第九章
九
警察への通報を終えた天美たち三人は、ETLS内の多国籍カフェの中にいた。もともと騒がしい環境、まわりには外国人も多く、よほどの大声を出さない限りは、その会話はもれることはない状況である。
「もうすぐ、退去命令が来るね」
競羅の声に数弥は、
「そうすね。爆破時間は八時、三十分以内には確実に来ますね」
「ああ、それまでに、ちょいと話し合っておかないとね。まずは、さすがというか、三階に入室するのは禁止になったね」
「ええ、四階のプラネタリウム同様、突然、機械にエラーが発生したということで閉鎖されたようす。追い出された人たちが文句を言ってました。
「なるほど、まずは機械のエラーか、そう言っておくのが無難だからね。でも、問題は残りの人たちだよ。機械のエラーだけでは済まないだろ」
「ええ、”爆弾が仕掛けてある”、という情報が入った。とまでぐらいは公表されるでしょうね。そうしないと、退去命令は出せませんから」
「ああ、そうだね。さすがに、ビルが吹っ飛ぶ、までは、言えないよね。さてと、では次の話に移らないとね、そもそも、三階はどういう場所なのだよ? いつも、ロケットが展示されているわけではないだろ」
「ええ、特殊大ホールす。世界中から、ジェット機やら恐竜の実物大の骨や剥製を、お借りするのです。むろん、日本独自の展示もあります。つい、この間まで、大人気であったアニメの主要ロボットが三体、五年の間、実物大の大きさで展示されていました」
「アニメのロボットねえ。実物大っていったら、二、三十メートルはあるだろ」
「だから、どの階も、それぐらいは余裕で展示ができる高さなんすよ」
「それもそうだけど、そんなのをどうやって、三階に展示ができるのだよ? 運ぶのだって、簡単ではないだろ。ましてや納入するなんて」
「でも、出来るからこそ、展示がされているのではないすか。左右の側壁すべてが、扉かシャッター形式になっていると思います。でも、よくよく考えたら、不思議な話すよね。天ちゃんはともかく、姐さんも、本当に、このビルの存在を知らなかったんすよね。特にアニメのロボットを展示したときは大々的に宣伝をしてたんすけど」
「だから、あんたとは人種が違うのだよ!」
競羅が少し声を張り上げた。そのとき、右のテーブルからも、大きな声がした。
「おい、どうなっているんだ! このビル、つながらないよ」
その声に、あわてたのか、周りの客たちも携帯端末を触り始めた。
「あの人、何を言ってるの、今でも、つながっているでしょ!」
否定の声を上げた女性がいた。
「違うよ。この建物のサイト自体が工事中状態なんだ。さっきまでつながっていたのに」
「なーんだ、そうだったのか。人騒がせな」
別の年配ぐらいの男性の声がした。その様子を見ながら、競羅が口を開いた。
「いよいよ、次が始まったね」
「ええ、そうすね。そろそろ来ますね」
「しかし、どういうロケットが展示されているか、もうわからないなんて、気になるね。こうなるとわかっていたら、こっちも、一度、その場所に行っておけばよかったよ」
「いつでも行けますよ。今日が見納めというわけじゃないんすから」
「そうだといいけど」
ポツリと声がした。天美である。それに反応した競羅。
「おや、あんた、意味ありげなこと言うね」
「だって、警察が解除できると限らないでしょ」
「さすがに、それぐらいできるだろ」
「どうかなあ、だって、今回の爆弾、見つけられなかったのでしょ」
「あんたの言いたいことはわかるよ。あんたが見つけたのだからね。けどね、さすがに、また同じ場所に仕掛けるなんて、誰も思わないよ。ほかの重要な場所を警備するよ」
「でも、ここより重要な場所って」
「だから、まさか、今までの十数倍の量を一カ所に仕掛けるなんて、発想すら浮かばないよ。だいたい、あんたがいた国の警察なら、ここまで思いつくのかい?」
競羅の言葉に天美は無言になった。
「そういうことだよ。人数が限られているのに、ほかにいくらでも、警備をしなければならないところがあるのだよ。ひねくれた、あまのじゃく的、推理をたてているひまなんてないよ。奇をてらうような警察官がいて、犯人と知恵比べをするというのは、小説上の話だよ。それも、たいていは、警察官ではなく、風変わりな探偵の役割だけどね」
