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「所長、ケーキいただきま〜す。」
「もうそんな時間か。俺、ガトーショコラね。ラシェルにフルーツタルト、一切れ残しといてやって。」
「はーい。」
(大好きな店のケーキなのにまだ帰って来ないとは、余程興味深いものがあったのか、話が弾んでいるか。まあ、終業までに帰って来るだろ。)
「所長、お疲れ様です。お先です。」
「おー。最後か?」
「はい。そうです。ラシェルさんはまだ戻って来てないみたいですね。直帰してるのかもしれませんよ。もう遅いし、所長も帰られては?」
「・・・そうだな。そうする。」
(ラシェルが先に帰って万が一、夕飯作ってたら、家が爆発してそうだな・・・。急いで帰ろう。)
すぐさま転移で帰宅したルキウスだったが、部屋は真っ暗で、ラシェルが帰って来た形跡は全くなかった。
「夕飯もできた。いつもならそろそろ寝ようかって時間なのに、あいつはまだ帰らない。・・・・・・もう、限界だ。」
ラシェルの好物ばかりの食卓を前に、独り言を呟くと、ルキウスの姿は一瞬にしてかき消えた。
「ここからここまで記録済みっと。」
あれから私は家主さんに教えていただいた祠に行くつもりが、転移場所を間違え偶然、古代魔術のかかった神殿遺跡を発見した。
もちろん、遺跡があったら迷わず行く。
そこで、古代魔術文字があちこちに書かれているのを見つけた瞬間から、私は何もかも忘れ、ずっとそれらを記録し、保存し続けていた。
「おおお。これも凄い!こんなところにまで術がかかっているなんて!」
一人で声に出して興奮していた私の背後から、突然、冷たい声が響いた。
「やはりな。こんなことだろうと思ってはいたさ。お前には毎朝、保護魔術を掛けてあるから、危険な目に遭っているとは思っていなかったけれど、心配にはなるんだよ。ところで、今何時だと思う?ラシェル。」
聞き慣れたルキウスの声に、私は飛び上がった。
この声、かなりお怒りだと思われる。
「あ、夜になってる…。ごめんなさい、ルキウス。」
後ろを振り返り、白金の髪のせいで闇の中に浮かび上がって見えるルキウスを視界に入れて、はじめて今が夜だと気がついた。
無意識に手元に明かりを灯していたらしく、暗くなっていることに気がついていなかった。
同時に彼の怒りにも納得がいった私は、素直に謝った。
また、やってしまった。
ルキウスは近づいてきて、私の頭に手を置くと安堵のため息をついた。
「とにかく無事で良かった。これ、お前が発見したのか。凄いな、時間忘れるの分かるよ。でも、俺達には魔術があるんだから、連絡くらいくれ。何回言っても、覚えてくれないけどな。」
「言われた時は、ちゃんと連絡しようと思うんだけど、目の前に古代魔術文字があると何もかも吹っ飛んじゃって…。」
「だよな。学生時代もそれでしょっちゅう寝食忘れて没頭して倒れてたもんな。未だに変わらないとはどういうことだ。まさか、お前、昼食べてないとか言わないよな?え、朝食べたきり?すぐ帰るぞ!」
「あ、待って待って!遺跡全体に保護魔術掛けとくから!」
私はルキウスを引き止めて、慌てて杖を地面に突き立て詠唱した。
遺跡全体を銀色の半円形の光が包んで消える。
私はこういう保護魔術が得意だ。
紙から建造物までどんなものでも保護保存できる。代わりに攻撃系は下手くそだ。ものが壊れると思うと怖くて使えないので。
「終わったか、帰るぞ。」
術が終わると直ぐにルキウスに腕を掴まれ、家に連れて帰られた。
次の日、当然朝寝坊して、始業ぎりぎりに転移した私を、先に行っていたルキウスが手招きした。
「ラシェル、今日の午前中はここにいろ。」
「えっなんで?!昨日の遺跡に行こうと思って準備してたのに!」
