By Sakashita Hajime[6]
城島が坂下に近づいてきて、口を開いた。何を言われるのかと反射的に身構えた。
「そんなに身構えないでよ。僕は別に難癖つけたいわけじゃないからさ。望月さんの決定に意義を唱えられるほど人を見る目があるとは思えないしね」
苦笑しつつ言う城島は、本心そう思っているようだった。
それなら何なんだと怪訝そうな顔をしていたのか、笑みを消して真剣な目つきになった。
「少し、話があるんだけど、今から場所を変えて話せないかな。虐めるわけじゃないから。真剣な話なんだ」
時計を見ると二十一時十五分。少しなら大丈夫だ。何より、これほど真剣な城島は見たことがない。その話というものに少し興味があった。
わかった、と返事をし、二人で食堂を出る。裏手に回り人気のないところに出ると、口を開いた。
「ええっと…。言いにくいんだけどね。望月さんのことなんだけど、…どう言えばいいんだろ」
随分迷い、結局、単刀直入に言うねと切り出した。
「望月さんの体調に気をつけていて欲しい」
「は?」
「これから一緒にいることが多くなるでしょ。だから」
意味がわからない。
「なんで望月の体調なんか気にしなきゃならないんだ。子どもじゃあるまいし、自分の体調管理くらい自分でやるだろ」
そう言うと城島は違うんだと首を振った。
「僕が言ってるのはそういう事じゃなくて。望月さん、いつも体調悪そうなんだ。望月さん自身は気づいてるだろうけど、僕たちに隠してる。迷惑かけたくないから」
「どうして体調が悪いと思うんだ?」
「たまに咳き込んでるから」
それだけでは根拠が薄いのではないか、と思った。が、望月が体調不良を黙っていそうなタイプというのは頷ける気がした。
「わかった」
そう言うと城島は安心したように笑った。
ありがとう、じゃあ帰ろうかと言われて歩き出す。お互い何となく話しづらくて、無言のまま歩いた。
もうすぐ着く、というところまで来たとき、それまで沈黙を貫いていた城島が唐突に話し始めた。
「他の人が何と言おうと、僕は坂下さんで良かったと思ってる。軍医の件」
なんと言えばいいのかわからず黙る。
「だから、きついと思うけど、頑張って」
頷いて、──ふと気になって訊いた。
「城島。お前は軍医になりたいと言ってたのか?」
城島は寂しそうな笑みを浮かべた。
「いや。言ってないよ。望月さんが僕を選ぶことはないと思ったからね」
「でも、望月はお前のこと気に入ってるだろ。いつも一緒にいるのはお前だし」
「あー…。まぁ、そうだろうね。けど、そういうのとは違うんだよ」
城島は空を見上げた。月が輝いていた。
「あの人は、心の底から医学が好きなんだと思う。だから望月さんには、揺るがない判断基準がある。僕だからと曲げるような基準じゃないんだ。……近くにいるからこそ、わかることだよ」
そう言う声が、少し震えていた気がした。
だが城島は、すぐにじゃあねと言ってプレハブに入って行ってしまった。
それから、変わらない鬼のような訓練の合間に、二週間ごと四、五人程度新入りが送り込まれる日が入る、そんな感じだった。
結局、二十三人全員が揃ったのは坂下が来てから二ヶ月経った頃、最初の望月達からは二ヶ月半経った頃だった。