By Sakashita Hajime[1]
By Sakasita Hajime
もう二十年も前になる。決して消えない罪を犯した。
すべてはそこから始まった。
一度も忘れたことのない、これからも決して忘れることのできないあの日は、もう冬と言っても遜色ないような寒さで、秋も終わりの頃だった。まだ三十になったばかりの、十一月。
年の離れた妹と久しぶりに会う約束で、駅で待ち合わせをしていた。十三も年が違う妹を、坂下は目に入れても痛くないと言えるほど可愛がっていた。
妹は約束の時間になっても現れなかった。マイペースなところがあるとはいえ真面目な妹が、連絡もなしに遅れるはずがない。何かあったのではないかと心配し始めた頃、坂下の携帯電話が鳴った。
「愛衣?どうしたんだ、」
もう三十分も過ぎてるぞ、と続けようとした言葉は途中で遮られた。
「おぉ、変わってねぇなぁその済ました声」
下品なその声は、──中学の頃の。
「谷口、なんでお前がこの携帯を、」
「愛衣ちゃんなら今遊ばせてもらってるぜ?返して欲しけりゃ駅の近くのニューホテル三一二号室まで来い。一人でな」
ギャハハハハッと品のない笑い声が電話口から聞こえてきた。それも一人ではない、複数人の。
ブツっと一方的に電話が切れた。
震える手で谷口が告げたホテル名を検索すると、──ラブホテルだった。
頭に血が上り、──そこからは覚えていない。
気づくとホテルの一室で真っ赤な刃物を握っていた。血の鉄の匂いが濃く漂う中で、妹が恐怖と憂慮の入り乱れた眼でこちらを見ていた。
自分の携帯で一一〇番通報し、到着した警察に逮捕されるまで五分もかからなかった。妹は事情聴取のため別のパトカーで警察署へ連れて行かれた。妹と会ったのは、それが最後だ。
警察での取り調べは簡単に済んだ。何も覚えていなかったので相手の話す状況すべてに首肯した。──中学時代に坂下に恨みを持っていた谷口が妹を誘拐し、妹を誘拐された怒りからホテルに向かう道中で買った包丁で加害者五人を殺害したというその筋書きは恐らく、事実に限りなく近かっただろう。
ただ一つだけ、反省しているか、という問いだけは、自分の意思で答えた。
事情が事情なだけに、反省していれば情状酌量が認められる。もしかしたら過剰防衛も狙えるかもしれない。していると一言答えておけばいい。そう、警察にも弁護士にも、果ては検察官にも諭されたが、坂下は決して頷かなかった。
反省していると答えることは、妹を助けたことを後悔しているのと同義だ。
後悔はしない。たとえ死刑になったとしても。
検察官は判例通りに死刑を求刑し、弁護人も坂下の投げやりな態度に匙を投げた。
地方裁で求刑通り死刑を言い渡されるまでにそう時間はかからなかった。