By Sakashita Hajime[2]
残暑が終わり、少し肌寒くなった頃だった。
目を覚ますと、目の前にあったのは見慣れた拘置所の天井ではなかった。体を起こしてみると、ベッドと机が一つずつ、机の上に筆記具とノートが十数冊ほど置いてあった。何が何だかさっぱり分からなかったが、とりあえず部屋の外に出る。廊下の窓の外から声が聞こえた。
とにかく人がいる方へ、と外に出ると、何故か五人くらいが四百メートルほどのトラックを走っていた。
休むまで待って、近寄って声をかける。
「すみません、ここはどこですか」
声をかけられた男が困惑したように他のメンバーの方に視線を向けると、代わりに傍にいた女が口を開いた。大人しそうな、どちらかと言うと地味めな顔だが、よく見ると整っている。
「ここは、とある訓練場です。話すと長くなりますが、ここに連れてこられたということは、私たちと同じような訓練を受けることになります」
「は?」
本当に意味がわからず聞き返すと、女は少し考えて続けた。
「死刑囚ではないですか」
「何故そんなことを聞くんですか」
その通りではあったが、随分不躾な質問だ。
「失礼なこと訊いてすみません。でも、ここに連れて来られるのは死刑囚であるはずなんです」
「はぁ」
「望月怜子って知りませんか」
もちろん知っている。患者を八人殺した女医だ。もともと有名な医者だったから、随分騒がれていた。では、彼女がそうなのか。
「政府は死刑執行と偽いつわって、ここへ送り込んでいるんですよ。比較的若く動ける死刑囚をね」
疑問が顔に出ていたのか、彼女は心を読んだように解説を入れた。
「何故、そんなことを…」
「中東の方で起きている戦争、ご存知ですか」
「ええ、まぁ…」
拘置所と言えど検閲済みの新聞は読めた。他にすることもなく、毎日読んでいたから時事はある程度把握できている。
「一年間の訓練の後、あの戦争に参加させるそうです。アメリカが介入してますしPKF国際平和維持軍も出動していますから。とうとう日本も圧力に耐えきれず、兵力を出さざるを得なくなったのでは?たぶん、自衛隊を出すなどと発表したら非難を浴びるのはわかっていますから、秘密裏に少人数送ってアメリカの圧力を交わしたいんでしょう」
「その条件を満たす死刑囚は好都合だった?」
「ええ、おそらく。私たちは死刑執行と発表されていたのでしょう?つまり、使い捨ての駒です。死んでも誰かが悲しむわけでもなく、政府としても罪人を殺す手段が違うだけのこと。もしバレたとしても、賛否両論あるでしょうし、世論も割れてくれると思ったんじゃないでしょうか。アメリカは激怒でしょうけれど、他に方法がなかったと言えばアメリカ上層部は黙るとでも思ったのでは?例によって甘い算段ですが」
声は穏やかだが、言葉はなかなか辛辣だ。
「けれど、使い捨ての駒ということは…」
「まあ、十中八九全滅でしょうね。銃に関しては素人ばかりですし、よく集まっても条件に該当する死刑囚は二十人強と言った所でしょうか。精鋭部隊とでも謳って送り出す気でしょうけど、それなら行く先は前線です」
彼女はそこまで言い切って少し笑った。
「大体、私が軍医と部隊長を兼任している時点で政府は私たちを生かす気なんかないと思いますよ。部隊長ということは前線に出なくてはなりませんけど、それなら軍医に死ねと言ってるのと同義ですから」
唖然とした。戦争の前線など、これまでの人生で何の馴染みもない単語だった。死が目の前に迫ったことに本能的に恐怖を感じた。
「怖いんですか?」
その恐怖を感じ取ったように望月が言った。これまでの穏やかな話し方とはかけ離れた、冷たい声だった。大人しそうだと思っていた顔は一変し、ゾクッと寒気がするような微笑を浮かべていた。
「その恐怖、あなたに殺された人だって感じてたと思いますよ」
その声の温度に足が竦すくむ。それは一時的なものだったが一瞬でも足が竦んだことに苛立った。
「あんただって同じだろ。八人殺し…!」
望月は目を伏せた。しばらく黙っていたが、ぽつりと言った。
「そうですね」
その声のトーンは驚くほど低かった。言い返してしまったことがひどく決まり悪く感じた。
だがすぐ望月は普通の調子に戻り、頭を下げてきた。
「言い過ぎでした。すみません」
「あ、いや…。こっちこそ」
気まずい雰囲気になる。
その雰囲気を紛らわせるように、望月の後ろから若い男が声を掛けた。