番外編 ラシェル、観念する
色々考えて、改題しました。そのお祝い?に番外編を一つ。読んでいただけたらありがたいです。
「指輪?」
「ああ。正確には『婚約指輪』だな。」
その瞬間、私の手の中にあったフォークがデザートの桃を突き刺したまま、カチャンと皿に落ちた。
やや強めの太陽の光が降り注ぐ休日の朝。いや、もう昼が近いかな。
ルキウスと向かいあってのんびりブランチをして、午後からどうしようか、という話をしていた・・・はずなのだけど。
なんでいきなりそれ?!
「もう一緒に住んでいるのに、必要?」
首をひねりながら尋ね返せば、ものすごく真剣な顔で頷かれた。
「必要というより、ないと困る。俺達はずっと一緒にいるわけじゃないだろ?誰が見てもラシェルに婚約者がいるって分かるようにしておかないと、どんな変な虫が寄って来ることか!」
「何言ってるのよ。私に術かけてるくせに。」
「世の中には術が効かない人間も、術を破れる人間もいるんだぞ?」
「大体、私なんかに寄ってくる人なんていないわよ。」
「少なくとも俺とクロードがいる。」
そこで私はウッと詰まった。確かに、いなくはないけど。
「でも、クロードみたいな人には指輪も効かないんじゃない?」
あんなに自分本位な人はそうそういないし、と冷静になって返せば今度はルキウスがウッと詰まった。
「・・・だから、その、指輪にもだな。」
しどろもどろになったルキウスに私は片眉を上げて鋭い視線を向けた。
「まさか、婚約という大事な約束の指輪にまで術をかけるつもりじゃないでしょうね?」
ジトッと見つめればルキウスが頭を下げた。
「すまん。・・・どうしても心配で。」
その途端、私の中で何かがプチッと切れる音がした。
「私だって立派な大人なのよ。自分でなんとかできるんだから、もう全部の術を解いて!今日から一週間何もなければ二度と術を掛けないって約束して!」
「そんなことしたら俺の心臓が持たない!」
真っ青になったルキウスに指を突きつけて宣言した。
「大丈夫、何も起こらないわよ。ルキウスは心配し過ぎってことを証明してあげるわ。」
「じゃあ、何か起こった瞬間から術をかけ直すからな!婚約指輪も買って厳重に術をかけるぞ!」
「望むところよ!」
言い切ってからふと思った。
「何かって、何?」
「そりゃあれだろ、男に話しかけられたり、必要以上に近づかれたり・・・。」
「男の人と話すだけで『何か』にされたら敵わないわよ。それは却下ね。」
「術なしの状態で男と話すなんて駄目だ。」
「貴方だって女性と話してるじゃない。だ・か・ら、話すのはあり!まさか私を信用してないの?」
最後の一言でルキウスが降参した。
運の悪いことに次の日の朝一番にクロードに出会った。彼は私を見るなり目を丸くして駆け寄って来て上からじろじろと眺め回す。
「おはよう、ラシェル。今日はどうしたのさ?全く無防備で驚いたよ。」
「無防備ですって?!どこが!ルキウスの術がなくても私だってやっていけるって証明するんだから。」
「いつも一緒のルキウスは?」
「今日は早朝会議ですって。所長職は大変よねえ。」
「へえ。じゃあ今から君に術をかけて僕のものにしようかな。」
「ふふん。私が防御系の術が得意だって忘れたの?」
「でも君はぼんやりだからなあ。気が付かないうちに掛けられたら終わりでしょ。」
「そうかも。じゃ、今から自分で掛けとこっと。」
クロードの言葉にも一理あると納得した私はとりあえず悪意除けの術を自分に掛けようと手を上げた。
「まあまあ、そんなに急がないで。」
「えっ?ちょっと、何するのよ!」
あっという間にクロードの肩に担ぎ上げられてそのまま転移された。
うそっ?!これ、ルキウスにバレたらものすっごく怒られない?いや、怒られるだけでは済まない気がする・・・。
「こらクロード!離しなさいよ!」
「ヤダよ。君に遠慮なく触れるなんて今しかないじゃないか。うーん、ちっちゃくてかわいい。こうやって思う存分撫で回したかったんだよねー。」
どこかの部屋に連れ込まれて抱きしめられる。スリスリするな、気持ち悪い!もう、私の背が低いのをいいことにヌイグルミ扱いして!
