第七話 日本シリーズ
試合が終わり、エレファンツの選手達は高木のいるマウンドへ一目散に走り寄った。そして、高木や監督、コーチなどを次々に胴上げしていった。
「よかったな」
「ああ、最高のゲームだ」
佐野も日野も観客席で満足そうだった。
エレファンツファンで満員の球場は誰も帰る人はいない。エレファンツのリーグ優勝を皆で喜びあった。
高木のヒーローインタビューが始まった。
高木は話しながら途中で涙ぐんでいるようだった。自分の再復帰登板でリーグ優勝できたのが相当嬉しかったのだろう。佐野と日野にも熱いものがこみ上げてくるのが感じられた。
ヒーローインタビューが終わり、高木が観客席に向かって手を上げると、再び球場内にドッと歓声が沸き起った。
「この後はビールかけになるな」
「今日は高木に会える時間はないだろう、ビールかけを見たら帰ろう」
「そうだな、それにしてもよくやったよ」
瓶ビールを持った、エレファンツの選手達を見ながら、佐野達は満足そうな表情をしていた。
マウンドではビールをかけられながら、もみくちゃにされている高木が居た。
リーグ戦が終了し、高木は日本シリーズまでオフになった。オフではあるが、もちろんしっかり練習はしている。
「リーグ優勝おめでとう! 日本シリーズもやってくれよ!」
高木は時間を作り、佐野達と焼き肉屋で会っていた。
「今日は俺達がおごるからな、じゃんじゃん食って飲んでくれ」
「いいのか? 本当に?」
高木はやや気がねしているようだった。
「いいんだ、お前の壮行会のつもりなんだから遠慮するな」
そう言いながら、日野は高木のグラスにビールを注いだ。
「じゃあ、ありがたくご馳走になるか」
グラスに注がれたビールを高木は一息に飲んだ。
「ひゅー、いい飲みっぷりだ」
佐野と日野は一瞬驚きの表情を浮かべ、その後笑った。
「で、日本シリーズは第一戦が先発なんだろ?」
「ああ、そうなるよ。場合によっては三つくらい投げるかもな」
佐野も日野も「えっ」という表情をした。
「二試合ならともかく、三試合はきついんじゃないか?」
「場合によるさ。すんなり勝てればそれで終わるだろうし、もつれれば俺は出るつもりだ。監督にもそう言っている」
高木は和やかに肉を食べていたが、目には力がこもっていた。
「そうか、やっぱ日本シリーズはお前にとっても特別なんだな」
「そりゃそうさ、絶対日本一になるつもりだ」
そう言うと高木はビールをまた一息で空けた。しかし、まだ酔ってはいない。
そして、真剣な眼差しで佐野達を見ていた。
日本シリーズ初戦。
シャラクドームは試合開始一時間前には既に超満員になっていた。
佐野と日野はその日のチケットも何とか手に入れることができ、いつものように一塁側内野指定席に座っていた。
「熱気がすごいな」
「そりゃそうだろう、何といっても日本シリーズだ」
佐野達はそういう会話を交わして、熱気に押されながら高木達、エレファンツの選手が登場するのを待った。
しばらく経ち、場内アナウンスと共にエレファンツの選手達が守備に着き始めた。高木が登場するとシャラクドームはドッと沸いた。
日本シリーズの対戦相手はブラックソックス。際立った選手は少ないが攻守のバランスがとれたチームで、リーグを制し日本シリーズまで上がってきた。
そのブラックソックスの一番バッターが打席に着き、試合が開始された。
高木は第一球目をノーサインでワインドアップから投げた。ボールはうなりを上げインハイ一杯に構えたミットに快音と共に入った。
「ストライーク!」
バッターは呆気に取られたような顔をしていた。
マウンド上の高木は自信のある笑みを軽く浮かべた。
一回表は上々の立ち上がりで、高木は三者凡退に抑えた。
回は進み六回表……
二番バッターを微妙なコントロールミスで歩かせ、三番バッターに意表を突かれた送りバントを決められた高木はこの試合始めてのピンチを迎えていた。
ここまでのスコアは2‐0でエレファンツがリードしていた。
「完封ペースだったがまずいな」
「ああ、しかもブラックソックスで一番怖い鬼本だ」
ブラックソックスの四番鬼本。
際立った選手が少ないブラックソックスの中での名バッターで、今季も二位に大差をつけて首位打者を取っている。長打もあるが、飛びぬけた巧打力を持っている。
「歩かすかも知れないが……」
「いや、恐らく勝負だろう」
そう言葉を交わし、佐野達はマウンドを見守った。
高木はセットポジションから一球目を投げた。
「ストライーク!」
アウトローへの直球がミットに吸い込まれた。しかし、鬼本は振らなかったが慌てずボールを見ていた。そして軽くうなずいた。
「嫌な見逃し方だな……」
「ああ、ボールが見えてそうだ」
佐野達は固唾を飲んでいた。
鬼本への二球目。
高木はもう一度同じコースへ直球を投げ込んだ。鬼本はそれを振った。快音を残し、打球は右中間へライナーで飛んで行った。
「ああー!」
佐野達は思わず声を上げた。
右中間に落ちた打球はそのままフェンス近くまで転がっていき、ライトがようやく追いついた時には二塁に居たランナーは三塁を回り、三本間の半分くらいの所まで来ていた。ランナーは帰り、ブラックソックスに点が入った。
「やられたな」
「でも、まだ一点だ」
ボールは高木の所へ戻ってきた。佐野達は気を取り直して観戦を続けた。
マウンド上の高木はロージンを手に取った。
目は死んでいない。
六回表はその後、高木がよく抑え、ブラックソックスの攻撃を一点でしのいだ。
その後、両チームの投手がよく投げ試合は2‐1のまま九回表まで進んだ。
高木は上位打線の二番から始まった九回を二番、三番と抑え、2アウトまで取っていた。
そして、再び鬼本と対峙していた。
「さあクライマックスだな」
「ここで抑えたらかっこいいな」
佐野と日野はそんなことを言っていたが、マウンド上の高木の目には凄味が宿っていた。
ランナーは当然いない。高木はサインにうなずきワインドアップから一球目を投じた。その球は鬼本の懐をえぐるようだった。
「ストライーク!」
インハイ一杯に決まった。鬼本は目がついて行ってないようだ。
二球目。
高木は自分が最も得意とする変化球であるフォークを投げ込んだ。鬼本はそれを振ったが落差について行けず空振りを喫した。
ミットに収まったボールが戻ってくると、高木は一つ大きく息をして再びワインドアップから三球目を投げ込んだ。一球目と同じインハイの剛速球だ。鬼本はそれを振った。
「ストライーク! バッターアウト!」
バットは空を切った。鬼本は終わったという表情をしている、どことなく清々しそうでもあった。
マウンド上で高木は渾身のガッツポーズを決めていた。