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Preparedness  作者: 千草色
By Sakashita Hajime
6/35

By Sakashita Hajime[5]

 月曜6時の定期更新です

 その後夕食を取り、座学の自習となった。この日の座学は弾道学だった。

 正直、過去にないくらい疲れていたので寝てしまう気がしたのだが、いざ始まってみると、そんな心配は無用だった。むしろ寝たくなるくらいだった。

 辞書くらい分厚い、A4サイズのテキストが四冊、弾道学に基礎医学、軍事学、おまけに気象学。

「何故、気象学を…?」

「狙撃は気象に左右されるからね。気温が一度違うだけでも弾道は大分変わるのよ」

 だからしっかり学んでねと言った望月の顔は訓練のときと同じだった。悪い予感がする。

「ところで、その四冊、四ヶ月で終わらせてね。自習時間内で終わらない場合は自由時間削ってもらうから」

 予感的中。鬼だ。この訓練量で、この身体的疲労で、厳しいことこの上ないと言うかもはや無理難題の域である。

「あ、それは全隊員共通だからね。(むし)ろ、私は二ヶ月後で終わらせて欲しいと思ってるよ。無理だと断固拒否されたから伸ばしたけど」

「ちなみに望月さんはやったんすか」

「勿論。もう全部終わってるよ。そんなに難しくもないし、四ヶ月なら余裕だと思う。わからなければ教えてあげるし、大丈夫だよ」

 そう言われるとできそうな気がしてきたが、すぐに思い直した。

 ここへ来てまだ二週間なのに既にこの量の問題を解いている奴の「そんなに難しくない」も「大丈夫」も信用できるか?否、百パーセント大丈夫ではない。

 いざ弾道学を学び始めると、いっそ面白くなるほどわからなかった。

 他も同じようなもので、一番早い西崎でさえ五%進んでいるかどうか。

 怒濤のような望月の解説を頭に叩き込み、空白ページにメモを取り、問題を解いているうちに二時間などあっという間に過ぎた。寝る余裕など、全くなかった。

 座学の時間が終わり、全員が机の上に倒れるように突っ伏す。

 望月が苦笑して言った。

「えぇっとね、私以外の七人の中から一人、軍医になってもらおうと思ってるの。それでここからは皆にも話してないことなんだけど、」

 息を次いで言った。

「軍医見習いになったら、今やってるそのテキスト、基礎医学以外はやらなくていいよ。まあ他に2冊増えるけどね」

 ハッと全員が顔を上げた。マイナス三プラス二。答え、マイナス一。

「それって誰でもいいの?」

 城島が訊いた。全員、考えることは同じだ。この分厚いテキストを一冊減らせる。

「うん、誰でもいいよ。定員は一名だから、多かったら私が選ぶけどね。そういうことで、希望者は一週間後までに言ってね」

 じゃあ終わり、明日も早いから早めに寝た方がいいよと言って望月は食堂を出て行った。


 次の日からも訓練に明け暮れる日々を過ごし、期限の一週間はあっという間だった。

 坂下は希望を出したが、他の誰が希望したのかはわからなかった。

 望月は一週間前と同じように座学が終わった後に口を開いた。

「軍医育成の件今日までだったけれど、まだ言ってない人で希望する人はいないかな」

 全員、周囲を伺うが誰も言い出さない。

「なら、今まで申し出てくれた人の中から選ばせてもらうね」

 一度そこで切り、視線を落とした。何を考えているのか、しばらく俯いて黙っている。

 皆が焦れてきた頃、ようやく口を開いた。

「今回、申し出てくれたのは五人だったんだけど、申し出てくれたときに少し話をさせてもらいました。それで決めさせてもらったんだけど、」

「坂下くん。よろしくお願いします」

 驚いた。古参組で申し出た奴もいるはずだ。絶対、古参組から選ぶと思っていた。

 そしてそう想像していただろう蒔田が珍しく望月に食ってかかった。

「何故ですか。あいつの何がそんなに良いんですか!」

「私なりの基準があって決めてるわ」

「俺じゃ他人の命を預けられないとでも!?」

 否定するだろうという蒔田の予想は呆気なく外れた。

「うん、預けられないね」

 そう言い放った望月は、厳しい目をしていた。

「なんでっ、なんでそうなふうに決めつけられるんですか!」

「じゃあ、逆にどんな自信があってそんなに自分が良いと思うの。私は感情的になるところは医者として良くないと思うけれど」

「…ですが坂下は、人殺しです!感情的と言うならあいつだって…」

 その瞬間、望月はあの目をしていた。初対面のとき、坂下に怖いんですかと訊ねたときの。

「いい加減にしないかな」

 絶対零度の声で静かに言う。

「人殺しってあなたも人殺しでしょう、蒔田くん。私だって人殺し。ここにいる全員が人殺しなの。それを今更持ち出して何になるって言うの」

 蒔田は流石に勢いを削がれたのか、口の中でモゴモゴ言っている。

 それを無視して望月は元の穏やかな声で言った。

「異論はあるかもしれないし、何故と思うかもしれない。けど、決定を覆す気はないから、受け入れて欲しい」

 うん、僕はいいよと城島が言い、西崎や古谷も頷く。

「ありがとう。それなら、今日は終わりにしようか。あ、あと坂下くん」

 望月は坂下の方を向いた。

「訓練の方は射撃以外は同じようにやってね。射撃の時間だけ、実践的な医学を私が教えるようにと言われています。座学に関しては基礎医学以外は免除。代わりに外科医学基礎・応用と救急救命学のテキストを渡します。これは座学だけでは絶対に終わらないから、計画的にやってね。じゃあ今日は解散で」

 望月はそれだけ言って部屋を出て行った。

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