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出来上がりを待つ間、タイマーを掛けてお茶を飲みながらおしゃべりをした。


近頃、彼は解読した聖獣の話を聞きたがる。

図書館の古文書は重要なものではないので、内容を話しても構わない。禁書でないからこそ、長い間中身を確認もされず放って置かれたのだから。


「まだ、古代魔術文字は聖獣関係の古文書からは発見されていないだろ?もし、見つけてもうかつに触って魔力を流し込んだり、唱えたりするなよ?」


話を聞いていた彼が突然忠告してきた。


確かに今解読している時代は、魔術が急速に発達した千年ほど前のもので、今はもう使われていない、禁術とされるものが多く作られた頃だから彼の心配もわかる。


魔力がある者が触れただけで、発動する魔術が掛かっていることもある。どんな魔術かわからないのに、うかつなことはできない。

確か、世界を滅ぼしかねない魔術を作り出して、それでこの国は荒廃したのではなかったか。そこから千年かけて今の繁栄まで戻ってきた。


「わかった、気をつけるよ。本当に、陛下は聖獣の何がお知りになりたいのだろうね。」


陛下の目的は、クロードが聞いてはみたものの、いまいちはっきりしないらしく、未だにわからずじまいだ。


ルキウスは顔をしかめて、唸るように言う。

「あの男の親父が何を考えているかなんて知りたくもないが、昔、召喚した聖獣を兵器として操るという考えが存在したらしい。現在、召喚術は禁忌だからな、おおっぴらには言えないんだろ。」


私は初めて聞くその話に言葉を失った。


「え、私、聖獣を兵器にするための古代魔術文字を探させられているの?」

「いや、そういう魔術が紛れているかもしれないから気をつけろ、と言いたかっただけだ。でも、もし、召喚術が発動した場合、どうすればいいと思う?」


尋ねられて、私は頭をひねる。

今までに読んだ文献に何かそういうのがあったような。


「うーん、確か、学校の図書室に伝説の召喚術を集めた本があって、召喚した生物を還す方法が載ってた気がする。それもね、禁術なんだけど。こう、その物の周りにだけ特殊な結界を張って、時を戻すの。でも、相当な魔力が必要だし、どっちも禁術じゃあ試せないね。」


そう笑って言ったら、彼は難しい顔をしたまま、腕を組んで考え込んだ。


「なるほど。学校の図書室の蔵書もあたるか・・・。」


彼のいつもと違う様子に、私は不安が募ってきて持っていたカップの中に視線を落とした。



やがて、重い沈黙を破るようにタイマーがなった。


私は急いでお鍋を見に行く。


「あっつい!」


直接鍋の蓋に触ってしまい、叫ぶとルキウスが飛んできて私の手を流水にさらす。


「火にかかってるのに、直接触っちゃだめだろ。本当に目が離せないお姫様だな!」


そう言いながら、火を止め、鍋つかみで蓋を取って中を見せてくれた。


「美味しそうに出来てるぞ。」




夕ごはんはお粥と鶏肉を蒸したものに生野菜を添えた一品だった。胃に優しそうな献立だ。


「お粥もおかずも美味しい。次の休みに私一人で挑戦してみてもいい?」


私が喜んで尋ねると、疲れた顔をしたルキウスが頷いた。


「一人で作れないといけないんだもんな。ただし、絶対に俺が一緒にいる時にしかやるなよ?お前一人でやらせると、どうなるかわからん。」

「はーい。」


私の頭の中には既に一人でお粥を作れる自分がいた。





「やあ、ラシェル。今週こそお粥を一人で作れるようになったかい?」


あれから三ヶ月。


毎週図書館の解読チームで集まる度に、クロードがこう声をかけてくる。

あれからずっとクロードとも一線引きつつ、二人にならないように気をつけて過ごしている。


現在、私にはクロード除けもついていない。支障が出るから外してもらった。ルキウスは相当嫌がっていたけど。


その代わり、強力な保護魔術やら位置情報はがっつり掛かっている。通りすがりの魔術師が二度見する程度には、強力らしい。




「こんにちは、クロード。いいえ、今週も失敗したわ。」


半眼で睨みつけて返す私。


恒例の遣り取りにレオさんもジョンもアンヌさんも苦笑している。




私が一人でお粥を作れるようになったら、ルキウスと結婚するらしいという噂は、あっという間に皆に知れ渡って休日明けの度に、誰かが聞いてくるので、辟易している。


一人でお粥に挑戦し始めてから成功した試しがない。焦がし、溶かし、鍋を破裂させ、最近ではルキウスが鍋のまわりに結界を張るようになってしまった。それでもやめろと言わないのが、もはや怖い。


