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第二話 怪我をした高木

「完封勝利おめでとう! お疲れ!」

「ありがとうな」


 球場近くの鉄板焼きの店で祝杯をあげている三人の姿があった。プロ野球選手である高木は試合後、少し時間を作ったようだ。


「最多勝が近づいて来たんじゃないか?」


 佐野が高木のグラスにビールを注ぎながら訊いてきた。


「まだ分からないさ、いいピッチャーなら他にもいっぱい居る」

「それにしても今日はよかったな、完封だもんな」


 日野も飲みながら話している、既に顔が赤く出来上がりかけているようだ。


「確かに、今日はいい仕事が出来た。お前らが応援してくれたおかげだよ」


 そう言って、高木は佐野のグラスにビールを注ぎ返した。トクトクと注がれるビールを見ながら佐野は、


「いい仕事か……高木はもう立派な仕事ができているけど、俺はまだまだだよ。失敗ばかりさ」


 と自嘲気味な笑いを少し浮かべながら言った。


「俺もだよ、製薬会社の研究職に就いたのはいいが、まだ大した仕事は出来ていない。その点、高木は凄いよ」


 日野もつまみを食べながら、高木に向かって言った。二人の言葉を受けた、高木は手を振って謙遜し、


「いや、俺は野球しか出来ない。だから、野球選手になれなかったら、今何やってたか分からないさ。佐野のように、サラリーマンをやる能力もないし、頭も悪いから日野のように研究も出来ない」


 そう、少し真剣な表情で答えた。


「そうかな? そうでもない気もするけどな」

「いや、そうさ。それに俺も悩む時はある」

「お前がか?」


 高木の告白に二人は意外そうだった。


「まあいいや、とにかく飲もう。今日は俺が持とう」

「いいのかよ?」

「いいさ」


 その後も三人はしばらく語り合った。




「今日も外回りか……」


 エレファンツの試合観戦から数日後、佐野はいつものように出勤の仕度をするために早めに起きた。


「今日の取引先は苦手な人がいるんだよな……」


 独り言を言いながら、気が重たそうにトーストをかじっている。ポジティブな佐野にもやはりストレスはあるようだ。


(上手く話がまとまるかな……)


 朝食を終え、朝のニュースを見ながらそんなことを考えているうちに、出勤時刻になった。


「うじうじしてても仕方がない! 行こう!」


 持ち前のポジティブさを出して、佐野は会社に向かった。




 会社に着いた佐野は、取引先に向かう準備をして社用車に乗り込んだ。佐野の会社は建築関連の仕事をしており、佐野は営業で工事の受注を行っている。今日の取引先はかなり大口になる。


(あの人は苦手なんだけどな……。まあ考えてもしょうがないか)


 車を走らせながら、佐野はどうしても苦手な取引先のことを考えてしまうようだった。


「ラジオでもつけるか」


 気分転換をしようと思ったのだろう、佐野は車内にあるラジオをつけた。丁度スポーツニュースをやっていた。


「続いてはエレファンツのニュースです」

(おっ、高木のことを言うかな)


 そう思った佐野は、運転しながらも、少し身を入れて聞いていた。


「心配なニュースが入ってきました。現在、最多勝のエース高木選手が練習中打球を受け、手の甲を骨折したということです」

「えっ!」


 ニュースを聞いた佐野は驚いて声をあげてしまった。


(こりゃ心配だ、仕事が終わったら連絡を取ってみよう)


 佐野はそう考えると、つけたラジオを切り、取引先に車を急がせた。




 ピンポーン……


「はい」

「佐野と日野です」

「あら、お見舞いに来て下さったんですね。ありがとうございます。お上がり下さい」


 高木は一戸建てに住んでいて、既に妻子もいる。佐野と日野は示し合わせて、高木邸に見舞いに来ていた。


「お邪魔します」


 玄関に入ると、高木の奥さんの紗江が出迎えてくれた。


「旦那さんの具合はどうですか?」

「元気そのものですよ。手の甲の骨折だけですから、でもしばらく野球が出来ないからちょっと腐っているのが心配ね……」

「そうでしょう……」


 高木の性格をよく知っている二人はそうだろうという表情を浮かべた。


「とにかく主人と会ってやって下さい、主人もお二人が来て下さるのを待っていたようですから」


 そう言って、紗江は高木の所へ二人を通した。




 高木はリビングに一人で居た。高木の息子は友達の所へ遊びに行っているようだ。


「おう、来てくれたか。待ってたぞ」


 佐野と日野は高木の前のソファーに腰掛けた。


「土産を持ってきたよ」

「俺も持ってきた」


 佐野が持ってきたのは、少々高級なチーズで、日野の方は漢方薬を持ってきたようだ。


「これは……。ありがとうな、そんなに気を使ってくれなくていいんだが」

「まあ、取っとけよ。それはそうと、ちょっと腐ってるそうじゃないか」


 紗江がグラスにオレンジジュースを入れて持ってきたのを飲みながら、佐野が話しかけた。


「腐りもするさ、特にテレビで試合を見ているとやきもきする」

「でも、休んでいる間にもできることってあるだろう? というか、休んでいる間にしか出来ないことが」


 そう問いかけたのは日野だった。


「野球以外のことか?」

「そうなるかな、休んでいる間に家族サービスじゃないけど、どこかに出かけるとか、少し野球から離れた視点で自分を見つめ直せるんじゃないか」

「……」

「結局それが野球につながることになるかも知れないしな。リフレッシュや、いい気分転換になって」

「それもそうかも知れないな」


 高木は頷いてそう言った、少し何かが開けたような顔をしていた。


「いいこと言うな、日野」


 佐野も感心したようだった。


「よし! リフレッシュの一環に付き合ってくれ! 晩飯を一緒に食おう!」


 高木は紗江を呼び、二人の分も晩餉を作るように頼んだ。表情は明るかった。

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