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過去から戻ってきました。

温かい春の日差しが、そろそろきつい夏のそれに変わろうかという今日この頃。


魔術師のローブは気温変化にも対応している特別製なので、一年中同じだが、私服はそろそろ半袖でもいいかもしれない。


城の回廊から、強くなってきた太陽の光に照らされて、しおたれそうな中庭の植物を眺めていた私は、後ろからいきなり声をかけられて飛び上がった。


「君、古代魔術文字研究者のラシェルさん?」


振り返るとそこには、私と同じ漆黒の髪を輪っかにして一つに束ね、魔術師のローブを羽織った男の人が、紫の瞳をこちらに向けて微笑んでいた。


背はルキウスより少し低い。


すらっと細身で、優しそうな顔立ちなのだけど、どこか人を寄せ付けない冷たい感じがする、そこがまたいいんだけど、とは後に彼を見たテレーズの感想だ。


この時の私の感想は明るい元気な男の人、だったのだけど。




「はい。私がラシェルですが、あなたは・・・?」


一人で知らない人と話すときは緊張する。多分、今私の顔は強張っていると思う。

後退って逃げたくなる気持ちを抑えて彼の瞳を見つめ返す。


「僕はクロード。先月から城付き魔術師としてここで働いているんだ。そして今日から君と同じく、王宮の古文書を調査するチームに加わることになったから、これからよろしくね。」


確かに彼のローブの刺繍は、城付き魔術師の証である紫だった。

にっこり笑って手を差し出してきたので、つられて手を握って挨拶を交わす。


「こちらこそ、若輩者ですがどうぞよろしくお願いいたします。」




ちょうどこれから、調査チームの集まりがあるので、二人で図書館の方へ向かうことになった。

これから週一で一緒に働くとはいえ、まだよく知らない相手と二人でいるのは、非常に気を使う。


何を話せばいいのか。こんな時、相手がルキウスなら黙っていても気にならないのになあと、全く解決策にならないことを考えてしまう。


クロードはそんな私に気づいたのか、快活に笑うと、私の肩をぽんぽんと叩く。


「ラシェルさん、そう緊張しないで欲しいな。そうだ、君がこないだ発見した遺跡の話をしない?調査報告書読んだのだけど、もっと詳しく知りたいところがあってね。実は僕も古代遺跡には興味があるんだ。」


「それなら話せます!」

「やっぱり、会話に困ってたんだ?」


共通の話題が見つかったことに喜んだら、困っていたことがバレてしまった。


「あの、クロードさんといることが嫌とかそういうことではないのですが、その、会ったばかりですので緊張するといいますか。」


慌てて弁明するも、更に墓穴を深くしただけのような気がして、私は頭を抱えた。


「よし、じゃあ、まずは話し方を変えようか。さん付けと敬語禁止ね。緊張され続けるとこっちもやりにくいから。」

「そんな、クロードさんは年上で城付き魔術師ですよ。無理です。」

「ラシェルは覚えてないと思うけど、僕達は魔術学校で会ったことがあるんだよ。僕が五年の時に君は一年だった。」


向こうはさらりと、さん付を外してきた。しかし、だからといって、こちらもおいそれと呼び捨てにし、気安く話すわけにはいかないだろう。

逡巡していたら、朗らかな声でダメ押しされた。


「はい、では、年上で城付き魔術師からの命令です。僕に対しての、さん付けと敬語禁止ね。で、僕のこと覚えてる?・・・訳ないか、全く初対面の反応だったもんね。」

「すみません、クロードさ・・・。」


思わず自分で自分の口を塞ぐ。

ちらりとクロードの方を見ると顔は笑っているけども、目が笑っていない。これは、本気でさん付けとかをやめないと怒られそうだ。


「クロード、のことは残念ながら覚えていない、わ。一年の時は魔術学校に入れて、やっと古代魔術文字の勉強ができるということに舞い上がっていたし、クラスの人ですら覚えられなかった頃だから。ごめんなさい。」


