アグノスワールド
この次元はとにかく大きい。
海みたいな泉を越えると山々が融合した森。
右側には岩石の光景が広がり、左側は自然と溶け込んだ集落へ太陽が昇っているが、その光は妖であり、地上には降り立てない空間を飛行中、黒い衣服が靡いている小柄な子が言った。
「ゼウスのおじちゃん負けたらしい」
「なんで知ってんの?」
言いながら黒い光に覆われる。
その光景と共に天や地が崩壊し、一面が宇宙と化す。
星の残滓ごと飲み込んでいく大質量を糧に、目的地の次元、座標を定めていると。
「秘密なり」
「…じゃ何者?」
「ラプラス」
「…」
思わず曖昧な応えに俯いた。
正確には彼女の名は知っているし、古い付き合いで、何故かこの世の出来事を把握しており、なんで知ってるのか聞けば、ほのかに顔を火照らすラプラス。
遡ること何年振りかのやり取りだった。
「凄い興奮してるね」
腰に手が回される。
「あのホーロラムラムが作った惑星だ。欲しくね?」
「欲しいのは惑星じゃないでしょ?」
「伝わりゃいい、それに」
「…うん」
「飛ばす」
景色が切り替わる。
体から黒い光が迸った俺らは、目的地である分厚い雲を抜け、塔の天辺に降り立つ。
見下ろすと文明的な建造物が広がる標高、また空気中に魔力が飽和しているここは魔術の世界。
名をアルタイル。
遠くには竜巻が天高く上がり、落雷の光景が一望できる。
よってこの地におもむいた目的は、予め侵攻している我々の侵略が終わる頃合いで。
「フッハッハッハ…」
灼熱の湿気に笑いが込み上げた。
見た所避難態勢を取っており、近くに人影はない。
しかし魔力の名残りが侵攻を示唆しているかの気配に。
改めて魔力を探ると、魔術師、黒魔術師が戦線を超越している。
「んん…」
目標の戦線からそう実感し、思わず考えた。
アルタイルには白魔術界と黒魔術界があり、それぞれの王が支配している。
情報には白魔術界の王に仕える魔術師、同様に黒魔術界の王が黒魔術師を従えているらしく、また魔術学校という施設を含め、アルタイルの戦力はそれら戦士達で構成され、魔力を戦術としているはずが、何か違う。
同時に生命力を映す眼で見通すと、三つの方角から確かな苦戦が見て取れる。
…何故。
アルタイルに充分な部隊を編成した、それらが。
「押されている…?」
長引いているならまだしも、押されている戦線東と、西と、ここ白魔術界の領土へ魔術師が現れた。
外見的特徴は最高隊位大隊長、それが俺の元に来れる余裕があるらしく、呼び声が上がった。
「この地の侵略はお前の権威か…」
怒気混じりの高齢男性にして、王の右腕である。
「だったら、何だ」
「その首捕って牢獄の天井へ吊るしてやろう」
「…ほう」
頬が緩んでいる間に地割れが発現した。また大隊長の掌に剣が生成される。
それらの現象は魔力の作用であり、地割れも、剣も、魔力を駆使する高等戦術なんだが。
「…これは?」
大隊長の魔力が目視不能で吹き抜けて来る。体を焼き焦がされるかの感覚にして、思い出した。
黒魔術という秘技、それが摂氏三百度へ達する。
「黒魔術だ」
言われ地を蹴り出す。
疾走する大隊長に距離を詰められ、剣が振り下ろされる頃には。
「覚えておこう」
血飛沫と共に大隊長が落下する。
ラプラスの抜刀術だった。
そしてこれら想定外の力に匹敵する部隊を編成していたはずだが、どうなっている?
