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10(回想編)

「ラシェル…なんでここに。」


「そこの窓から寝てるルキウスを見てたらこの人たちが来て、私も全部聞いてた。」


それを聞いた女の子達が、一層身を寄せ合って、震えあがった。


ラシェルの黒髪はこの一年で肩くらいまで伸びているが、切られたままで毛先が揃っておらず、顔色は悪く、頬はこけ、さっき彼女達の誰かが言っていたように幽鬼にも見えた。




俺が杖を消したのを確認すると、彼女は自分を嵌めて、俺と仲違いさせた女の子達の方へ向き直り、今度は自分の黒檀の杖を空中から取り出し構えた。


「仕返しをする権利は、私にはあると思うので、よろしくお願いします。」


女の子達の方を向いて、ぺこっとお辞儀をすると勢いよく杖を振った。




女の子達の姿が、空間のゆらぎとともに消え失せた。


「彼女達はどうなったんだ?」


雷が落ちるとか、氷で固めるとか、燃やすとか想像していた俺は、予想外の結果に目を瞬かせてラシェルを見た。


大きな緑の瞳でこちらを見上げた彼女は、杖をしまって焦げ茶色のローブをはたくと、真面目な顔で言った。


「私に公正な判断が下せるとは思わないから、校長先生の所にさっきの映像付きで送ったの。」


それは、一番、きつい仕返しじゃないか?


「なるほど、それは思いつかなかったと言うか。」




俺は久しぶりに彼女と話せたことに喜びを感じていた。やはり、彼女といると心が浮き立つ。

だから、まず伝えねばならないことを彼女に言おう。


「「あのっ」」


俺が口を開くのと同時にラシェルも言う。

二人で譲り合った結果、俺が先に話すことになった。


「ラシェル、お前の話を聞かずに一方的にひどいことを言って傷つけてすまなかった。もう二度とやらないから、また俺と一緒にいてくれるか?」


「私もごめんなさい。あの時、あの人達が言ったことを信じて、うかつに髪を切ろうかなと言ったこと、ずっと後悔してたの。また、ルキウスと一緒にご飯食べたり勉強したいとずっと思ってた。」


「お前は悪くないだろ。謝る必要なんかない。謝り倒さなければならないのは俺だよ。このきれいな黒髪はお前のものだ、この先どれだけ短くしようと、長くしようと自由だ。俺がそれで離れることはないと約束する。本当に申し訳ないことをしたと思っている。」


「本当はずっとこうやって話したくて、貴方の近くに行くんだけど、彼女達も怖かったし、また貴方に怒鳴られたらと思うと、話しかける勇気が出なくて…。でも良かった、私、ルキウスの友人に戻れるんだね。」


安堵したようにつぶやいて笑ったラシェルは、そのまま意識を失って崩れ落ちた。


慌ててラシェルを抱き止めた俺は、即、医務室へ転移する。




「校医の先生!急患です!助けてください!」


ラシェルを抱き上げて叫ぶ俺の前に現れた先生は、彼女をベッドに寝かせるよう指示すると、額に手を当てた。


淡い黄色の光がラシェルを包み込み、顔色が少し良くなったように見えた。


先生は顔をしかめて、俺を振り返った。


「彼女、今倒れたの?なんで生きているのかわからないくらい衰弱しているのだけど、何があったの?」


言葉に詰まった俺に、先生はため息をついて、

「まあ、今更遅いけれど、もう少し早く連れてこられなかったのかしらね。」と言いながら素早く点滴の用意をした。


「うーん、治癒術と薬治療を合わせて二、三日はここで治療、あとは部屋で養生・・・できるのかしら?」

「俺が、面倒見ます。今日まで訳あってできなかったけど、明日からしっかり彼女のこと見ます。だから、ラシェルをよろしくお願いします。」


床に付きそうなほど頭を下げる俺に、先生は、じゃあ、しばらく助手をして覚えてと言うと、早速細々とした雑用をよこしてきたのだった。




眠る彼女のやつれた顔を眺めていると、後悔ばかりが押し寄せてくる。


あの時、自分の思いばかりに目を向けず、もっとラシェルの様子を観察していれば、髪の切り方が自分で切ったにしてはおかしかったことや、何か言い淀んでいたことに気がつくことができただろうに。


