15
ルキウスを好きだと気がついた途端、他の男の人にうかうかとキスされた自分に情けなさがつのる。
あれをみた彼はどう思っただろうか。
私に恋人ができたと思ってルームシェアを解消しようと言うだろうか。
クロードもそうなればいいと思って、あんな嫌がらせをしたのだろう。最低だ。
誰か、この勝手に流れ落ちていく涙を止めてください。
「俺も城に用があったから、一緒に帰ろうと思ってラシェルを探していたんだ。お前を見つけたと思ったら、髪が解かれて。何があった?」
私の前まで来たルキウスは、そう言いながらポケットから出したハンカチで涙を拭きつつ、ついでに唇が痛くなるまで擦ってきた。
キスされたことはわかっているらしい。そのことに余計涙が溢れてくる。
昔みたいに誤解される前に、本当のことを伝えておかなくては。
彼のハンカチを借りてそのまま目を抑え、涙を無理やり止めながら、説明する。
「クロードが、いきなり結婚の申込みをしてきて、断ったら、髪解いて、嫌がらせにキスしてきた。私が好きなのはルキウスだって言ったのに!」
「今、なんて?」
ルキウスが呆然と呟いた。それから慌てて私の口を片手で塞ぐと、
「やっぱり、今は言わないでくれ。人目があるから、家に帰ってからにしよう。」
早口で言って、私の肩を抱くと家へと転移した。
家に帰ると、ローブを脱がされて、ソファに座らせられる。
ルキウスも同じようにローブを脱いだが、いつもならちゃんと片付けるのに、今は二人分のローブが、ダイニングテーブルの椅子の背に乱暴に放り投げられて掛かった状態だ。
ソファに座るときも、いつもは向かい合わせで座るのに、今は一人分の隙間を開けて、彼が隣にいる。
で、と真剣な表情のルキウスが私の方をじっと見る。青紫の瞳に少しだけ不安が揺れている。
「さっき、ラシェルが言ったことなんだが、その、俺のことが好きって、それは、恋人になってもいいという好き、であってるか?」
私は顔が真っ赤になった。記憶をたどれば、説明しているうちに、勢い余って告白とやらをかましてしまっていたようだ。
私は告白なんてするつもり、全くなかったのに。ルキウスが返事をしないうちに聞かなかったことにしてもらって、現状維持に務めなければ!
私は慌てて、弁解をする。
「違うの、いや、そうなんだけど、さっき気がついたばかりで、その、自分でもよくわかってないんだけども!ルキウスにも好きになってもらいたいとか思ってないし、私は誰とも付き合わないって決めてるし、だから、聞かなかったことにして、現状維持をお願いしたいのですが!」
「それはできない。」
瞬間で却下され、すぐにふわりと抱きしめられる。なんでこうなるのかわからず、目を瞬かせた私の耳元で低くてよく通る彼の声がする。
「ずっと好きだった相手から好きだと言われて、聞かなかったことになんてできないだろ。ラシェル、好きだ、ルームメイトなんて辞めて、俺の恋人になって欲しい。」
ルキウスも私を好きでいてくれた。それもずっと前から。
好きな人から言われる、好きという言葉のなんと嬉しいことか。
でも、私はそれを言ってもらっていい人間じゃない。
私は止まっていた涙がまた溢れてきたのをそのままにして、彼に縋りついて首を振った。
「ごめんなさい、本当は好きって伝えるつもりじゃなかったのに。私は、研究者である限り、誰とも付き合っちゃだめなの。」
「なぜそんなことを言う?俺達が付き合うのに、何の障害もないだろう?」
心底不思議そうに聞いてくる彼に、私は子供の頃の話を聞いてほしいと告げた。
「私の父も魔術師で研究者だったそうなの。都じゃなくて、もっと辺境の方の研究所にいたらしいんだけど。私みたいに自分の研究にばかりかまけて、せっかく結婚した母のことはほったらかしで、たまに思い出したように帰って来るだけ。母は魔術師じゃなかったんだけど、なんで結婚したのかは知らないの。それでも、母は子供が生まれれば、少しは変わるかと期待したけれども、余計寄り付かなくなって、ある日、調査中に死んだと連絡が来て終わり。」
そこまで話して、涙を拭き、ちゅんと鼻をかんだ私の前にマグカップが置かれる。
ルキウスはずっと横で話を聞いてくれていたのに、いつの間に?