「西の方角黒魔術界。テフェレセンシェンハイロンがいる」
「ハイロン?」
「更にメイミア、続いてリオンが黒魔術界へ向かってる」
ラプラスに告げられるハイロン、メイミア、リオンとは、最上級の文明で構成される騎士団達。また文明の名はレリアス。
「東に天使。そして南に水城愚冴が居るよ」
「…まさかお前知ってたんじゃねえよなァ?」
ラプラスに詰め寄ると知らないと言われた。
しかし真実より仲間の戦況が気になって白魔術界を攻めるシグラ、ブラバンに意識を繋げていった。
死者は?
──いません。
よし、今行く!
「着いた」
「「はやっ⁉︎」」
シグラとブラバンに言われながら戦線を確認する。魔術師の総数十万人って所か、侵略を仕掛ける側が囲まれているのは居た堪れないが、いいか。
「恥を…晒しています」
「いやいい、俺の失態だ。迷惑掛けちまった。シグラとブラバンは至急黒魔術界へ行ってくれ。ラプラスは東の部隊と合流し、黒魔術界へ向かえ」
「「は!」」
俺はシグラとブラバンの道を作るため、手を払う時だった。
「嫌」
「へ?」
ラプラスにアヒルみたいな口で拒否された。
束の間。十万人の視線に駆られるラプラスから赤い冷気が吹き抜ける。
その風に戦がれ悪寒を誘うかの存在が。
「君といたい、触れていたい、あわよくば心中したい」
「じゃ俺が天使ん所行けばいいのか?」
「話し聞いて。君が天使ん所に行くなら私も行くんだよ馬鹿」
馬鹿──馬鹿──馬鹿──だと…
「おいみんな。指示の変更だ。シグラとブラバンにラプラス担がせて東の部隊と合併し、制圧次第西の部隊と応戦してくれ」
仲間の意識に伝えた。
──御意。
と同時にラプラスの瞳孔から光が消える。
「二人に…この私が…捕まるわけないじゃん…」
言われ、あでやかに佇む姿に唱えていった。
「四季扇舞 〆」
その言霊に魔力が作用しラプラスの動きを止める魔法が発動する。
この魔法は深海の王者が使っていたとされる捕縛術で、そもそも俺が捕縛する考慮が抜けている。
「「はぁはぁ…」」
吐息をこぼすシグラとブラバンが無防備のラプラスに歩んでいく。
傍から見れば完全に理性がイっている。
「ぃいやや”…こんなケダモノ…いや…嫌だあ”‼︎」
泣きわめくラプラスがシグラとブラバンに取り押さえられていった、直後のことだった。
「逃げられるとでも…」
大隊長の声と共に魔術師の態勢が迫る。もっとも今まで精察していた姿勢は良いが、捨て身は頂けない。
俺は手を払い、炎の道を作った。
「頼んだ」
ラプラスを抱えながらシグラとブラバンが通っていく。
そこに魔術師達の一斉射撃が続くが、法則上壊せる可能性は零。
断念が相次ぐ中で、しかし。
「…すご」
一振りの斬撃で炎の道を根絶するかの少年がいた。
幸いシグラとブラバンは無事だが、その才に感動しながら、
「水城愚冴で合ってるか?」
「ああ。アンタのことは何て呼べばいい?」
「悪い。ここで名乗ると上の捜索領域が跳ね上がっちまう、代わりに」
魔力を放出し一帯が嵐となる。
亀裂が走る塔の外装が吹き飛んでいき、魔術師同様に吹き飛んでいく。
「祝福しよう」
「何に?」
「不条理で無法無天な権力と渡り合う天才との出会いに」
「俺の何を知っている」
「深くは知らぬ。しかし転生が物語っていよう。この世界に不満はないか?」
「今アンタが侵略している事に不満だが?」
「案ずるな。支配の様な手段は好まない。ただの話し合いだ」
「話し合いに制圧を企むのか?」
「お前は人通りの多い公衆で演説し、それで聞かれると思うのか?」
「いいや」
