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とりあえずここも激甘注意報が出てると思います。

「さて、これはお前の研究室に運べばいいか?」


机の上の模写本の山を片手で持つと、返事も聞かずルキウスは私の研究室のある三階への階段を上り始めた。


確かに私は一人で籠もって読むほうが捗るので研究室で解読をしているが、本くらい自分で運べる。


慌てて追いかけながら、

「ルキウス、大丈夫だよ。それ、軽いから私一人で持てるから。行くとこあるんでしょ?」

と声をかけるも、そのまま部屋の前まで持って行かれてしまった。


「鍵開けてくれ。」


何だか甘やかされ過ぎてる気がして、不貞腐れた私は扉に向かって乱暴に手をかざし、解錠した。




ばたんっと扉を開けて先に部屋の中に入り、ふくれっ面で彼の方を向いて両手を差し出す。


「持って来てくれてありがとう。それ、もらうわ。貴方も早く行かないと。」

「何だその顔、かわいいな!」


その顔を真正面から見た彼は、失礼にも吹き出し、本を持ったまま部屋に入ってきた。そして、私を奥に押しやりながら後ろ手で扉を閉めた。


私の研究室は狭い。壁は見えず、天井までの本棚で三方を囲まれ、床にも本や紙が積んである。

家具類は、小さめの窓の前に広い机と椅子が一つあるだけだ。

ルネはこの部屋をラシェルの引きこもり部屋と呼んでいる。


ここにいる間は滅多に人が訪ねてこないから集中できるし、人恋しくなったら下の階に行けば誰かいるので、この環境を私は大変気に入っている。




「この部屋も相変わらずだな。足の踏み場もない。」


ルキウスが笑った顔のまま部屋に文句をつけるので、

「だから、部屋の前で本を頂戴って言ったのに!なんで入ってくるのよ。ほこりはまめに払ってるんだからいいじゃない。」

怒ってそっぽを向くと、ぎゅっと抱きしめられた。模写本はいつの間にか机に置かれている。


「なんでそんなに怒ってるんだ?俺なにか悪いことしたか?」


軽い調子の声に交じる不安を感じて、顔を見上げると、青紫の瞳がこちらを探るように見つめてきた。


正直に言うか迷ったが、ごまかしてもどうせすぐにばれる。堂々と、彼の顔を真正面から見つめてむすっとしたまま今の気分を伝えてみた。


「別に、なんというか、私、貴方に甘やかされ過ぎだって思って。自分でやれることはやりたいの。」


私の言葉でルキウスが意表を突かれたような顔になる。それから、段々、花がほころぶような笑顔になった。


元々綺麗な顔立ちをしているから、そういう笑顔をされると、眩しくて見てられない。


大体、私は文句を言ったのに、なんでそんなに嬉しそうなのか、理解できない。


「やっと手に入れた恋人を、思う存分俺が甘やかしたいんだからいいじゃないか。ラシェルが自分でできることは知ってるけど、しばらく俺に付き合って甘やかされてくれ。」


この男は、なんということをいうのか。私の顔がどんどん熱くなっていく。

これ以上甘やかされて何もしない人間になったらどうしてくれる。




絶句していたら、ルキウスがとん、と頭を下げて私の肩につけると悔しそうに言いだした。


「なんだよ、ラシェルに子供だけ産めって。失礼すぎるだろ、あいつ。俺が攻撃魔術使おうとしたら、ニコラスとルネが全力で止めてくるから何もできなくて、ごめん。」


なるほど、ここまで無理やりついてきたのはこれが言いたかったのね。

私は彼の背中に手を回して、安心させるようにさすりながら答えた。


「大丈夫、気にしてないし、逆に彼が私に結婚を申し込んだ本当の理由がわかって納得した。貴方が魔術で攻撃すると洒落にならないから止めて正解よ。この建物が吹き飛んじゃう。」


落ち込む彼をそう慰めると、抱きしめる力がますます強くなってついには息が出来なくなったので、背中を強く叩いて知らせる。


離してくれたものの、私の顔へ視線が固定されたままだ。

何かついてるのかと自分の顔を触って見たが、鏡を見ないとわからないな。


「俺のこと好き?」


突然、真剣な顔でされたその質問に、驚いた。

こんな答えのわかりきっていることを聞いてくるなんて、彼はどうしたのかしらね。

魔術師に、魔術使えるのかって聞くのと同じレベルなんだけど。


そういえば、たまに他部署にお手伝いで駆り出されたときに確認で聞かれることあるな。

貴方、魔術師なんだから、高位魔術使えるのよね?って。


そうか、彼も確認がしたいだけか。

得心した私は、彼の目を真正面から見つめ返して答えた。


「好きよ。どうしたの急に?」

「昨日からふわふわ浮いて、地に足がついていないような、現実じゃないような、そんな気分が続いているから、聞いて抱きしめてキスして、本当にラシェルと想いが通じたのか何度も確認したくなるんだ。」


