プロローグ
これは近未来の一つの形のお話。
人類は、制御不能とされていたウィルスのコントロールに偶然の成功を収める事になる。
ウィルスとは生物としての最小単位であり、その構造は極めて単純であり、それはあらゆるウィルスに共通している。
つまり、この技術により、人類はあらゆるウィルスのコントロールが理論上は可能となった。
その技術を発見したのは「黒崎 耕三」という名の一人の科学者だった。
黒崎は、教え子でありパートナーでもある若き科学者「青山 始」と共に研究を続け、その技術を一般企業でさえ容易に行えるレベルにまで簡易化し、マニュアル化した。
黒崎は、このマニュアルにV・C・M(Virus・Controll・Manual)と名付け、惜しむことなく公開した。
V・C・Mは各国の研究者によりアレンジされ、あらゆるウィルスをコントロールする理論は瞬く間に具体化され、実用化されていった。
そして、世界中からウィルス性の病気は全て消え去り、人々は歓喜した。
しかし、人の欲望は尽きない。
他の国のV・C・Mからの派生ノウハウすらも独占し、富を得ようとする者が後を絶たなかった。
その欲望は戦争を引き起こすにまで至り、世界各地では争いが絶えなくなっていた。
その戦火は、やがてV・C・Mを開発した日本に及ぼうとしていた。
黒崎は戦争の発端が自分にあると考え、眠れぬ夜を重ね、その精神は追い詰められ、疲弊しきっていた。
ある夜、黒崎は青山に宛てた置手紙を残し、地下深くに建造していた研究所に閉じこもり、何者も立ち入れないよう隔壁をロックし、わずかに残る迷いを振り払うように叫んだ。
「私がこの戦争を止めるのだ! それこそが私に課せられた義務なのだ!」
そして、暗い地下研究所へと消えて行った。
翌日、いつものように研究室に入った青山は、机の上に置手紙を見つけた。
置手紙にはこう記されていた。
信頼するパートナー、青山君へ。
今、世界中で起きている戦争は私の責任だ。
私がV・C・Mを不用意に公開してしまった事が原因だ。
だから、私は責任を果たさねばならない。
私の作ったV・C・Mを更に進化させ、V・C・Mで起こった争いをV・C・Mで終わらせる。
その為に、私はあの禁忌に手を染める。
だが、君を巻き込むことは出来ない。
これは私の責任であり、それは私一人が背負うべき業だからだ。
君は独自に研究を続けてほしい。
世界中の兵士や市民の命を守れるように研究を続けてほしい。
地上の研究所は自由に使ってくれ。
これは私からの最後の指示だ。
頼んだ。
それを読んだ青山は青ざめ、思わず叫びながら地下へと走った。