「意地悪ですまない。しかし知性ある生命は理にかなう実績を絡ませるものと認識している。早速だが」
この身から黒い冷気が吹き抜ける。
「創造の起源に破壊の根源がある」
俺は魔力の方角にある尊厳へ達し、方や水城愚冴の魔力が異質と化す。
互いの力が反発し、空気にひずみが生まれる現象を機に、水城愚冴が弱めていった。
もし、打つかり続ければ超新星爆発を起こしていたであろう咄嗟の判断に見える。
「お前は賢い。力が打つかればどう言う結末を迎えるか分かっているはずだ」
「嫌な予感がしただけだ…」
「いや、人には現状維持の遺伝子が刻まれている。ゆえにその反応は正常であり、原始レベルで変化の兆しを受信している」
「…何が言いたい」
「人は未知の出来事に出くわすと直感に従いやすいが、その根幹に結び付く本能の話よ。その体に受け継がれる知恵がこうして子孫の中でもたらすのだから」
言いながら戦闘の与奪を握っている確信がよぎる。それは苦虫を噛み潰すかの顔で俺を捉えている体勢に、力の主導権として影響力を生んでいた。
であれば、この地の目的達成までたやすい。
得意げに「俺と来い」と口にしている時だった。
爆速で目の前に顕現され、思わず感嘆した。
まるで亡き者の存在を具現したかの霧が視界に流れ込み、気が付けば漆黒の剣に首を掠められていた。
「伝わるか分からないが俺の元世界では先祖代々極道だ。俗に言う赤い血なんざ流れてねえよ」
聞いてハッとした。
首に付着している黒いもやを払い、しかも出血している。
一・体・怪・我・なんて・いつぶりだ。
「餓鬼が」
「…腐敗が効かねえのかよ?」
まるで焦っているように聞こえるが、黒いもやを払ったことに着目している様子だった。
しかし腐敗とは、あらゆるものを退化させる働きにして、アポフィスの起源であり、当然食らえばただじゃ済まないが。
「残念ながらこれは腐敗じゃない。死念だ」
ここで言う死念とは尊厳に達する準備段階である。
例えば動悸、震え、痺れ、不安感や恐怖感といった身体的なものに依存する極度の錯乱状態にして、それらの誘発であることを伝えたが、反応を見るに無意識の活動領域だったらしく。
「…どうしたらアンタらみたいになれる」
「アンタら、とは?」
「ついこの前まで人類の頂点達と戦った。そうなるまで奇跡起こして渡り合ったはいいが、その上の連中には奇跡すら通じない領域だった」
「それがこの世界への不満か?」
「…かも、しれない」
「そうか、なら祝福は次の機会へ取っておく。それまでに腐敗の尊厳を習得していることを願う」
いずれ絶対支配と対する俺らは、あらゆる逸材を招集する侵略家。
その内の一人に水城愚冴を推薦していたことは、その時に取っておこう。
「いずれまた迎えに来る」
言い残し仲間の元へ移動した。
理由は今じゃないと悟ったからである。
と言うのも彼を正式な仲間として迎えられるよう、慎重な決断でもあれば、侵略もこの計画の一部であり、我々の仕来りは仲間を家族として築いている。
もっとも彼が腐敗を勘違いしていたように、こちらとしても想定外の誤算だったが、強くなる余地が残っていることに期待が増す一方、力の制御が不確かな段階だった。
この推薦で家族のあつれきが生まれるとは思えないが、少なくとも現時点まで俺の情報が流出していないのは、そういう所から来ている。
よって彼自身がより意識をそそる瞬間を狙い、迎えに行く算段で。
「あの斬撃…」
俺は黒魔術界でハイロンと対し、思い出していった。
炎の道を根絶するかの斬撃、それがラプラスの額に打つかり消滅したはいいものの、もし地面に接触していたら…。
