、自分たちだけ逃げるなんて最低、考えただけで寒気する。本当に数弥さんの神経、疑うよ」
天美はそう厳しい声を上げた。競羅、天美にこう言われたらたまらない、それでも、身体は正直である。震えが止まらなくなっていた。その様子を見ながら競羅は、
「まあ、こっちはあんたの性格を知っているからね。逃げようとする気持ちはわからないわけでもないけど、少しは落ち着いて考える気はないのかい。要は坂梨の奴を何とかすればいいだけだろ。そして、目の前にいるのは、誰かということを」
競羅の言葉に、数弥はハッと気づいた。そして、興奮した口調になった。
「そうでした、そうでした! 天ちゃんがいました。もう、大丈夫すね!」
「あんたも現金だね。今まで、怖がっていたくせに」
「ええ、天ちゃんがスキルを使えばいいんすから、さっそく、作戦に入りましょう」
「その言い方、何か腹が立つけどね。今はそんなことを話している余裕なんてないから、これからの話をしないとね。問題が被爆ということになると、政府としても、どう手を打っていいか、わからないだろうね。下手に状況を知らせたら確実に大パニックになるからね。この場所をつないでいるのは、二方向の橋だけだし、今はこのように、ある程度は落ち着いた状況だけど、そんなことを知ったら、警察の制止も関係なく、我先に殺到し、そのことで大勢の死人がでるよ。人間はみんな自分本位だしね」
「そ、そうすね」
「まあ、政府自体も、その場さえしのげば、あとはなんとかなるという、考えの連中ばかりだから、似たり寄ったりだけど。しかしね、あんたに情報が入ったぐらいなのだから、いずれ、そこのみんなにも知られてしまうだろ」
「えへへ、そう思いますか」
数弥はそう答えた。何か、挑戦的なトーンである。
「えっ、違うのか」
実はこの、ウランの情報、徳本記者からではないんす。僕の住んでいる・・」
その数弥の声をさえぎるように競羅は、
「わかった、わかった、あの連中か。あいつらなら、こんなニッチなこと、詳しく知っていても不思議ではないね。なんか、別の世界の住人みたいな奴ばかりだから」
と答えた。彼女は数弥のいるアパートの住人の大半が、一芸に秀でた変人か、ものにこだわるマニアックな人種ということを、よく知っているからだ。それで、様々の事件の解決のヒントにはなったのだが、よい印象のない連中でもあった。
「ええ、そういうことなんすよ。さっき、姐さんと別れた後、いろいろと情報を聞いてきました。実際、どのようなロケットが展示されていたか、興味がありましたから」
「ということは、あんたは、ウランの存在を知っていても平気でいたね。そこまで、警察の力を過信していたということか。けどね、解除されてないこと知って、慌て始めた」
「ええ、そうなんす」
「まったく、あんたらしいというか」
「すみません。それで、そのロケットのことなんすけど、実は僕、ある、とても重要なニュースを見逃していました。そのときは、あまり、そこまで関心がありませんでしたから」
「何だよ。その重要なニュースって?」
「予定だったアメリカが、直前に出品を中止したことす。その理由はわかりますよね」
「前回の爆発事件か」
「そうす。そんな、事件があった場所に、いくら型落ちでも、大切なロケットを預けるわけにはいかないということす。ある意味、当然すよね。アメリカの立場からしたら」
「ああ、そうだね。危機管理は超一流だからね」
「それで、主催者は困ってしまったんす。ポカっとスペースがあいたんすから、そのとき、ある国が申し出をしてきました。宇宙開発というより、ただの気象衛星なのだけど、宣伝にも、いい機会だから展示をどうかって、いう話だったんすけど」
「その国がウラン燃料を使っているのか」
「ええ、そういうことす。ですが、話を持ってきたのは、そこの国の民間会社す」
「民間だって」
「ええ、そもそも、今回のロケット博は民間主体すよ。主催者は邦和商事、日本の出品ロケットは邦和重化学工業製す」
「また、邦和なの! それも、あの重化と商事なんて!」
天美が声を上げた。彼女は邦和グループにいいイメージを持っていないのだ。天美が最初に日本で巻き込まれた事件も、この重化学、商事の両企業が原因であった。
「そういう反応をすると思いましたよ。ですけど、日本でロケットを造る技術のある会社は、邦和重化だけすよ。国際貿易についても、邦和商事は抜きん出ています」
「となると、より状況、真っ黒じゃないの」
「いや、ETLS自体が邦和グループのものす。センチェリータウンもそうなんすけど、邦和不動産が運営をしています。怪しいのは、話を持ってきた国の会社でしょう」
「なるほど、あのグループが身内を潰すことを考えるわけないね。まあ、あそこも、あんたのおかげで、悪い部分は一掃されたけど、根本的な体質は変わってないと思うけどね」
「そういうとこだから、また、どうせ、お金の力に負けたとか」
天美の言葉はシニカルであった。
「そうかもしれませんね。相手方は、結構、お金を持っていそうすから」
「ああ、そっちの方だよ。今回、裏にいるのは、間違いなく、その国の政府だね。あの国は民間会社を隠れ蓑にして、いろいろと企んでいるからね。どうせ、邦和の方にも、スパイが紛れ込んでいたのだよ。それで、こういう流れに、うまく持っていったのだよ」
「えっ、そうなんすか」
「ああ、そうだよ。坂梨の奴も、その国の別口のスパイだよ。いや、破壊工作員といった方がいいね。そうなると、最初の爆発も陽動とか目くらましよりも、あとから中に入るために、アメリカを退散させる計略だった、ということも、充分考えられるね」