「まず、たまりに溜まった書類を出せ!読んでサインして出すだけなのに、どうしていつもいつも溜めるんだ!全部提出終わるまで、この部屋から出るんじゃない。遺跡は俺が城に報告してきてからだ。」
話の内容が聞こえたらしく、所員達が目を輝かせて寄ってきた。
「ラシェル、何処で何の遺跡見つけたんだ?」
私はわかり易く説明するため、空中に地図を出し場所を示しながら、昨日撮った映像もいくつか並べる。
「おお、俺も行きたい!」
「私も行きます!」
該当分野の研究者達が次々手を挙げて、今すぐにでも集団転移しそうなのをみたルキウスが、声を張り上げた。
「おいこら、待て。なんでそう直ぐに行こうとするんだ。いいか、さっきも言ったが、遺跡発見を俺が城に報告するのが先だ。午前中は行く準備や、先にやるべき仕事を片付けてろ。行きたいやつは昼食べてから集合。俺も一緒に行くから。」
はーい、と声を揃えて返事をした我々は、大人しく席に戻り午前中にやるべきことに取り掛かった。
「ラシェルは先にこっち。読むだけの書類、何枚か持ってこい。」
ルキウスに呼ばれてついていくと、会議などに使う小部屋に入って、椅子に座らされる。
「今朝、髪結う時間なかったからな。結ってる間、書類読んでろ。」
と言いながらブラシや紐を取り出し、私が自分で一つに結んだ髪を解いて梳かすと、手早く編んでいく。
「今日は遺跡に行くから結い上げてみた。引っ張られて痛いところはないか?」
私は頭を左右に傾けて見たが、大丈夫そうだったので、頷く。
仕上げにリボンをつけて、はい終わり。と歌うように言ったルキウスはご機嫌で、昨日のケーキが残してあるから、十時のおやつに食べろと言い残して城へ出かけていった。
読み終わった書類を持って、部屋から出たところで、テレーズとばったり会った。
彼女は私を見ると目を丸くして叫んだ。
「え、その髪型どうしたんですか?さっきまでぼさ髪だったのに。もしや、その部屋で所長に髪を結い直して貰ってたんですか?なにそれ、ずるい。」
「ずるくない。それが、所長の楽しみなんだからいいんだよ。」
直ぐに後ろにいた他の所員がテレーズに返す。
「ルキウスはな、基本ラシェルのために動いてるんだけど、それが俺達のためにもなってるの。おかげで事務仕事とか減って研究時間増えたもんな。髪結うくらいでワーワー言うんじゃないよ。」
「やつが所長になってから予算も増えて助成金申請も簡単になったもんなあ。」
そうそう、と周囲の人達も同意する。
頬杖をついて、こちらを見ているルネがにっこり笑う。
「今日も凝った髪型で、ルキウスの執念を感じるわ。白金のリボンもよく似合ってるわよ、ラシェル。うちの大事な所長の心の平穏を保つためにも貴方はそのままでいてね。」
「なんか言外の含みが色々あって、素直に褒められてない気がするのだけど・・・。」
私がルネをじろっと見ていると、横のテレーズが私の頭を見つめてぶつぶつ呟き始めた。
「位置情報、男除け、身体保護、悪意防御、虫除け、獣避けの魔術に、自分の髪色のリボン。いくらラシェルさんが鈍くて気がつかないからって所長やりすぎ・・・。」
早口の小さい声で何言っているのか聞こえないけど、どんな髪型なんだろ、と頭を触ってみている私を、テレーズが今度は同情の目で見て、首を振ると立ち去った。
「いったい、なんなのよ・・・。」
釈然としないものの、聞いても教えてくれないだろうと忘れることにした。
それから、昨日鞄に詰めたしわくちゃの提出書類を取り出し、十時のおやつに励まされつつ、なんとか昼までに片付けることができた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
題名を変更しました。
投稿頻度も朝昼晩の1日3回にします。
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