By Sakashita Hajime[7]
「間もなく、新井塚、新井塚です。出口は、左側です。ドアから手を離してお待ちください」
新井塚。降りる駅だ。手荷物を持って左側の出口に行く。
改札を出て歩き出す。
城島は、と再び過去に思いを馳せる。
城島はきっと、何となく気付いていたのだろう。初めから──。
望月は、夜の森の暗闇の中、木の根元に座っていた。
「坂下君、珍しいね。どうしたの」
そう言った望月の顔色が、光の加減のせいかとても悪く見えた。
「少し話がある」
えー何、気になるじゃん、と茶化されるが、──そんなに軽い話ではなかった。
「日本に帰れ」
一瞬、望月が固まった。それはほんの一瞬で、すぐにいつもの笑みに戻ったが、その一瞬で予想は確信に変わった。
「え、何、急に。その話だいぶ前にしたよね?帰らないって」
「体調悪いの、分かってるからな」
「あれ、バレてたんだ?でも大丈夫、ただの風邪だから」
「違うだろ」
ただの風邪ならバレるような轍は踏まない。坂下が気付くということは、隠せないほどの体調不良──隠しても無駄、と思うほどの大病。
「ただの風邪じゃないことくらい、俺でも分かる」
「本当に大丈夫だよ?そんなに心配することないって」
「単なる風邪ならお前は治るまで隠し切る。そんな程度じゃないってことくらい、分かってんだよ」
この期に及んでしらを切る望月に苛立つ。
「病名まで分かってるんだろうけど教えてくれとは言わない。でも今帰れば、治療を受ければ、もしかしたら助かるかもしれないだろ。頼むから。頼むから帰ってくれ」
真っ直ぐに目を見て言う。望月は底の見えない目をしていた。
四十と少し、という若さには似合わない、組織の長の貫禄、威圧感とでも言うような毅い目で、容赦なく坂下を射抜く。
しばらく経った頃、望月がふっと笑った。
「ここまで折れないとはね。分かったよ、ちゃんと話そうか」
目線を坂下から逸らし、空の星を仰ぎ見て言った。
「そうだね。うん、予想は合ってるよ。治療したところで多分もう手遅れ」
「……」
「癌じゃないかなぁ」
ありがちだよねぇと笑った。
「いつから」
「逮捕される前日に検査結果貰ったから、もう五年以上になるね。名前偽装して、検査技師に直接頼んで。CTとか撮ってないから詳しくは分からないけど、数値だけで見ればステージ3くらいだったかな」
「五年…。なら…」
「それから治療もしてないし、五年生存率は五%未満、と言ったところ?ありがちな言い方なら余命三ヶ月。三ヶ月って言いつつ、いつ死ぬかも分からないような状態だろうね」
絶句した。そんなボロボロの体で、あれだけの訓練に加え、雑事や他の仕事までこなしていたのか。いや待て。
「なんで今まで気づかれなかったんだ」
「逆に、気づくと思う?今のこの状況が答えだよ。誰も気づいてない」
でも、と思ってしまう。見つかっていれば今頃、……。
そんな考えを読んだように、望月が言った。
「私は来たくて来たの。それに、」
望月は坂下に目線を戻した。
「この隊に入るって決めたとき、日本に帰ろうとなんて思ってなかった。だから、帰らないよ」
意志の強さが伝わる芯のある声。これが結論だ。帰れと言った坂下への。
もう何を言おうと変わらないだろう。
「あと、気づいてない子には言わないで欲しいな。心配かけたくないから。いいね?」
穏やかだが有無を言わさぬ口調に、思わず頷いてしまう。
望月は頷いたのを見て、満足そうに、ありがとうと微笑んだ。
帰るか?と声をかけると、まだ少しここにいたいから先帰ってて、と言われたので、遅くなるなよと釘を指し、その場を後にした。
そんな話をしたちょうど二週間後に、──望月は死んだ。
扉を開けると、カランカランと音が鳴った。
「坂下!」
こっちこっち、と手を振るのは、帰国以来初めて会う城島だ。その変わらぬ人懐こさに苦笑する。
「鹿野と村山先生は」
「村山先生は少し遅くなるって。いろいろ忙しいみたい。鹿野はもうすぐ来るんじゃない?」
「そうか」
城島の隣りに座り、ビールを頼む。
少し雑談をしていると、ビールが来た。ジョッキを持ち、少し掲げる。
「久しぶりの再開に」
「久しぶりの再開に」
乾杯、と言ってビールを呷った。