彼は驚く私からびしょ濡れのハンカチを取り上げ、タオルを渡しながら優しく言う。
「お前、城の図書館に行く日はいつもほこりで喉を痛めてくるから、作っておいたハニージンジャーティーを温めただけだ。泣いた分、水分補給しとけ。」
なんだか、いつも以上に優しい。雰囲気もなんか甘い。やばい、この人、すでに私を恋人扱いしてるんじゃなかろうか。
居心地の悪さを感じつつ、温かいマグカップを両手で包み込むように持って口に運ぶ。
ほんのりした甘さと、ぴりっとした生姜に喉が癒やされる気がする。
彼も横でマグカップを片手で持って飲みながら、続きを待ってくれている。
ぐっと半分まで飲んで、続きを話す勢いをつけた。
「それでね、父が死んだ時、私はまだ小さくて覚えてないんだけど、母はすぐ再婚したのね。で、私は連れていけないからって孤児院に置いていかれたらしいの。そこで私は古代魔術文字に出会って、色々あって魔術学校に入学が決まったんだけど、その時、支度金がもらえるじゃない?」
確認すると、ルキウスが頷く。
私は冷めてきたお茶を一口飲んで続ける。
「本来なら、そのお金で学校までの旅費や、私服など賄うんだろうけど、私のお世話になっていた所はとっても貧しくていつもご飯が足りなかったから、育ててくれたお礼の気持ちもあって、私は支度金を全部寄付したの。」
目を丸くする彼に、幸い都まで歩いて一日の距離だったし、制服とか必要なものは支給されたしね。と付け加えた。それでも何か渋い顔をしている。
「学校に出発する前日に、母が訪ねて来たの。あの村から魔術学校に行くのは珍しかったから、噂になって知ったみたいで。」
ここからが、彼に聞いてほしいことだ。もちろん楽しい話ではない。ぎゅっと両手でタオルを握りしめる。
「母は産んでやったのだから、支度金をよこせといって来たのだけど、すでに全部使った後だったし、返してもらうわけにもいかず、私もお金なんて他に持ってなかったからどうしようもなくて謝って断ったの。そしたら、父の事をいってきて、あんたも同じだと。『どうせ、他を思いやれない、どうしようもない研究者になるんだろう、あんたは何があっても恋愛も結婚もしちゃいけない。相手を不幸に突き落とすだけだ。』って言われたの。今の私はその言葉通りの、家族を顧みなかった父と同じような人間になったわ。母の言う通りになったから、恋愛も結婚もしちゃいけないと言われたことも正しいことなんだろうと思うの。だから、」
「俺とは付き合えない?」
頷く私に、ルキウスはほっと息をついた。
「そんなことは理由にならないぞ。お前と母親は学校に入学した時点で、縁は切れている。俺の見解だと、幼い頃に孤児院に預けられた時点で無関係になっていると思う。そんな他人の言葉に捕らわれるな。大体、もう何年も一緒に暮らして、俺は不幸になっていないし、俺も同じ魔術師で研究者だ。お前が家に寄り付かず、どこに行こうと俺は追いかけられるし、実際何度も捕まえに行ってるじゃないか。なんの問題もない。俺はずっと前からラシェルが好きで、一緒にいたいと思ってる。他人の言うことより、俺の気持ちを大事にしてくれ。それより何より、お前自身はどうしたいんだ?」
確かにルキウスの気持ちも大事だ。彼も私と一緒にいることを望んでくれて、母の言葉を気にしなくてもいいのなら、私の答えは一つだ。
「私も、ルキウスが好きだから、ずっと一緒にいたいに決まってる。でも、お世話してもらうばかりで、私ばっかり得してる気がしてなんとかしなきゃっていつも思ってるのに、どうしていいかわからない。こんなので恋人同士っていいのかな。」
彼が嬉しそうに笑う。
「じゃあ、俺達、今から恋人同士だな。あのな、ラシェル、どっちが得してるとかそんなこと、気にしなくてもいいんだ。俺はお前がそばにいて、元気に過ごしているのを見られたらそれで幸せなのだから。でも、どうしても気になるなら、恋人同士になったことだし、一つお願いしてもいいか?」
「私にできること?」
自分の家事能力を知っているので、不安が募る。
彼はにやっと笑うと、私の頭に手を乗せて顔を覗き込む。
「ラシェルにしかできないことだし、すっごく簡単なことだから、安心して。毎朝、起きたら俺に抱きついてキスするだけ。できるだろ?」
確かに、動作としては簡単だろうけど、心理的に物凄く難しいような・・・。
いや、やる前から諦めてはだめだ、挑戦はしてみるべきだ、好きな人からの頼みなのだから。
「わかった、ルキウスがそうして欲しいなら頑張る。」
「楽しみにしてる。」
小さく拳を作って気合を入れた私を、柔らかい笑みで見ていた彼が、急に真剣な顔になった。
「ところで、そろそろ我慢できなくなって来たから、キスしていいか?あいつにお前の唇奪われっ放しとか嫌なんだけど。」
真っ向からそういうことを聞かれると、かなり恥ずかしいんだけど、私もあれを忘れたかったのでお願いすることにした。
「えっと、私もこのままは嫌なので、お願いしま」
す、と言い終わらないうちに、唇が重ねられる。
そのまま、何度もキスしていたら、苦しそうに言われた。
「ごめん、夕飯抜きでいい?明日の朝豪華にするから。ちょっと、止められそうにない。」
「え、夕飯抜きはいいんだけど、それってどういう・・・?!」
「どうしても嫌なら我慢するけど・・・。」
慌てる私を苦しげに見てくる彼に、降参した。
「嫌じゃ、ない・・・。」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!次も多分激甘(当社比)




