最終話 キャッチボール
日本シリーズ初戦のエレファンツの勝利から日数が経った。
その間、佐野も日野も自分自分の仕事にいそしんだ。佐野は営業を順調にこなし、大きな工事も幾らか取って会社に貢献していた。日野は新薬のプロジェクトで成果を収めたことにより、会社からかなりの信頼を得ていた。
会社勤めの二人は多忙だったが、もちろんエレファンツと高木のことは忘れていない。
日本シリーズは日程が進み、エレファンツの三勝、ブラックソックスの二勝で第六戦に突入しようとしていた。
「よう、忙しいか」
「ああ、でも仕事は上手くいっているからストレスは感じないな」
「俺もそんなところだよ」
エレファンツの日本一がかかった第六戦、佐野と日野は試合が行われるシャラクドーム前に来ていた。
この試合は高木が先発する。
「後は高木が上手く投げれば言うことなしだな」
佐野は球場へ足を運びながらそう言った。
「そこまで上手くいったら怖い気もするがな」
日野は少し笑っていた。
「怖いぐらい上手くいく時ってあるだろう?逆もあるけどな」
「そうだな、そうなるのを願うか」
球場内に入った二人はいつも通り一塁側内野指定席に座り、しばらく待った。
試合開始の時刻になり、エレファンツの選手達が守備に散らばって行った。超満員のシャラクドームは選手紹介の場内アナウンスの度に沸き、高木の登場時はドームが割れるかと思うくらいの歓声が沸いた。
そんな中、佐野と日野は高木を見ていた。
「いいな」
「ああ、いい時の高木だ。落ち着いている」
マウンド上の高木は、確かに静かな目をしていた。
内に秘めた闘志を静かに燃やしていた。
高木は立ち上がりも良く、一回表を難なく抑えた。その後も好投が続き、試合は五回表まで進んでいた。
スコアは3‐0エレファンツが押し気味だ。
しかし、この回の高木はややコントロールが甘く、バッターを抑えるのに苦労していた。上位打線でもあり、二番はかろうじで抑えたが、三番バッターに甘く入ったスライダーを痛打され、二塁にランナーを背負った。
そして迎えるバッターは四番鬼本。
(…………)
マウンド上の高木はピンチではあるが、相変わらず静かで落ち着いていた。対峙している鬼本に対して一球目をセットポジションから投げた。
「ボール!」
アウトコースのストレートだったが、幾分外にコースが外れた。鬼本はしっかりとボールを見て見送った。
「鬼本は見えてる……」
佐野の口からつぶやきが漏れた。
二球目。
高木は直球を投げ込んだ。それを待っていた鬼本は狙いすまして振った。
「ああ~!」
「いったな!」
佐野と日野は打球を見て思わず立ち上がった。打球はライトスタンドの中段に吸い込まれた。
高木は二点を失った。
鬼本にホームランを打たれた後、キャッチャーが高木の所へ行き励ましていた。高木をそれにうなずきを返していた。
その後、高木の静かな目が凄味を帯びたものに変わっていった。
ホームランを打たれた後、高木のピッチングは全力投球に変わり、後続をピシャリと抑えた。
そして試合は九回表まで進んだ。
スコアは3‐2のままで、エレファンツが一点リードしていた。
高木はこの回になっても球威は衰えず、二番を三振、三番をセカンドゴロに抑え、四番の鬼本を再び向かえていた。
「クライマックスだな」
「ああ、今度はやってくれるさ」
球場内の「後一人」コールが止まない中、佐野達はマウンドを静かに見守っていた。
ランナーは背負っていない。高木はワインドアップから鬼本に対する投球を開始した。
一球目は鬼本の懐をえぐる高速スライダー、しかし判定はボール。だが、鬼本の体勢を崩すには十分な球威があった。
(直球じゃなかったか……)
ストレートを待っていた鬼本は面喰っていた。
二球目。
再びワインドアップから振りおろされた腕から、今度は剛速球がアウトコースにぶち込まれた。
「ストライーク!」
体勢を崩されていた鬼本は手が出ず見送った。
三球目はフォークを投じたが、見送られてボールとなった。四球目は再び高速スライダーを使った。鬼本はそれを振ったがバックネットへのファールとなった。
2‐2の平行カウントになった五球目。
(…………)
高木はその時、再び静かな目に戻った。その目には高木だけに映るミットへの光のような軌道が見えているようだった。
そしてその軌道に乗せ剛速球を投じた。
ボールは神がかった伸びを見せミットに吸い込まれた。
「ストライーク! バッターアウト!」
そのボールをただ見送った鬼本は呆然としていた。
高木はそれを見て一瞬間を置いて、両手でガッツポーズを決めた。
「いてえ~!」
「いや、痛いか? 一割も力出してないぞ?」
「あの球でそうなのか? やっぱエレファンツのエースは違うな」
エレファンツが日本一を決めた後のオフの正月。佐野と日野は高木と示し合わせて故郷で会い、子供の頃のようにキャッチボールをする計画を立てた。
「俺には2%ぐらいの力で頼む」
「分かった、そら」
ビュン! バシッ!
「いてぇ~!」
そして今、三人が通っていた懐かしい小学校のグラウンドでキャッチボールをしている。
「滅茶苦茶手加減して投げてるんだけどな……」
高木は怪訝な顔をして自分の手を見た。
「それだけ違うんだよ、俺達と」
日野はそう言って笑いながらボールを投げ返した。それを受けた高木は、
「何も違わないさ」
そう返し、今度は佐野にボールを投げた。
三人共いい球を投げあっている。
おわり