そう言いながら、言葉通り優しく抱きしめて何度もキスをしてくる。





そのふわふわとした気持ち、わかる気がするからしばらく付き合いましたけど、さすがにそろそろ、止めて頂きたい。


私は彼のお腹をぎゅーっと押して、キスを止めると、ルキウスの顔の前に指を突き出し、宣言した。


「もう、十分確認したでしょ!そろそろ仕事しないと。」


彼の顔はまだ足りないって言っているけど、これ以上は付き合えない。


「もう、だめか?わかった、我慢する。本当はこのまま二人でずっといたいのに。」


いえ、私はもう十分です。もう、昨夜からいっぱいいっぱいです。


でも、しゅんとした彼が気の毒になって、

「昼ごはんは一緒に食べる?」

と珍しく私から聞いてみた。彼は嬉しそうな顔をしたが、すぐに

「ごめん、今日は終業まで出かけているから、夜まで会えない。」

と、すまなさそうな顔をして詫びると名残惜しそうに部屋を出ていった。


そっか、夜まで会えないのか。それは寂しいかも。


私もしゅんとなった。





それから、火照った顔を冷ましつつ、黙々と解読を進め、気が付くと終業時間を回っていた。


一人だといつも昼ごはんを食べ忘れるな。


しばらく考えて、机の引き出しからキャラメルを取り出す。一つ口に放り込んで溶かしながら、椅子に座ったまま伸びをした。


模写本を一冊解読したものの、聖獣の特性について書かれているだけだった。陛下は何の情報が欲しいのだろうか。詳しく教えてくださらないと、探しようがない。


クロードが探ってくると言っていたけれど、私に教えてくれるかどうか。来週、図書館に行くまでわからないかも。

明日あたりレオさんに聞いてみようかな。


色々思考しつつ、キャラメルの甘さが空っぽの胃に染み込むのを感じながら、瞼を閉じたところで意識が途絶えた。



■■



遅くなってしまった。


ルキウスは、早足で廊下を歩いて来ると、ラシェルの研究室の扉をノックした。


応答はない。


さっき位置情報を確認したら、まだここにいたから迎えにきたのだが。

集中していると気が付かないことが多い人だからな、と所長権限で解錠して扉を開ける。


灯りがついておらず、暗い部屋の中で小窓から月の光が差し込み、机の前のラシェルにあたっている。


声をかけようとして、開いた口をそっと閉じた。


積まれた本に囲まれてラシェルが机に突っ伏したまま、ぐっすりと眠っていた。


可愛い。


そっと近づいて頭にキスをする。


昨日、ラシェルが好きだと言ってくれてから、俺は浮かれっぱなしだ。


まさか、彼女から言ってもらえるとは思っていなかったので、聞いたときは都合のいい幻かと思ったくらいだ。


あの男に彼女がキスされるところを見せられて、ぼろぼろ泣いてさえなければ、最高だったのに。


あの時、平気なふりを装って話しかけたが、あの男に対する嫉妬と怒りで腸は煮えくり返っていた。

できることなら自分もその場で彼女にキスをして、上書きしてやりたかったけれど、その時はそんなことができる立場になかったので、ハンカチで拭きまくって気持ちを落ち着けた。


怒涛の一日だったなあ、と思いながら彼女の頭を撫でる。


子供の頃の彼女の話を聞いたのも初めてだったし、彼女があれ程泣くのも見たことがなかった。

翌朝腫れた目の彼女を見て、こんな姿を見るのも自分だけと思い、幸せを噛み締めていたのは内緒だが。


自分自身は地方の裕福な商家の三男坊だったので、特にこれといったことはなく、家族仲は良好で今も時々手紙の遣り取りはしている。機会があれば、彼女も連れて会いに行きたいと思ってはいるが、いつになるか。


彼女の方は母親に問題がありそうなので、いつかまた来た時用に、なにか対策をしておかねばならないと思っている。今まで来ていないのが不思議ですらある。


もしかしたら、彼女に掛けている悪意除けのせいかもしれない。娘に悪意を持つ母親、というのはあまり考えたくはないが、彼女の話を聞く限り、あり得る話だ。




さて、腹も減ったし、ラシェルと帰ろうかな。


俺の気配にも動じず、ひたすら眠る彼女をそっと抱き上げる。流石に昨日今日と色々ありすぎて精神的に疲れてるのだろう。


このまま寝かせてやりたいけど、夕飯も食べさせねば。相変わらず軽い彼女を抱え、目線で荷物を先に転移させる。


その時、ふっと机上の開いたままの模写本に目がいった。

彼女に教えてもらって、そこそこ古代文字が読めるようになっている。開きっぱなしの頁をさっと読んで、眉をひそめる。


「聖獣について…?」


横に積んである例の模写本の題名も確認する。消えかかっている文字も多いが、大体どれも聖獣関係のものだ。


今まで、彼女が解読していた城の模写本はジャンルがばらばらで、こんなに一つのものに集中していなかったはずだ。


今日俺が呼ばれた件と、なにか関係があるのかもしれない。


あの陛下と呼ばれてふんぞり返っている親父、彼女の害となるなら、親子揃って早目に退治しておかねばならないな。




殺気立ったのがまずかったのか、腕の中でラシェルが身じろぎした。


ゆっくり目が開いて、俺が一番大好きな緑の瞳がこちらを見つめてくる。

俺と目があって安心したように彼女の顔に笑みが浮かんだ。


朝別れて以来の彼女の声が聞きたくて、言葉をかける。


「ただいま、ラシェル。」


「おかえり、ルキウス。」


大事な人の笑顔も声も、全て自分の腕の中にあることに安心した。


■■


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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