記憶の搬入、回帰
[生体認証ヲ ドウゾ]
明らかに今の機械とは異なる。誰かを傷付けかねない女性チックなアナウンスに、誰かを傷付けかねない角だらけのボディ。
これは昔の遺産だ。
つい、手を伸ばして触れてしまった。
[Thank you.御協力、感謝、シマス]
「おい、お前は」
[Welcome.此方デス]
俺の言葉も無視をして進み出す。こんなこと初めての筈なのに、何故か懐かしくて。
それでいて、居心地が良かった。
[申シ遅レマシタ。私ハ、『FIFの墓守』、歴代FIFノ残シタ遺産ヲ守ル様、プログラムサレマシタ。]
「歴代FIFの残した遺産…?」
なんだ、それは。彼等は保全に行くから、残るものなどないはずなのに。
[此方、デス]
扉が開く。
先に待っていたのは、村だった。
「な、村っ!?授業で習った数万年前のものだって…!!」
俺の声が反響する。一応地下にはあるらしい。
「ようこそ、お客様。ここからは私が案内をしてやるよ。ここに来たから平気だと思うが、多少乱雑なのは勘弁しておくれ?」
顔の丸見えな、おばあさん。フェイスマスクもICタグにも管理されない人間が目の前にいる。
それは、その存在だけで、衝撃だった。
「ひ、…久しぶりに、見た。」
「ははは、生身の人間かい?そうさね、私がここに来る前にもフェイスマスクはあったからねぇ。とはいえ、随分進化したもんだねぇ…」
懐かしむように、俺の知らない過去を口にする。
ただ俺は目を丸くして聞くだけになってしまった。
「そんなこたぁ何時でも話せる。さ、おいで。お茶でもしながら教えてやろう。此処が、どういう場所なのか。」
手招きされるままに、村の真ん中へと歩く。
いつしか、普段の不快感は消えていた。
「あんた、先に。そのフルフェイス、早く外しなよ。誰もあんたの顔なんてまじまじ見ないよ。」
雑に言い捨てられ、言われた通り顔を外す。化粧も何もせずにぼろぼろの顔で、恥ずかしくて見せられないはずなのに。
なんだか、見せることが出来てしまった。
「はは、…なんだこれ」
呆気無く取れた面の皮に笑いが込み上げた。
「想像より簡単だよ、そんなもの。周りの圧が怖いんだろ、お前さんも。それでいいのさ、本当に。」
けらけら、軽々しく笑うおばあさんが素敵で、すんなりと頷いてしまう。
ひとしきり村を案内される。田畑に家屋、当然の様にあるそれらは今では見られないほどアナログで。
「本当、不思議だ。」
「ははっ、そうだろうねぇ。みんなそう言うさ、外界から来た人間は。」
受け入れてしまった文明からすれば、遺産。そして排斥された風景で。ここに確かに歴代管理者の墓があると言われれば、そうかと感じた。
文字通りFIFの墓なのだ。
守っていても、進化はする。文明は花開くし、電気はその蔦を伸ばす。
人はさらに知能を付けて、自分達に都合いい様世界を書き換える。
その、書き換えられる前は確かに、何処にも残っていなかった。
良かれと思って、それらを壊してしまっていたから。
ちょっとゾッとした。俺もそうかもな、なんて。
ふと、おばあさんが立ち止まる。そこにはホログラムの発生機械と、1軒の大きな家が存在していた。
「さ、ここが居住の家。皆で雑魚寝もできるし、一人部屋もある。先にあんたの部屋まで案内してやるよ。」
ふと、気になってしまった。
何故俺の部屋があるのか。何故、当然の様に皆はようこそと受け入れるのか。
「なぁ、俺の部屋は何であるんだ?」
口に疑問の答えは、ホログラムが答えてくれた。
『お帰り、ハジメ。』
聞いたことの無い、俺に似た声が俺を包んだような気がした。
「俺の、名前…?」
ただただ、首を傾げる。不安で、震えてしまう。
俺の名前を知る人は多くて少ない。
隣人、クラスメイト、教師、職場。
だいたいそのくらい。プライバシー保護が当然の世界で、名前すら晒されないのは必然だった。
だから。
「…俺に似てる声」
つまりは、俺の、親、ということになる。
いつの間にか消えてしまった俺の親。
その姿の記憶は小学生まで遡る。
齢27にして親に会うなんて、ちっとも思っても居なかった。
だって俺は、その記憶を、声の記憶を失ってしまっているから。