あの女の子達のしたことは、到底許されることではないが、俺がもっと彼女を見ていれば、気にしていれば、こんな状況にはなっていなかったと思うと、自分のことも同じくらい許せなかった。





ラシェルは次の日の夜まで眠り続けた。


雑用をしつつ、先生に教わったとおりに二時間ごとに回復魔術をかけていた俺は、疲れてつい彼女の枕元でうたた寝をしていた。


「あれ、ルキウス?」

「ラシェル、気がついたか?!」


その声で目を覚ました俺は、意識を取り戻した彼女を見て心の底から安堵した。




ラシェルは、報せを受けてとんできた校医の先生にがっつりと怒られた。


なぜなら、彼女は寝食をせず、全国民が使える程度の回復魔術だけで、人間は何日生きられるかというのを自らで実験していたのだった。


曰く、「倒れて人に迷惑をかけずに、不眠不休で本とかが読めたらいいな、と思って。限界が分かれば対処できるかと思ったんですけど、わかりませんでした。」


二日後、二度としないように見張っとけ、という指令とともに俺はラシェルを寮に連れて帰った。




さすがに俺は女子寮には住めないので、毎日会いに行って、回復魔術をかけ、ご飯を食べたり、すれ違っていた間の話をしたりした。


想像以上に食が細くなっていた彼女に食べさせるため、俺は寮の台所を借りて料理をするようになった。


自分が苦労して作ったものを、彼女が美味しいと食べてくれるのは、ものすごくやりがいがあって楽しいことだった。

それで、どんどん作るうちに趣味の一つになり、彼女に食べさせるのも習慣になった。


養生中に暇を持て余したラシェルは、自らの人体実験をレポートにまとめて提出し、教員達をざわめかせた。




そのうちに、もとのように元気になったラシェルと久しぶりに街へ出た。


古書店に行きたがる彼女を引きずって、まずは髪を切る。


彼女は揃えるだけで、俺は自戒を込めて入学以来伸ばしていた髪を、彼女と同じ長さにまで切った。


魔術師に長髪が多いのは多少は魔力に影響があるからだが、短くてもさほど不自由はない。多分、イメージ戦略的なものもあるんじゃないかと思っている。




その後、近くのパン屋で昼ごはんを買って公園で食べた。


隣でもぐもぐと食べる彼女を、いつからなのかはわからないが、リスやうさぎなどではなく、一人の女性として愛しい存在だと思っている自分がいた。


本当は教室で声をかけられた時から、好きになっていたが、それを認めたくなくて大好きだった小動物扱いをして、自分の気持ちをごまかそうとしていただけなのかもしれない。





食後に日向ぼっこをしながら、切ったばかりの彼女の髪を結う。肩につくくらいの長さでできる髪型を昨夜調べてきたのだ。


同時に、ここのところ研究して開発した、かけた相手には気づかれず、その人に悪意を持つものが近寄れない効果を持つ保護魔術を髪に編み込んだ。


髪を解くと効果が消えるので、毎朝かけ直さねばならないのが難ではあるが、どうせいつも俺が結うのだからいいかと思っている。かける術も増やしていく予定だ。バレないシリーズとでも名付けておこう。




髪を結いながら、彼女に聞きたかったことをさり気なく聞いてみた。


「ラシェルはさ、本当に自分の身なりを気にしないよな。全部俺の好きにさせてくれたもんな。でも、好みとかあれば遠慮なく教えてくれると嬉しい。」


そう伝えると、彼女はちょっと考えてからゆっくり話してくれた。


「うーん、確かにあまり気にしない方だと思うけど。でも、ルキウスはいつも私のためを思って行動してくれていたから、髪型なんかもお任せしてもいいのかなって思ってたんだ。私のことよく見ててくれるからか、動き難い服や髪型を押し付けてくることはなかったでしょう?」


それを聞いて、俺は、ハッとした。


付き合った彼女達にしていたのは、ラシェルの為の世話で、ラシェルのための髪型だったことに。


俺は、彼女達のことをしっかり見てなかった。


それでは、喧嘩になるはずだ。今更ながら、申し訳無い気持ちがわいてきた。



結局退学になった彼女達だが、俺に色々と気づかせてくれた。


心の中だけで礼を言っておく。



ラシェルにしたことは一生許さないが。


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