他の条件に変えようかと思ったこともあったけど、私の落ち込みを察した彼が、

「まあ、お粥にこだわらなくてもいいんだが、俺達はまだ若いし、結婚に焦っているわけじゃないから、もうしばらく挑戦してみればいいんじゃないか?」

と言ってくれたのでその言葉に甘えて、毎週作ってはどんどん失敗の規模が大きくなっている。


近頃の彼は冷静な研究者の目で、私の作業を見ながら手元のノートに記録を取っている。


もしや私は恋人から研究対象に変わったか。




「さて、お二人さん。睨み合いはそこまでにして始めましょうか。」


レオさんの一言で皆が席に着き、先週の成果を発表していく。


どんどん聖獣に詳しくなっていく私達。後回しにして積んである、聖獣関係以外の古文書を読むことができるのはいつになるのだろうか。




「でも、そう毎週激しい失敗をして鍋を壊していると鍋代が掛かって大変ね。」


休憩時間にアンヌさんに指摘されて、そういえば、と私も首をひねる。


「そういうときはルキウスが魔術で保存してどこかに持っていって、何日かしたら新しい鍋が家にあるのだけど、買ってきてくれてるのかな。今度鍋代払わなきゃ。」

「君、後始末くらい自分でしなよ。なんでルキウスはそんな君と結婚したがるのだろう。」


クロードの言葉が私にぐさっと刺さった。

確かに、その通りだ。ルキウスならもっと家事ができて綺麗な女性と結婚できるはずなのに。なんでこんな手のかかる私を選んでくれてるのか…。


落ち込んだ私をよしよしと慰めながらアンヌさんがクロードを睨む。


「そんなの気にならないくらい、ラシェルを愛してるからでしょ。そんな表面的にしか女性を見られないから貴方は振られたのよ。」


今度はクロードの顔が引きつる。


アンヌさんはこのチームの中で唯一魔術師ではないが、古代文字がすらすら読める図書館員だ。ふくよかな六十歳近くの茶色の髪に茶色の瞳の女性で、二人の息子がいる。子どもたちは私より年上で、娘が欲しかったと言っては私を可愛がってくれる。


たまに彼女に抱きしめられると、ルキウスとはまた違う感じで温かい気持ちになる。




「さーて、そろそろ皆で地下の書庫に来週分を取りに行きますかね。」


腰を軽く叩きながら椅子から立ち上がったレオさんに呼びかけられて、皆も使っていたカップや皿を流しに運び、部屋から出ようとする。


その時、ノックの音が響いて、城の伝言役の人が大きな荷物を持って入ってきた。


「失礼します。陛下より伝言です。本日届いたこちらの古文書の解読を先にお願いする、とのことです。」


木箱に入れられたその古文書達はひどく傷んでいて、触ると崩れそうだった。

レオさんが伝言役の人に、

「これはどこから来たのです?」

と尋ねると、

「北の出城より届けられたと聞いております。」

と答え、よろしくと言うとさっさと出ていってしまった。


「これ、今にも崩壊しそうねえ。」


箱を覗き込んだアンヌさんが口を片手で覆いながらつぶやいた。


「そうだね。ぼくが補修したものからみていってもらおうか。」

「僕も手伝いますよ。」


レオさんがそっと上に積んであるものを手にとって補修を始めると、クロードがすかさず手伝いを申し出た。


濃い金の短髪のジョンが眼鏡を押し上げつつ、興味深そうに箱の中身を眺めている。


ものすごく調査したそうだったが、今日はこれから出なきゃいけない会議があるからと言って、残念そうに研究所に戻っていった。


私と同じ研究所員で紙の専門家のジョンが興味を示していたということは、珍しい紙なのかな。後で割り当ての模写本を届けがてら聞いてみよう。


次々と補修される古文書をアンヌさんと手分けして仕分けていたら、箱から、古代魔術文字の気配を感じた。


箱を覗き込むと底の方に青い表紙の丈夫そうな装丁の本があった。

手を出そうとして、ルキウスの言葉を思い出し、手を引っ込める。


「あの、この青い表紙の本から古代魔術文字の気配がします。」


三人の手が止まってどれどれと覗きに来る。


「確かに他より高価そうな装丁だね。」


止める間もなくレオさんが手にとって机の上に出した。


何の反応も起こらなかったので、私はほっとした。


「ふーん、魔術文字がどのへんにあるかわかる?」

と言いながらクロードがその本をめくろうとした瞬間、本が閃光を放ち爆発した。


ここまでお読みいただきありがとうございます。もうそろそろ終わりが見えてきました。もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。

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