表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/30

一六

 個室レンタルの蔦屋かな。これはまるで――、あれだ。

 お好きなラブドールとご一緒に――性別、年齢、外見、コスチュームはもちろん、哺乳類から鳥類、爬虫類、両生類や昆虫型、原生生物仕様まで、数万種を取り揃えております。

 二畳から十四畳ほどの無重力スペースで、連れ込みもOK。

 ラブドールを交えての複数プレイもざらだ、という。

「ラブドールの歴史と蔦屋のレンタルについて知ってもらいたい」として打った広告が、確か――

 ●恋人が新しくなってすぐに届くレンタルサービスについて知ってもらいたい。

 記憶領域に登録すれば、パーソナルスペースに潜在意識を置いておくだけで、新しいドールとの新生活を手に入れることができるレンタル店がある。

 ■ その他に、『DREAM OR DEAD!!』アプリにはこんな声――

 ・『DREAM OR DEAD!!』アプリに登録すると、お好きなキャラクターに選ばれて、あなたの内と外で『お好きな歌』を歌って踊ってもらえるぞ。これは、自分に自信が持てなくなるレベル――

 ・その他、『Afterfate』アプリで配信する『ストーリーブック』『ファンタジーアート』などのコンテンツで、自分をキャラクターに合わせてコンバインする事ができるぞ。

 ●新たに、ドールプロジェクトという取組により、ラブドールのあらゆるニーズを受け入れて、ドールの持つポテンシャルの更なる高さを追求していきます!!

 ■ドールにはすべて、『BIG DOG DOG DOG』(「 DREAM OR DEAD!!」の頭文字をとりました)が付いています! すべてのドールのパーツ、持ち物にタグが付いています!

 ■『DREAM OR DEAD!!』のアプリは大反響! 新たなドールのプロジェクトの可能性がますます広がることに!!

 この度、『DREAM OR DEAD!!』アプリでは『LAKES LARMEラプーシュール』×『DREAM OR DEAD!!』のコラボレーション企画として、『LAKES LARMEラプーシュール』シリーズ・キャラクターによる新ドール・アプリのプロモーションをに実施しました。それらのアプリでは、「BIG DOG DOG DOG DEAD!!」の頭文字イニシャルパターンを採用した新ドールのVRバージョンが実装され、新たなドールの四次元デリバリーが実現!! さらに、ダンシングドールのプロモーションでは新たなラブドールの魅力を伝えるムービーストーリーが登場します!!

 ●『DREAM OR DEAD!!』アプリ 公式サイト

 

 ■『DREAM OR DEAD!!』プロモーションムービー(ストーリー編)

 『DREAM OR DEAD!!』アプリ公式サイトから、アプリのストーリーを伝えるムービーが公開。

 このムービーでは、『BIG DOG DOG DOG DEAD!!』から生まれたドールの、「DREAM」への挑戦を紹介しています。ダイナミックなダンサー姿から、「BIG DOG DOG DOG DEAD!!」に挑戦する姿まで、様々な衣装で登場するドールの姿に乞うご期待!

 ■新ドールのプロモーションムービー(ストーリー編)

 概要『 DREAM OR DEAD!! 』アプリのストーリーを伝えるムービーが公開され、また、アプリト共にインストールされる「Analyze system」から、ゲーム攻略やドールとの会話に挑戦できる機能が展開されており、様々なドールとのコラボレーションが実現しています。

 ――とかなんとか。「このお人形さん、本物でしょうか?」がキャッチコピーだった。

 『 DREAM OR DEAD!! 』アプリは刺青と同じだ。

 肉体に直に埋め込むから、利便性の反面、削除できない。削除できるとされているが、見かけ上そうなるだけで、実際には機能は残る――配信元の刺激に無条件に介入される――ことになる。

 ラブドールとのマッチングに最適化されているから、人間の相手をする際に、感情が干渉されることだってある。

 ラブドールとやった数だけ元カノがいるようなものだ。

 脳内に棲みついて居座る元カノ。そいつらが、でんでバラバラに自己主張を始めたら、もう、たまったもではない。

 『DREAMORDEAD!! - DREAMORDEAD!!』が配信中。

 脳内に刺激がひしめき合って、ネオン看板みたいにチカチカして眩しい。

「ドールとのマッチングに問題が生じたときはリロードの申請をするか、緊急の場合はアカウントを削除してください」

 ポップアップする警告欄のウィンドウに、そう書いてあった。削除のコマンドは「Repolice」と、「SpeerDebug」

 おかしいな。ここは蔦屋じゃないぞ。俺は一体何を思い出しているのか。

 もし落下する水とガス灯が、二つの世界を分かつ境目だとした場合。その境目はきっと、俺の頭から流れ落ちる水なのだ。

 それがどこから、どのような流れで俺の頭の中に流れ着くのかわからないが、俺が水に飲まれてしまったとき、それと一緒に、俺という存在のどこかに、俺の頭から流れ落ちるガス灯が光っている。そして、それが天井で反射して、夜の街が白一色に埋め尽くされ、ネオンの灯りが薄らいで、星の輝きが、それぞれ、光の粒子をまき散らしながら、俺の姿を俺の頭上に投影し出す。

