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9(回想編)

あれから二年経った。


ラシェルとの放課後の特訓で、学校で習う範囲の魔術はほとんどできるようになってしまった。


高学年になり、先生の許可を得て授業を免除された俺達は、試験期間以外は好きなときに学校の施設を使って、更に高位の魔術を覚えたり、新たな術を考えたりとそれなりに充実した学生生活を過ごしていた。




ラシェルは相変わらずで、しょっちゅう約束の時間を忘れては俺が呼びに行き、なにか食べさせるということを繰り返している。この点に関しては何も進歩していない。




この二年の間に、俺とラシェルはお互いを友人と認識して関係を深めていた。


俺はぶっ倒れることがなくなって、寮監さんの監視を外れたラシェルの髪が、ぼさぼさなのが耐えられず、会うと結ってやっていた。


そのうちに随分上達して、遂には雑誌の最新の髪型をいち早く覚えて、ラシェルの頭で再現することに快感を覚えるまでになってしまっていた。


彼女の髪型が学内の流行の最先端をいっていることに、当の本人は全く気づいていなかったが。





そんな充実して穏やかな生活が続いていたある日、それは起きた。


その日、時間に遅れつつもなんとか約束した場所に自力でやってきたラシェルの髪の毛が、ばっさり切られていたのだ。


彼女の髪を結って注目を浴びることを密かに自慢に思っていた俺は、肩よりうんと短くなった彼女の髪にショックを受けて、理由も聞かず激高した。


「どうして勝手に切ったんだよ!」


彼女は、頭に手をやり困ったようにこちらを見るだけだった。

怒りが収まらない俺はついに、一番言ってはいけないことを言ってしまったのだった。


「そんなことするなら、もうお前の面倒なんてみない。勝手にしろ。」





今でも思い出す度にこの時の彼女の悲しそうな顔に心が痛む。若かっただけでは済まされないことをしたと思っている。


この時の俺は驕っていた。


自分が勝手にやりはじめたくせに、面倒を見てやってるのだから彼女は俺のいうことを聞いて当たり前だと思っていた。


俺がいないとすぐ身なりを構わなくなって、寝食を忘れる彼女だけど、それでも俺の所有物ではないし、俺のいうことを聞かなければいけないなんてことは全くないのに、勝手にそう思っていたのだ。




思い返すだに、この頃の俺は嫌なやつだった。ラシェルは良くもこんな男と友達でいてくれたよな、といつも思う。


彼女が自然に俺のやることを受け入れて、世話を好きにさせてくれていることが、当たり前になりすぎて、そのありがたさを感じられていなかったのだ。





それから一年近く、彼女とは関わらなかった。


正直、俺にとっての黒歴史の一年でもある。


いつも一緒にいたラシェルと離れた俺に、女の子達は直ぐに寄ってきた。


やけになっていた俺は、髪の長い子を選んで片っ端から付き合った。




何人かの子と付き合ってわかったのは、ラシェルは本当に自分の着る服や髪型がどうでもよかったんだな、ということだった。


女の子達は、皆、何かこだわりがあり、全て俺の好きにさせてくれる子は皆無だった。


それでいて、ラシェルにしていたような世話をしてもらえると、大きな期待を抱いているのだから、お互い喧嘩が絶えなくて大体どの子も直ぐに別れた。




その頃のラシェルはというと、クラスで試験の時にだけ見掛ける珍獣扱いになっていた。


俺は見る度に段々痩せていっている彼女の姿が目に入ると、落ち着かない気持ちになり、目を逸らし、更に彼女を悲しい気持ちにさせていたと思う。


俺といた時は健康そうな身体つきで明るい顔色だったのに、最近の彼女は誰も目に入れず、虚空を見ているようだった。


そんな彼女が気になって仕方がなかったが、話しかける勇気が持てないまま、徒に日が過ぎていった。





そんなある日、校舎裏の植え込みの陰で惰眠を貪っていると、女生徒数人がやって来た。彼女達は、俺がいることに気が付かず、すぐ前のベンチに座って話し始めた。


出ていくタイミングを逸した俺は、不可抗力で聞く羽目になった。


「ねえねえ、私、そろそろあの男と付き合おうかと思うのだけども。今、誰とも付き合ってないし、断られないんでしょ?」

「やめときなさいよ、思ってたのと違うとなって直ぐ別れるだけよ。」

「ほんと、私も付き合って直ぐ後悔したわ。髪結うの上手なんだけど、私の希望通り動いてくれないっていうか。なんか、いいのは見た目だけよね。」

「あの女といる時は、すっごく優しそうで大事にしてくれる男に見えたのになー。」


だねー、と笑う女の子達の声に覚えがあった。もしや、この会話の男って俺か?


あまりいい内容ではなさそうだし、このまま聞き続けるか、迷う俺の横で会話が続く。


「そいや、さっきあの女みたけど、幽鬼みたいだったよね。ざまあみろって感じ?」

「いっつも本抱えて、あいつの餌、本なんじゃない?」

「授業免除のくせに、頭悪かったよね。私達の言うことあっさり信じて、髪切らせたもんね。」

「そうよね、『ルキウスが毎日あなたの髪を結うのは、大変そうだから短く切りなさいよ。』って言ったら、『そうね、私も結ってもらうの申し訳ないと思ってたから、切ればよかったのか。』って。拍子抜けするくらい簡単だったわね。何回思い出しても笑えるわ。」


それを聞いた俺は、息を止めて続きを待った。


「ルキウスに聞いてみるっていうあの女に、あなたが言った台詞、よかったわよねー。『あなた、そんなことも一人で決められないわけ?後ろ向きなさい、今直ぐ切ってあげるから。』」

「で、そのまま魔術でバサッ、といった時のあの女の顔!だめ、思い出すと面白すぎて笑える。」


聞いていられたのはそこまでだった。

気がつくと俺は、そいつらの前に立って杖を構えていた。


「お前ら、よくもラシェルにそんな酷いことができたな。良心ってものがないのかよ?!」


自分でも驚くくらいの低い声が出た。


女の子達はまさか、聞かれていると思わなかったのだろう、怒り狂った俺の姿をみて青くなって震えている。



目が眩むような怒りのままに、杖を振り上げ、詠唱をしようとした時、何かがぶつかってきた。



「ルキウス、だめだよ!こんなところで攻撃魔術は使わないで!」



本当に久しぶりに、ラシェルに名前を呼ばれた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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