頑張って口調を普通にしてみたら、クロードにご満足いただけたようだった。





図書館に着いて、集まる予定の小会議室の扉を開けたら、誰もいなかった。


クロードと顔を見合わせる。


「時間と場所あってるわよね?」

「そのはずだけど。誰もいないってのは謎だね。」


部屋に入るのが躊躇われて、二人で開いたままの扉の前で立っていたら、後ろから切羽詰まった声がした。


「そこにいる人、どいてどいて、今、前が見えないんだよ。」


振り向くと、古びた本達が天井につきそうなほど高く積みあげられたままゆらゆらと動き、この会議室へ入ろうとしていた。


慌てて扉の前から飛びのいた私達は、そのままの姿勢で目の前を通っていくそれを見送る。


通り過ぎざま、本達が揺れてほこりを盛大に振りまいたものだから、口を開けて見送っていた私は噎せた。


クロードはしっかりハンカチで口を押さえている。




「ああ、ラシェルか。手伝ってもらおうと思っていたのに、来るのが遅いよ。ってまあ、約束の時間は今なんだけどね。」


本の塔を机に下ろしたリーダーのレオさんが私を認めてぼやく。


レオさんはもうすぐ定年の穏やかなおじさんだ。何故騎士にならなかったの?というくらい体を鍛えることが好きで、騎士並みにがっちりした体躯の持ち主だ。背は私より少し高いくらいで、男性としては低いほうだろう。


ちなみに図書館は城内だが、ここで働く魔術師は城付き魔術師ではなく、図書館勤めの魔術師だ。




今日はクロードと会ったので、こんなぎりぎりになってしまったが、確かにいつもならもっと早く来ている。


すまなさそうにした私に、冗談だよ、とレオさんは苦笑いする。

そのまま扉の側にいるクロードに視線を移して、手に付いたほこりを払い、近づくと握手を求めた。


「クロードさん、この度は古文書調査に加わっていただけるということで、大変期待しております。」


クロードもにこやかに挨拶を返して二人で握手を交わしている。


レオさんの方がずっと年上なのに、クロードに対して敬語を使っている。城付き魔術師だからだろうか、それとも私が知らないだけで、クロードはとても高名な魔術師だったのだろうか。


今度こっそりレオさんに聞いてみよう。と結論が出たところで、室内を見渡す。

私とレオさんとクロードの三人。あれ?


「あとの二人はどうしたんですか?」

「そうなんだよ。ジョンは急に長期出張になって、アンヌは別件の仕事に忙殺されて今週は欠席と連絡がきた。」

「ということは、今週はこの三人ですか。」


そう、と重々しくうなずいたレオさんの顔色は冴えない。


陛下のお声がかりで始まったこの古文書調査だが、皆、本業の傍ら空いた時間や家で、持ち帰った古文書の写しの解読を進め、週に一回集まってその成果と内容を話し合い、まとめていくという期限もないゆるーいお仕事内容だった。なので、本業が忙しいときには休むことが許されていたはずなのに、レオさんのこの様子はどうしたことだろう。


古文書が積まれた机に両手をついて、うなだれたレオさんは暗い声で恐ろしいことを告げた。


「どうも陛下は地下の古文書の中に急ぎで欲しい情報があるようで、なかなかそれが得られないことに業を煮やし、一番古い古文書から当たるようにと言われました。そして、一階層を一週間でやれと。」


私はそれを聞いて思わず叫びました。


「そんな無茶な!専属でやったって無理ですよ!」

「だよねえ。ぼくもそう言ったんだけどねえ。陛下が譲ってくれなくてさあ。」


そこに来て、二人休みでしょ、ほとほと困っちゃった。と文字通り頭を抱えたレオさんに、クロードが穏やかに話しかけた。


「相変わらず陛下は無茶を仰る。レオさん、陛下は何の情報を求めておられるのですか?」

「古の聖獣についてお知りになりたいとのことです。」


それを聞いたクロードは、ふむと顎に手をやり頷く。


「では、聖獣関係の書物から優先的に解読していきましょう。どういう情報が欲しいのか、僕からも探りを入れておきます。分かればお二人にも連絡しますね。そうすれば少しは楽になりますよね?」


さすが、レオさんになぜか敬われているだけある。クロードのおかげで今日やることが見えて、レオさんの顔色もぐっとよくなった。


とはいえ、一番最下層の古い文献類は古いだけあって解読も難しい。

近い年代から遡ってやっていたのは、そのほうが読みやすいからに他ならない。文字の変遷もわかりやすいし、目が慣れて解読速度が上がってくるからと最初に皆で決めたのだったが、ここに来てそれが全てひっくり返るとは。


だけど、私は心の中で密かに喜んでいた。最後になると思っていた最古の古代魔術文字に出会えるかもしれないのだ。

魔力が込められていない古代文字だけかもしれないが、そこは城の地下書庫に数百年単位で保管されてきた物だ、何某かの魔力を秘めた古代魔術文字があるかもしれない。


ここまでお読みいただきありがとうございます!これで、半分まできました。

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