「ええ、そこのところは同意しますけど、ですが、坂梨はもう、かなりの年齢すよ。いくらでも人がいるのに、そんな大年寄りを、わざわざ破壊工作員にしますかね」
数弥が疑問の声を上げた。天美もまた、そのセリフに何か考えているようである。
「それは、その・・ とにかくね、今は奴を何とかしないと、爆破を防ぐことはできないのだろ。とっとと白状させればいいのだよ。ついでに、背後もしゃべってくれるよ」
「わかりました。確かにそうすね、それで、その坂梨のことすけど・・」
数弥がそう答えたとき、
チャンチャラチャラ
競羅の携帯端末が鳴った。
「誰だよ。こんなときに」
競羅が表示をのぞくと、相手は御雪である。 用件は爆弾事件のことであろう。彼女は出るか、無視するか、出た場合、どのように応対しようか思案した。そして、その考えが決まったのか、通話ボタンを押した。
「あんたか」
「さようで御座います。競羅さん、大変なことになりました!」
「ああ、みんな、携帯を見ながら騒いでいるね。大きな爆破予告があったみたいだね」
半とぼけ戦術である。
「さようで御座います。以前、湾岸での爆破騒ぎにつきましてはお伝えをしましたね」
「ああ、湾岸といえば、別口と言っていたやつか」
「さようで御座います。まったく同じ場所に、再び爆弾が仕掛けられたようです。爆破予定時間は午後八時ということで、建物付近には退避命令がでました」
「それは、確かに大変だよ。それで、今回はどうなのだい?」
「警察の動きを見ますと、一連の犯人のようです。秋葉原、荒川沿いと、昨日から今朝にかけて二度の爆発事件が続きましたから。それに、今回は、前回とは比べられないぐらいなほどの量ということですから、爆発したら被害が計り知れません。湾岸地帯は携帯電話の電波局も御座いますし、あらゆるコンピューターの制御地区ですから」
「なるほどね、だから、こんなに、若い連中が騒いでいるんだ」
「さようで御座います。しかし、珍しいですね、若い人たちの集まるところに外出中とは」
御雪はそう尋ねてきた。あきらかに不審を感じ様子を探っているのだ。返答次第では、とぼけがばれ、しつこく食い下がれることは目に見えていた。そして、その返答は、
「ああ、そうだよ。どこにいるかわかるかい? そう言えば、あんた昨日、ある場所に、あの子を買いものに行かせたね。その時間は何時だったのだい?」
「秋葉原ですけど。絵里さんが別れて帰ってきたのは・・」
御雪は普通に答えていたが、ここで、今回もまた、競羅の話術にはまり始めた。
「まさか、天美ちゃんが狙われたと! 競羅さん、いかなことでしょうか!」
「今はピンピンして横にいるよ。襲った犯人は死んだけど、かなり憤慨していたね」
「さようなあたりのお話を伺いたいですけど、今は取り込み中ですので、またにします。わかりました。競羅さんは昨日の爆破事件を探っていらっしゃるということですね」
「その答えは宿題にしておくよ。そういうことで、今夜中は忙しいからね」
と言い通話を終えた。そのあと、誰からの連絡もつながらないモードに、
心配そうに数弥が声をかけてきた。
「御雪さんすね。やはり、この事件のことすか」
「ああ、あいつの立場から考えてみると、こっちに連絡がくることを、想定しておかなければなかったね。今回の現場も最初に聞いたのは、あいつからだったからね」
「それで、何を言ってましたか?」
「ただの事件発生の報告だよ。普段のあんたの役回りだね」
「そうすか、詳しいことは何もわからなかったのですね」
数弥も自覚をしているのか、そう答えた。
「ああ、こっちも墓穴を掘るといやだから、深い質問をしなかったけど、どうも、あの様子では、被害の本来の大きさ、を含め、そのあたりのことまではつかんでいないね。逆に言うと、あの御雪がつかんでいないということは、ここに残されている連中も、何も知らされてないということだよ。ネットでも噂でもね」
「それは、ある意味よかったすね」
「ああ、だから、これだけの混乱ですんでいるのだよ。知ったらなんて、想像もしたくないね。さて、それよりも、さっきの話を続けないと、そのためにはね」
競羅はそう言うと天美を見つめた。そして、天美もまた競羅を見つめ返した。
「今回、あんたがやることは、この坂梨の奴を自白させて、解除のパスワードを聞き出すことだけど、これは、思ったより簡単なことではないね。まず、最初に考えることは、ここから警視庁にどうやって行くかだよ。橋が制限されているこの状況では、車なんかでは、とても、八時までに間に合いそうもないだろ。となると電車か、モノレールにしても、ゆりかもめにしても順番待ちだよ。順番を待っていたら、これまた、八時までに抜け出すことはできない。結局、一般人に能力を使って割り込みをするしかないね。ところが厄介なことに、あんたの能力は、あんたを捕まえようとするか、攻撃をしようとする相手にしか通じない。いやな作戦だけど、誰かを挑発し、そいつに能力を使って抜け出すしかないね。当然、駅員も阻止しにかかるから、駅員にも能力を使わなければならない」
「で、でも、爆発防ぐのに、そ、それしかないのなら」
天美の声は震えていた。
「それだけではないよ。何とか電車に乗れたとする。最後の難関は警視庁だよ。奴からパスワードを引き出すためには、あんたは警視庁の取調室に入らなければならない。当然、警官はあんたを阻止しようとするから、あんたは、警官たちに能力を使いまくることになる。うまくいけばいいけど、最悪は、あんたが銃殺されるということにもなるよ」
「それぐらいわかってる!」
天美の目は決意に染まっていた。
邦和重化と邦和商事の陰謀事件はエピソード1に出てきます