「むりむりむり交代‼︎」
俺はハイロンの剣を砕きながら想像した。
彼の本能は支配的な生命をねじ伏せるものであり、強者を見る目が肥えていた。
あの年齢で挫折の繰り返しだったのか、しかしそれが彼にとっての成長をもたらし、前向きな性格が向上心を生み、強くなる実感に不安を感じる体質。
「…か」
「何で機密指名手配達がアルタイルにいんのよ⁉︎」
俺は動揺しているメイミアに蹴りを入れるが、流石は熾天使といった身のこなしで受けられた。
重ねて拳を突けば体操の様にかわすメイミアとローキックを出すハイロンに応えていった。
「こちらも叛逆者と会えるとは思いもしていなかったぞ、同志よ」
「この私に! 喧嘩‼︎ 売ってんの?」
「いいや、笑ってすまない…」
言いながら当時のゼウスにサシで特攻する流麗の姿が浮かび、闘志が上がってくるものの、ハイロンとメイミアの後ろに縄で縛られている仲間をリオンが監視しているため、
「で…この中で冗談が一番通じなさそうな首位剣豪よ。家族の縄を解いてくれないか?」
集中できねえ…。
「侵略中の言葉に耳を貸すと思うのかい? それに凛界へ突き出してレリアスの功績が上がればシオン様に振り向いてくれるかもしれないと言うのに…」
「突き出すと言うがそのままでは不可能だ。もっとも剣豪の尊厳が達すればアルタイルなど木っ端微塵になってしまうだろう?」
「木っ端微塵となり、ユダ様に蘇生してもらえばいいだろう?」
「…。」
言葉が途切れてしまった。
それも駆け引きは通じないらしく、緑に囲まれる黒魔術界を太陽が照らし出し、見透かされている感覚に陥った。
心からため息が出るくらいに…よく…似ていて。
「はぁ…やりにくい…」
「早く捕縛解きなさいよ馬鹿!」
「はぁ…うるさい…」
「うるさいって何よ‼︎」
ラプラスの罵声が馳せていく。
とはいえ解放したらまず揉めるし、穏便に収めたい。
だがアルタイルは善の象徴である凛界の管轄であるからして、悠長に済ませていたら天使達が来る。
めんどい…めんどい…めんどい…。
凛界とレリアス。こんなんに合併されれば俺の手配書が正式に公表される。
だるい…だるい…だるい…、
口内を噛みちぎっていたらリオンが消失した。
と同時に爆風にさらされ、宙を泳ぐかの光が発現する。
振り返ればリオンの斬撃に襲われ、
「?」
地震が発生した。
…この感じ。
平衡感覚が失われ、足元をすくわれるかの活動領域に達する威圧、まるで。
「アレイオン…」
咄嗟に斬撃を払い、地を支配するリオンに重ねて言った。
すると八の字に振るう太刀筋で白い斬撃が飛んでくる。
止まらない猛攻でアレイオンとの関係性を詰問され続け、にやけてしまった。
「失敬。お詫びにシオンの好きなタイプ、教えてやろうか?」
シオンとはアレイオンのニックネームであり、
「……私?」
俺がラプラスに目を向けると、勿体ぶるような反応で口にした。
その眼差しがリオンに向けられ、大人しくなる中で。
「あなたみたいなv系がシオンの好みなわけないでしょ」
やや呆れて言ったメイミアから、ガタガタと剣の音が響いてくる。
そして蒼白していくリオンに、ラプラスが嗜虐な笑みで、
「元カノだよ」
舌を出す。
刹那、メイミアとリオンの顔が影掛かる。
「「ぶっ殺す」」
ラプラスに瞬足で襲い掛かるメイミアとリオンが共闘し、
「解放」
剣を振り下ろされるラプラスに呟いた俺は、無防備の家族が騎士団に襲われるという趣旨の元、捕縛を解いた。
また、二つの刃がラプラスの体をすり抜けて、いく間も無く。
