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Preparedness  作者: 千草色
By Sakashita Hajime
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By Sakashita Hajime[8]



 帰国後、特例の恩赦により減刑された。働きや罪の重さによって違いはあれど、全員懲役は十年以下だったはずだ。坂下は事件に情状酌量の余地があることと軍医としての働きを認められ、懲役七年を宣告された。刑期を二年残して仮釈放されたので、実際に刑に服したのは五年ほどだった。

 望月の死後、城島は遺品のノート五冊のうち四冊を坂下に渡した。すべて望月の病院に届けるべきノートだった。

 望月は隊員にも遺書を残していた。ノートにそれぞれ二ページずつ、ちょうど裏表書いたノートのページが一枚になるように。

 

──拝啓 坂下肇様

 木々の若葉が色鮮やかな頃、お変わりございませんでしょうか。

 …格好つけて始めてみたけど、やっぱり慣れないことはするものじゃないね。もう書くのに困ってるんだから。考えてみれば、坂下君がこれ読んでるときは夏じゃない可能性のが高いんだし時候の挨拶って書けないよね。

 今思えば、坂下君には厳しく接してばかりだった。最初のこともそうだし、医学についてもだいぶ厳しくした気がする。それでも真面目に学んでくれたことには感謝しています。医者になりたいと思ったことなんてなかっただろうに。

 体調に気付かれたのは本当に予想外だった。気を使わせたのは申し訳なかった。みんなには黙っておいて、なんて私の我儘だから隠し通すのが難しそうなら言っていいよ。って言うか、遺書が残ってる時点で不自然だしね。

 いろいろ事情を聞いてるかもしれないけれど、これだけは言っておく。私が此処に来たのは私の意思であって、日本政府が、とか、米軍が、とか関係ないから。私はあのまま死にたくなかった、だから此処へ来た。

 名医って持ち上げられて敬われるのは、その分距離が遠い。だから、二十数人を束ねるのは楽しかった。偉そうに叱ることも多かったし逆に無茶を言うことも多かったけれど、それでも付いてきてくれたのは嬉しかった。ありがとう。

 これからのことだけどね。私のこともあるし、恐らく全員帰国するでしょう。もしかしたら、もう帰国後なのかな。

 一つ我儘を言って良いなら、病院宛てのノートを届けて欲しい。全部で四冊、一冊はこれと同じような遺書でもう一冊は日記。残り二冊はこの五年で見つけた手術法や薬が書いてある。実現可能かはわからないけどね。その二冊は興味があったら読んでも良いよ。…それくらい医学が面白くなっててくれたら良いな、っていうのは私の希望。でも弟子が二人しかいないっていう時点で医学の面白さは伝えきれてない気がするんだよなぁ。教え慣れてないし…まあでも、私の域まで達したらそれはそれで医学マニアと呼ばれる分野の人か。別名、変人もしくは社畜。

 と、冗談はここまでにして。今更、命の大切さとか話したって分かり切ってるだろうから、一つだけ。

 命は大切だけど、多くの日本人はそんなことを実感したことはない。深く考えたこともない。それは幸せな場所で過ごして来れた人が多いからよ。そしてそういう人たちはそれが幸せだとは気付かない。だからね、

 これから厳しい糾弾に合うことが必ずある。それは自分がやったことの報い。それでも胸を張りなさい。君らは彼らよりちゃんと命について考えた。私が考えさせた。それだけは揺るぎない事実だから。

 貴方の人生が、この先どんなに厳しくても楽しさを見いだせるような人生であることを願って。

   敬具

         望月怜子──

 

 

「そう言えば望月と四人で月の話したの覚えてるか?」

 鹿野と村山が合流した居酒屋で、四人は昔話に花を咲かせていた。

 ふと思い出した過去を話に出す。城島があぁあったね、と言って頷いた。

「戦地に行って一年くらい経った頃でしょ?奇襲の前の夜の森」

 城島の確認で鹿野も思い出したようだ。

「五日月とか言ってたあれか」

「そんな話があったんですか」

 村山が興味深そうに身を乗り出す。

「ふとした折にどんな月が好きかって話になって。そのときに望月が三日月より少し太った、半月と三日月の間くらいの月が好きだと」

「なんでそんなに中途半端なのって訊いたら、三日月って細すぎてなんとなく冷たい感じがするのが良くないんだけど、あのフォルムは好きなのよって言ってたね」

 城島が懐かしいねと笑う。夜の森は、日本より夜空が綺麗に見えた。

「望月なのに満月じゃないんだなって鹿野が言ったら名字だから好きじゃないのよ、なんて笑ってたな」

「先生がそんなことを」

 村山が驚いたように声を上げる。

「夜空好きだったよな。よく見てた」

 ふと、鹿野が呟いた。言われてみれば、星座もいくつか教えて貰った。

 今でも星を見ると思い出す。乙女座、蠍座、オリオン座…。季節ごとに昇る星は常にあの時の記憶を象徴している。

 懐かしくもあり辛くもあり、

 ──望月が生きていれば良いのになどと仕方のないことを考えてしまうのだ。

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