「でも今回、実際、逆手に取られたのだし。爆発したら、大事じゃすまないのだけど」
「それを言われたら、こっちも何ともいえないね」
「ですけど、そういう失敗をしたからこそ、間違いないと思うんす。誰でも失敗はあります。でも、それを、乗り越えて結果を出せばいいんす」
数弥が中に入ってきた。その意見に呼応したのか、競羅も、
「そうだね。警察だって、さすがに、威信をかけて解除するよ」
競羅が答えたとき、店の中が慌ただしくなった。
ビルのスタッフらしき人物が駆け込んできて、そのまま、厨房の方に入っていった。
と同時に、爆弾についての館内放送が入った。
館内の放送を聞き、客たちは色めき立った。そして、競羅も、
「ついに、退去命令が来たね。さて、このあと、どうするか?」
「僕は一度、現場に来る社の人と合流します」
「そうかい、では、一時的にお別れだね。こっちは、もう少し現場に残るよ。ここまで来たら見届けないと気が済まないからね。では、また、あとに」
「わかりました。合流場所が決まったら、連絡してください」
午後六時過ぎ、天美たち三人は、窓からETLSが見渡すことのできる、東京テレポート駅近くの商業ビルで食事をしていた。ETLSが南に約二キロの場所である。
非常線は、ゆりかもめのクルーズターミナル駅から青海駅、その南東約百メートルの地点に、びっしりと張られていた。その線以降は関係者以外には絶対に入れない状況である。
混雑による事故を防ぐため、高速、一般を問わず、すべての道路が一時的に規制された。
東京ターミナル駅も、避難要請からまだ二時間、とても、乗客をさばききれず長蛇の列が並んでいた。テレコム駅は封鎖されたため、残りの、ゆりかもめ二駅も同様であろう。
避難に遅れた、または、非常線より前の場所なので、安全だと開き直った人たちだけが、この競羅たち三人がいるビルの客である。
彼らも、食事に集中するというより、窓から見えるETLSが気になっていた。
食事中、数弥は上機嫌であったが、天美は複雑な顔のままだった。食事を終えた競羅が、コーヒーを口に運びながら声をかけた。
「おや、あんた、ずっと、浮かない顔をしているね。もしかしたら、例の爆弾、まだ、解除をされてないと思っているのかい」
「そう、わったし、まだ撤去されてないと思うの」
「さすがにそれはないすよ。もう、あれから、二時間以上はたっているんすよ」
数弥がたしなめるように会話の中に入ってきた。
「でも、よく考えてみて、昨日と今朝の爆弾、ちょっと、普通じゃなかったでしょ。ある言葉、入れると、爆発する仕掛けなんて。それだったらどうするの?」
「パスワードすね、そんなことぐらい、警察が白状をさせますよ」
「そうかなあ」
「天ちゃん。その態度、ちょっと横着すよ」
数弥の口調がとがめるようになった。
「どうして?」
「それは、天ちゃんは、特殊なスキルがあって、相手を自白させることが、いつでも、できるからいいんすけど、警察だって、いくらでもそのプロがいるんすよ。今までだって、大きい小さいを含め、何万を超える数え切れないぐらいの事件を、その尋問のプロたちが、犯人を落として、解決させていたんすから」
「だけど、犯人も、これだけの事件起こしたのだから、処刑されるという覚悟あるでしょ」
「だからこそ、最後は、すべて、身の回りをきれいにして、思い残すことはないように、白状をするものなんすよ。すでに、複数の人を殺した強盗犯だって、死体を隠した誘拐犯だって、結局は、最後は自白して楽になるんすよ」
「でも、今回そう思えない。黙秘だって、午後八時までしのげばいいのだし。犯人が、数弥さん思ってるような、甘い性格ということ絶対ありえない!」
天美は、はっきりと否定をした。
「確かに、聞いてみると、この子の言う通りだね。奴は、どんなにあがいても、確実に死刑になる身だよ。それに、鬼畜のような奴だしね。よくよく考えたら、すんなりと吐くわけないだろ。本当にパスワード爆弾だとしたら、まだ、解除されてないと思うね」
競羅も顔をくもらせて同様に答えた。二人にそう言われ、数弥の自信は揺らぎ始めた。