「…‼︎」
一瞬で黒魔術界が赤い風景に飲まれ出す。
ラプラスの逆鱗だった。
「どいて?」
俺が騎士団を引っ張り出していた事に、防衛として立ち阻みながら、
「手配書入りは許可していない」
忠告し、しばし沈黙した。
幸いエネルギーが引いていき、アルタイルに支障なく収まったと思えばリオンに追撃された。
「度胸じゃ殺れんが?」
リオンの刃を握り締め、体ごと地面へ押し倒して続ける。
「時間も掛けていられない」
ハイロンの拳が飛んでくるが、既に家族の縄を掴んでいた俺はラプラスを呼ぶ。
「さて、これでおあいこっつう所で、帰るぞ?」
「いつの間に…」
苦笑いのハイロン。
また激怒の目でメイミアがこちらに向いた。
「じゃ何よ?」
ずっとラプラスを睨んでいた分、質問の意図だけは明白である。
「ん…。とびきり重い女が好きなんだろう?」
応えていたら腰に手が回される。
「情熱的な女」
「…だとよ」
俺はラプラスを尊重し、救出した家族を眺めていると、白い冷気に戦がれる。
それは八次元の活動領域である、リオンの尊厳到達だった。
しかし家族を視察するハイロンがリオンを取り抑えながら。
「レドル、シグラ、フィリップ、ラスカリナ、ブラバン、ヴァルデと言えば凶悪人物達だ。あれらの上官ならまだしも…あれはどう考えても首領だろう。レリアスに被害が及ぶかも分からない連中を捕るなら全軍率いている時以外にない。エルヴィ様かシオン様の許可が必要だ。あれはまずい…」
レドル、シグラ、フィリップ、ラスカリナ、ブラバン、ヴァルデとは、この侵略の部隊メンバーであり、俺の指示通り殺しは無かった。
本来ならこの者達を率いる水城愚冴に、アルタイルを制圧できるメンバーの戦力を証明しているばずだったが。
「どうだった?」
言ってアルタイルを脱した。
縄を引っ張りながらの飛行中、ヴァルデが口を開いた。
「私はこいつら束ねるのにくたびれるんで、継いでくれるなら何だっていい」
「私は面食いだし、いい男って感じだった!」
「でも他のリーダーに気劣りしない?」
「あー…若いもんね」
「そこが魅力的じゃん!」
「私は現実的な強さを知っておきたい。未来で我々のリーダーがどの紋に就けるのか、妥当な指標とか」
それらの感想に会話の花が咲き出す。
単純に彼の容姿が好みだそうで、一人一人の声を聞きながら、俺は最後の意見に着目していった。
「紋…んー…」
中々難しい。
少し深掘りすると、紋というのは俺とラプラスを除いた尊厳の再現であり、有名所では以下に部類される。
水、輪廻、光、自然、死、兵器、創造主、事象、遺伝子、意識など。
紋とはそれらを管理できる絶対支配の活動領域に達する各リーダーの事で、家族をまとめる兄や姉に当たる。
今日のような侵略の指揮権を担ったり、もっとも各世界から逸材を招集しているのが我々の活動であり。
考えてはいるが易々と下せるものでなく、彼の方角と照らし合わせ、集会と折り重ねて下す決断であるからして、強さであればと可能性の指標と結び付けていった。
「想定通りに腕を磨いたとしたら、二番といい勝負するんじゃねえか」
「二番…ッ⁉︎」
信じられない様な声から「理由を」聞かれた。
「理由…ってもな…んー…俺の血筋だし…けどあの歳の頃ならもうちょいイケるか? んー…俺ん時と環境が違うから…んー」
「血筋って何?」
「んー…餓鬼だ」
「「「「「「ブッ…」」」」」」
レドル、シグラ、フィリップ、ラスカリナ、ブラバン、ヴァルデの飛沫が背中に掛かった。
「汚ったねえな‼︎」