「止めろって言ってるでしょーが!」
私の叫びと共にクロードと部屋が吹き飛ぶ。
私は激怒したまま倒れたクロードの前に仁王立ちして杖を突き付けた。
「このド変態!二度と私に触らないで!」
バンッと勢いよく杖を床に突き刺して吹っ飛んだ部屋を元に戻し、クロードの顔に消えないように『この男痴漢につき近寄るな!』と刻印して人通りの多い場所へ転移させた。
しばらくそこで反省してなさい!
もうもうもうっ!危険人物だと分かっていたはずのクロードにあんなにあっさりと触られた自分が許せない。怒りで頭がカッカしていて仕事どころじゃない。
・・・・・・よし、サボろう。
私は握りっぱなしの杖を振って、今日一日休むと所長のルキウスに宛てて申請を出し、そのまま転移した。
賑わう街の片隅で民家の壁を背に座り込んで頬杖をつき、行き交う人々を眺める。
さすがにクロードに無防備と言われ、簡単に攫われたことが堪えたので、誰からも気にされないように存在を消す結界を張っている。
この結界を張っている間はルキウスにもわからない。こないだケンカした時に実証済だ。
「結局、ルキウスの保護がないと私は生きていけないことを証明しただけだったわね。」
声に出すと余計にその事実が身に沁みて、私は大きなため息をついた。
「ねえ、ほら、こないだ約束したお揃いの指輪買いに行こ?」
「えー、今からかぁ?」
急に耳に入ってきた会話に私は顔を上げる。それは目の前を通り過ぎる一組の男女から発されていた。
あの二人は私達と反対に男の人の方が嫌そうだわ。
それでも彼女に無理やり引きずられて近くの店に入って行く。
・・・あそこのお店は指輪を扱っているんだ。
ふらふらと私も彼等について店の扉をくぐった。
買わない客だと思われたのか、お店の人は寄って来なかった。それをいいことに私はガラスケースの中の宝飾品をじっくりと眺めて回る。
いらないと言いつつも、こんなにたくさんの綺麗で可愛い指輪を見てしまえば欲しくなる。
私は心が浮き立つのを抑えられずに、自分が欲しい物を探してしまう。
そしてある指輪に目が吸い寄せられた。
これいいな・・・。シンプルなデザインで仕事の邪魔にならなさそうだし、白金に青紫色の石が付いている。
指にはめてみたくてお店の人を呼ぼうとするも全く気づいてもらえない。おかしいな、と思って気がついた。
私、魔術で自分の存在消してたんだった。
ヒョイッと手を振って術を解き、近くの店員さんに声を掛ける。
「すみません、この指輪を試着したいのですが。」
「えっ?!あっ、はい!」
ケースの鍵を開けながらその人はしきりに首を捻っていた。
そうか、私が急に現れたように見えたんだわ。悪いことをしたかも。
ちょっと申し訳ない気持ちになりつつ、出してもらった指輪を摘んで照明にかざす。
しっとり落ち着いた輝きが綺麗・・・!
ワクワクしながら指にはめようとした瞬間、目の前の指輪が消えた。
「ラシェル、これがいいのか?」
上から降ってきたその声に私は首を竦める。白金の髪も目の端に見える。
もう、クロードの件もバレてるよね。
「探知できなくて、ものすごく心配したんだぞ。」
続けて後ろからぎゅっと抱きこまれた私は観念した。
「これが、いいです。」
ケースの前で目を丸くして私達のやり取りを聞いていた店員さんが、パッと笑った。
「あ、その指輪は彼氏さんの色だったのですね!」
ハイ、その通りです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
多分、ルキウスは同じ土台に黒い石の指輪を買ったと思われます。