 それが俺の、俺自身。俺の意識そのものである。

 そしてもう一つ、俺は知っている。

 ここは個室レンタルの無重力ルームではない。懐かしい、マリヤのアパートだ。

 マリヤは、どうしても俺に触れていることができなくて、代わりに珠希の生き人形を差し向けたのだった。

 彼女は、いつも俺とキスしたがるので、それを邪魔されるのが嫌いだった。

「あんた、そんなんばっかりやな」

 俺のせいか? 静電気も、人形も、お前のものだ。

 まあ、君を賭けたのは俺だが。

「ンケ、ンケ、……ンケ、ん?」

 鼻にかかった呼び声。それに応えて、ボーカロイドが服を脱ぐと、顔と手先以外は、関節人形そのままだ。だが、極薄のボディが繊細な歌声に震えると、温度も湿潤度も変化のない樹脂の肌が、生きている人間のような感覚に変わる。

「私、あんたと一緒にいたい。いっしょにいたい」

 とか、

「時には正直な欲望に」

 とか、

「見ないで、見ないで」

 とか、

「もしお前が私の死を望むなら」

 だとか。

 人工皮膚よりもなめらかな、素体の肌理を、微弱音で揺らすのは、そんな古い歌だ――。それが、俺を暗闇の世界へと引きずり込むのだ。

 まるで、水に浸されたティッシュペーパーだ。俺の成分を吸い取るように、俺に密着した珠希の人形を、マリヤが後ろから抱きしめる。俺はマリヤの体液を吸い取るための、珠希という、水に浸かっているのだ。まるで人間のように。

 水は、人間のもの。人間たちのもの。俺のものではない。人間と人間と人間を巡る水は、俺たちを除外する。俺は、俺である。だが、人間と人造人間のどこが違うというのか。

「あ」

 俺は、俺以外の何かでもある。俺は変わる。変わるのだ。俺は変わりつづける。水は、水だ。変わらない。だから、この、俺を俺だと否定する何かは、俺ではなかった。

 俺は変わる。俺は、俺の知らないものへと、変わりゆくのだ。いや、俺を脱ぎ捨て、俺になったのだ、俺は。

 傷ついたマリヤの顔は見たくない。

 しかし、俺は目を離せない。

 たとえ表情が、皮膚の一枚に過ぎなかったとしても。今、俺は、俺から失われたものへと変わりゆく。

 俺たちの間に珠希はいない。

 世界は彼女たちの中に溶けてしまったが、――俺はまだ、俺だ。俺は、俺を俺として、この世にとどめたまま、永遠を失った。

 だが、俺にはそれでいい。俺の血を、水から奪ったのは、他ならない君だ。君は、いつも、俺を俺とは認めない。しかしそのつど、俺を発見する。

 俺が君をこの世界にとどめておけばいい。

 すると、マリヤが言った。

「もうええんやない。ほんなら」

 俺は笑った。

「ふん」

 彼女も笑ったらしい。彼女の笑顔は髪で隠れている。

「なんや、その顔。笑い方が、なんかおかしいわ」

 俺は笑った。

「ああ」

 帰り道は、今度はあんまり長いのじゃない。いつもより短いぐらいだ。立ち止まって、女が待っている。またどこかで会えるんだ。そう思って、少しだけ歩調を緩めた。

「やっぱり、うちらの中にも人間の感情ってあるんや。それはやね、その下郎ん中に人間が生きていれば、生きていくほど自由に生きていけるから、生きることが楽になるからみたいなんやけど、あんた、わかるか。その感情が、それぞれ違うことに……。誰かさんと、誰かさんは、いつも同じやないんや。だから分からなくなってしもうたん。珠希がええ人やったからって、あんたがええ人やったからって、死んだ人がええ人やったことが何になるんやろ」

「なにが言いたいんだ」

「しらんわ。どないな意味かなんて。口が勝手に喋りよる」

 俺は歩調を合わせて歩いた。マリヤの眼が泳いでいる……俺を恐れている……いや、違う……マリヤは怒っている。こんな眼は、見たことがない。

「おまえ、俺にそんなふうに言うの、はじめてじゃねえか!」

 マリヤが俺を見た。マリヤは唇を歪ませる。

「じゃ、もうええか。あと、かんにんな、なんか話が上手にでけへんかった」

 彼女はそう、なんでもないといった調子で、俺に言った。

「そやかて、わかりにくいやん。こういうもんて」

 そう言って彼女は指をさすった。そして、少しだけ間を置いた。

「ほれ、そら……これ、見や。あんたが居ったときと全然違うやろ」

 両手の指を蝶のように羽ばたかせながら、彼女は俺から目を逸らして歩き出す。

「なあ、あんた、いっぺん死んでみ?」

 マリヤは振り返り、俺を見つめて、ぼそっと言った。

 しかし、君はそれを望まない。君は俺をこの世界にとどめておけばいい。もし自棄になったら、……どうしてもそうしたくなったら、俺が、俺を見限って君の側を去るように、君も俺を見限ればいい。

 マリヤの唇が、泡を噛んでいるのが見える。

 灰色の瞳が……ゆらゆらとうごいている。彼女は歩き去る。

 彼女は、俺から眼をそらして、歩き去った。

 酔っ払ったような千鳥足で、遠ざかる、後ろ姿がなんだか危なっかしい。適当に選んだTシャツとジーンズだけが、いつも野生動物のようなマリヤらしかった。

 桜新地を南に抜けるか? いや、それは危険か……。しかし、直行と蛇行は、どっちにしろ、天国と地獄、両方から夜の底にかけて通る道だ。

 俺は迷わず踵を返した。後をつけなくても、マリヤの行き先はわかっている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