「じゃ。じゃあ! 犯してもいいの?」
下唇に指を当てるフィリップ。その隣で便乗するかのラスカリナが胸を持ち上げる。
俺はそれら仕草にぼーっと飛行していたら普通に吐いた。
「…気持ち悪りぃ」
「…うそ。本当にひ孫だったの?」
振り返ればまじまじと家族の視線に駆られていた。
「俺を試すな…」
会っても無ければただの少年だが、その想像は遺伝子が拒絶する…。
「あの子がひ孫で、孫は?」
「へ? 孫は…十歳の頃には尊厳を習得していた、それはそれはいい腕だった」
「…だった?」
レドルに疑心され、思い出す。
俺は孫が余りに可愛くてめいいっぱい教育した。武術や魔法や幻想、魔術や学問も張り切って教えた。結果…。
「嫌われてしまった」
「ブッ…」
よってひ孫には距離感を大切にしよう思う今日この頃である。
俺は黒い光に覆われながら、魔力を操り、ナイフを生成してみんなの縄を切っていった。
「ラプラス様知ってる?」
「知らん」
眉間にしわが寄り出すラプラス。
その視界が薄れていき──
「お帰り、親父」
「ああ」
帰還する。
家族は各領地へ送り届け、本拠地である城の門をくぐる俺は四代組頭に出迎えられ、廊下を歩いていく。
「姐様は?」
「不機嫌でどっかいっちまった」
「そうですか。では親父の留守中にメラク様がここで、大暴れし僕が、地下牢に入れておきましたが、どうされますか?」
「後で対応する。ご苦労」
「愚冴君は?」
「延期した」
「畏まりました」
四代組頭が下がっていく。
彼は今回の侵略でひ孫を連れて来る想定の元、世話係を命じていた。
天辺の居間で正装した俺は鍵を持って地下牢へ向かう。
暗闇の階段を下り、蝋燭の灯りが見えて来る。足音が反響する静けさに大人びた女の人が口にした。
「アポフィスが復活したの」
「…ほう」
俺は牢に鍵を差し込みながらそう言った。
「みんなはゼウスの企みと思っている様だけれど、違うよね?」
「…なあ、昔の仲だろう。いい加減戻らないか?」
「…そうね。ついこの前、領域文明に提示する同盟の記念撮影に昔の写真を使えってシオンが言ってた。あの頃の写真ってあなたとラプラスも写ってるのよ」
「俺らが? 昔の写真なんざいくらでもあるだろ?」
「これまででシオンが写真に応じたのは一枚だけよ。今のあなたと同じ、首領が表に出る可能性は避けていた」
「そうかい…」
俺は鍵を回し、黒い光が牢を迸る。
牢は転移不能の術式を編ませており、これでメラクは自由に空間や次元を行き来できるが、開けた扉からこちらに歩み寄る。
「けれどあなたにシオンは危ない」
「おいおい…首を長くして待ち侘びてる俺が、こんなことで諦めると思うか。いっそ全軍引き連れてもらっても構わないぞ」
にこやかに、微笑み掛けていった。
「…やめて」
睨まれていたが、俺は続けた。
「ゼウスが敗れた今、神々は混濁していることだろう。なんせ完璧と信じる正義が打ちのめされたのだ」
この機を待っていた。
武術も、魔力も、幻想も、精霊術も、不死も、尊厳も、全ての世界を絶対支配へ改変するため。
シオンの言葉を借りるなら、生命力の促進。
そのために各次元のくくりを消し去り、偏った流動を巡回させ、負の概念の無い世界へ。
「進化させるため、古きに従う秩序を抹殺する」
「神々を相手にしたら血の海となってしまうわ」
「だからこそ、ずっと、ずっと力を蓄えていた」
目的の達成ってものは、才能のある無しに関わらず、諦めない信念が最後に勝つ。
あれから三兆年の準備と、亡き者と共に、老いた神々をも獲り入れ。
「この破壊神が玉座に立つ」