「わかりました。二人がそう言うのなら、僕も確かめる意味で、爆弾が撤去できたかどうか、先輩に問い合わせてみます」
そう言うと数弥は、携帯端末を取りだし、その徳本記者につながる通話ボタンを押した。
相手はつながり、数弥と相手の会話は続いた。通話中、あまりいい情報ではなかったのか、数弥の顔色はすぐれなかった。そして、あまりにも驚いたのか、次の発言を、
「えっ、あの国がつながっていたんすか! 怪しいということすね」
その後も会話は続き、そして、最後に、
「そうすか、最終的にはそうなりますね。詳しい情報、どうも、ありがとう御座いました」
と、何とも言えない顔をして相手との通話を終えた。通話後、競羅は、すぐさま、
「どうだったのだい?」
「すべて、天ちゃんの思った通りすよ。まだ、処理班は爆弾を解体していません」
「結局、そういうことか。さすがに、パスワードで止めるとなるとね」
「それより、この話はここでは・・」
数弥は、あたりをはばかるような目をした。
「そうだね。確かに、これ以上はまずいね。続きは別の場所でするか」
そして、三人は会計をすましてレストランを後にした。
ビル内を歩きながら競羅は、
「さて、このあと、どこで話し合おうかね」
「それよりも、僕たちもこの場所を離れましょう」
「離れるって、この建物をか」
「そうす、建物どころか、このエリア自体が危険なんすから」
「危険って、まあ、そうだろうねえ。臆病なあんたにとってはね」
「何を言ってるんすか! 本当に危険なんす。みんな、大変なことになるんす!」
数弥の口調は興奮気味であった。その様子を見た競羅は意地の悪い目つきになると、
「ははー、あんた、何か新しい情報を得たね。だから、さっきの場所を出たがったのだね」
と言いながら、あたりを見回していたが、すぐに、
「でも、話し合いは続けるよ。さて、ちょうど、おあつらえ向きのところがあるね」
と言って、ビルに掲示されている案内板を見つめた。
「本当に、早く逃げた方がいいすよ」
「まだ、そんなことを言っているのかよ。とにかくね、今は、この状況を話し合わないとならないだろ。いいかい、逃げようとしても逃がさないからね」
競羅はそう言うと、数弥をがっしりとつかんだ。そのあと、エレベーターに乗り込むと、案内板にあった、カラオケルームが設置されている階に向かった。
ルーム内で受付をすませ、個室に入るとすぐに、競羅が口を開いた。
「今、六時半過ぎだね。爆発まで、あと一時間半ぐらいか」
「ええ、そ、そうすね」
数弥は震えていた。顔色も真っ青である。そして、競羅が尋ねた。
「さて、本題に入らないと、あんたが怯えているわけについて聞きたいけどね」
「ええ、そうすね。そのことについて、まず残念な話を、ロケットのことすけど、時間がなさすぎて、移動をさせるとか、燃料を抜くことは不可能でした」
「だろうね。場所も三階だし、さすがに、こんな短時間では無理だろうね」
「ええ、機密事項になりますから、見学用のコクピット内の機械だけは自由に触れられるようになっていますが、それ以外は、ほとんどがロックされています。それで、姐さん、そのロケットの燃料の話すけど」
「わかってるよ。ものすごい爆発力なのだろ」
「二階がプールや温泉施設だということを説明しましたよね」
「ああ、そうだったね。大量の水が落ちてくるから、多少は被害が抑えられるね」
「とんでもない逆すよ。被害場所は、かえって広がります」
「な、なぜなのだよ?」
「姐さん、燃えさかるガソリンに水をぶっかけたら、どうなるかわかりますか」
「そりゃ、消えるだろ」
「そんなわけないでしょ。あちこちに火、散らばるでしょ。水と油なのだから」
天美が声を出した。
「そうす、天ちゃんの言うとおりす。ロケット燃料は油すから水とは混じりません。それに、水素燃料ガスも入っている機体もあるかもしれませんし、化学変化を起こして、どんな被害状況になるかわかりません。そして、極めつきは、とても恐ろしい・・」
数弥の顔がゆがんだ。その顔を見た競羅は、
「まだ、何かあるのかよ?」
「ウラニウムすよ」
「それって、ウランか。お、おい、また、それは!」
思わず競羅の声がうわずり、同時に天美の顔もこわばった。