By Kano Keili[5]
角を右に曲がると、より閑散とした細い路地に入った。少し歩くと、目的の店の看板が遠くに見えてきた。他はもう集まっているだろうか。
その夜の襲撃が最後の戦場となった。
日本での反戦運動が激化する中、しかし小隊の戦いは依然として続いていた。その夜も打ち合わせ通り敵の部隊に奇襲をかけ制圧した。この日も、死者は出なかった──はずだった。
制圧し終えたのは深夜一時過ぎ。捕虜を拘束し終わり、望月は本部に報告の無線を入れていた。
「……はい。今から捕虜と共に駐屯地に…」
そのときだった。
木の影から数人が飛び出してきた。
銃を構えていた。
「仲原!」
望月が一番早かった。銃口の先にいた仲原を庇い、
──撃たれた。
それでも望月は早かった。両手で腰から小銃と拳銃を抜き取ると、敵三人の頭を撃ち抜いた。それは、殺すことに頓着しない熟練兵の姿だった。
敵を倒し崩れ落ちた望月に、城島が「望月さん!」と叫んだ。坂下が医療器具の入ったバッグを持って駆け寄る。
撃たれたのは胸部と腹部だった。素人目にも致命傷だとわかるような鮮血の量。
それでも止血を試みる坂下に、望月は薄く笑った。
「いいよ。致命傷なのは、わかってる」
望月は城島に目を向け、続ける。
「駐屯地のね、私物に。ノートがある、はずだから。よろしくね」
城島が頷くのを見て、満足したように長い溜め息を吐いた。
コホコホと咳き込む共に、血を吐く。坂下が慌てて望月の背を擦る。焦ったような坂下の目を見て、望月が穏やかに微笑んだ。
「ね、格好良い、でしょう…?前線で、死ねる、方、が…」
坂下が驚いたように目を見張った。望月は坂下から夜空に目線を移した。
「本当に、楽しかった…」
掠れた声でそう言い、ふっと微笑むと、目を瞑った。
望月はそのまま、すーっと息を吐いて、
──二度と吸うことはなかった。
「望月さん?」
呼びかける城島の声は震えていた。もちづきさん、と子どものように何度も呼ぶ声だけが、静かな森に響く。
少し離れたところにあった戦闘車両に亡骸を乗せ、帰った。基地の入り口にいた兵士に説明したところ、遺体を引き取り検死した後、火葬すると言われたので預け、
三日間、誰もその話題にはふれなかった。
ジェイスが骨壷を持って現れたのは四日目の朝だ。骨壷と、A3の紙が一枚。
「日本には連絡を入れた。首相は責任を取って辞任したらしい。小隊は明後日帰国し帰国後は解散、恩赦が付くそうだから刑務所だろうな」
ジェイスが卓上に骨壷を置く。
「持ち帰ってやれ」
誰も何も言わない。
ジェイスは少し困った顔をする。そして、徐ろに持っていた紙のタイトルを読み上げた。
「検案書。望月怜子──」
「やめろ!」
そう叫びジェイスの手から紙を引ったくったのは、城島だ。近くにいる坂下が何故、と呟いたのが聞こえた。
「分かってるんだろ、こんなふうになるのをレイが望んでないことくらい」
ジェイスのその一言は全員に刺さった。
「知ってたなら尚更だ。なんか聞いてたんだろ?あいつは後悔なんか望んじゃいねぇよ。先が短かったあいつが、ここに来てしたかったことを考えろ」
それは城島に向けた言葉だったが、──先が短い?
気づくと同時に城島から紙を奪っていた。そこには想像通りの文字があった。
「癌…ステージIV?」
「…俺も、初めて知った。何故生きていられたのか分からないほどの状態だったそうだ」
ジェイスが付け足した。
項垂れている城島を振り向く。
「知ってたのか?」
「…」
無言の肯定。
「何故言わなかった!?もっと早く知っていれば…!」
「言うなと言われてたんだ。心配かけたくないから、って」
「心配かけたくないとかそんなどうでもいい理由で!冤罪だった、のに」
そこからは言葉にならなかった。涙が溢れて止まらない。こんなに泣いたのは初めてだった。
カランカラン、とドアベルを鳴らし店に入る。
「あ、鹿野ー」
手を振る城島の隣には既に坂下が来て居る。数年ぶりに会うが、城島の人懐こい笑顔とそれを見る坂下の穏やかな目は当時のままだった。
懐かしいなと思いつつ、城島の前の席へ腰を下ろした。




